2018年4月6日金曜日

大人になりきれない40代

大人になりきれない40代の「おっさん若者」に言いたいこと(熊代 亨) | 現代ビジネス | 講談社(1/3):

 突然ですが、40代と聞いて「大人」だと思いますか「若者」だと思いますか。実は自分がまさに40代なのですが、普段「若者」扱いされたことは一度もありません。世間的に40代は十分に「大人」なのでしょう。しかし、いざ自分が大人になってみると、子ども時代あるいは若者時代に思っていた「大人」とはちょっと違う気がします。40代は思ったほど大人じゃないなと。今回は精神科医の熊代亨氏の記事を元に、そんな話題を。

 元記事は熊代氏ご自身の著書「『若者』をやめて、『大人』を始める』」を宣伝する内容ではありますが、高度経済成長期に言われた「成熟困難」問題のその後が議論されています。「成熟困難」というのはあまり一般的な用語ではないと思いますが、アダルトチルドレンのような、育った家庭環境のトラウマから生じる「大人になれない」ではなく、なんとなく大人になるのが怖いとか大人としての責任を持ちたくないという精神的・社会的に未成熟なままでいたいということを言っています。「ヤングアダルト」なんていう言葉もありますが、「大人になりきれない大人」といったところでしょうか。

 年齢的・肉体的の部分は置いておいて、社会的・精神的に「大人」かどうかという指標に、就職・結婚というのがあると思います。専業主婦という状況を除けば、仕事に就いて収入を得ていること、あるいは結婚して家族を持っているのが大人の証というわけです。しかしこれらの指標は、年齢的・肉体的に大人の人の中でも就職・結婚している人の割合が減少して社会問題化している実態があります。

 例えば「ニート」という言葉があり、就学・就労・職業訓練のいずれも行なっていない人を指しますが、15〜34歳の人口に占める「ニート」の割合は増加傾向にあります(ちょっと古いデータですが↓)。しかし実際のところ「ニート」と「引きこもり」の人は多くが重複していると言われ、内閣府の2010年の調査によれば、15〜39歳で引きこもりに該当する人は69.6万人もいるそうです。年齢的・肉体的に大人であっても、いわゆる「引きこもり」状態にある人が多く、精神的・社会的に「大人」と言いづらいのではないでしょうか。

 結婚についても、最近は晩婚化が指摘されていて、生涯未婚率も上昇傾向にあります(↓)。古き良き日本の年功序列の崩壊や非正規社員の増加によって、結婚適齢期の人(特に男性)の収入が減っているという問題もその背景にあるでしょう。しかし、何れにしても、いわゆる「大人」の指標である就職・結婚のハードルが昔より格段に上がっているということは言えると思うのです。

 熊代氏の記事に面白い指摘があります。それは、かつての「大人」には「責任」だけではなくきちんと「メリット」あったにも関わらず、現代の大人は「責任」だけを背負いこんで「メリット」が失われたという指摘です。熊代氏の指摘されている「メリット」とは、年齢が上がるにつれて年功序列で昇級するという経済的な部分だけでなく、心理的・社会的なメリットも大きいというのです。つまりかつての日本には、「年下は年上の言うことを聞くべき」とか「年下は年上を敬うべき」という儒教的な価値観が広く存在していました。それは言わば「心理・社会的な年功序列」で、大人が子どもや若者に命令したり物申す時の大義名分だったのです。

 しかし今の40代が子どもだった時代、この「心理・社会的な年功序列」への反発が強かったと思います。自分の子ども時代を思い出すと、田舎の方はまだこの手の年功序列が強く残っているにも関わらず、都会では核家族化や若者文化が花開いたことなどがあって、この年功序列は崩れつつありました。大学生になって東京に出てきた時、心理・社会的な若者の地位の高さに驚いたものです。田舎での大人と子どもの上下関係の厳しさの中で育った自分には、若者の地位が大人と肩を並べる、あるいはシチュエーションによっては上位に立っているように感じたのです。ちょうどその頃に女子大生ブームや女子高生ブームなどがあったのも、年功序列崩壊の表れだったのかもしれません。

 その傾向は現在も継続しているだけでなく、さらに少子高齢化も手伝って、都会ではもはや「心理・社会的な年功序列」は過去の遺物と言っていいでしょう。大人と若者・子どもの心理的・社会的地位の逆転現象をリアルタイムで見てきた世代が、まさに今の40代くらいではないかと思うのです。むしろ自らが若者時代に、この逆転をドライブした人も多いのではないでしょうか。

 つまり40代は、幼い頃に「心理・社会的な年功序列」から大人に偉そうにされた経験から、その地位の逆転を狙い、そして実現してきました。しかしそれは諸刃の剣で、自分が大人になってしまうと、今度は自分たちが下になってしまうのです。大人の地位が下がったことにより、自らの手で勝ち取った「若者の地位の高さ」に止まっていたい、いつまでも子供でいたい、ということになるのでしょう。昔の大人に比べて今の大人が幼く見えるのも、こういった心理・社会的な年功序列の崩壊が大きいのかもしれませんね。

0 件のコメント:

コメントを投稿