2018年3月30日金曜日

「以上で」で確定できるAlexa居酒屋

Alexa居酒屋、実証実験開始 音声で注文受付 「以上で」で確定 - ITmedia NEWS:

 年度替わりのこの季節、歓送迎会などが多いと思いますが、今回はスマートスピーカーを使った注文ができる居酒屋ができたというニュース記事を取り上げようと思います。元記事は、ITmediaの太田智美氏の記事です。

 回転寿司屋や居酒屋などでも最近はタッチパネル式の注文端末があって、そこから注文を受け付けるというお店をよく見かけます。これを音声で注文できるようになれば、お客さんの操作手間が省けて人間の店員さんがオーダーを取るのとほとんど同じサービスが提供できることが期待できます。元記事では、飲食店を運営するロイヤルダイニングとアプリ開発を行うヘッドウォータースが、スマートスピーカー(Amazon Echo Dot)で居酒屋のオーダー取りを行なう実証実験を始めたのだそうです(↓)。


 例えば、お客さんが「Alexa、飲み物メニューを開いて」と話しかけると、「はい、飲み物の種類と個数を教えてください」応答。「ロックの1番」と伝えると、「ご注文は、黒七夕芋のロックを1杯です。注文を確定する場合は『以上で』とお伝えください。次のご注文をどうぞ」などと応答するのだそうです。注文は厨房にチャットで通知されます。

 純粋に従来のタッチパネル操作の代わりに音声で操作できます、というレベルなので、人間の店員さんのように臨機応変な対応まではできなさそうです。例えば、「とりあえず生(なま)を人数分」みたいな注文では解釈できないでしょう。しかし、自分が何より素晴らしいと思ったのは、「以上で」という言葉で注文を確定できることです。以前に日本でスマートスピーカーをブレイクさせるには自然な合言葉が必要だという趣旨の記事を書きましたが、「以上で」はまさにぴったりだと思います。個人的には、最初の「Alexa」という呼びかけももう少し工夫できればなあと思いますが。「あのーすみません」とか「注文いいですか」とか。もちろん居酒屋さんですから、お客さんの会話の中で使われるような言葉で反応しないよう非日常的な「Alexa」という呼びかけなのでしょうが、それでも自然に口にできる言葉のチョイスにセンスが欲しいところです。

 ちょっと可愛いのは、Alexaの「店員さんを呼ぶ」を起動すると、Alexaが「店員さぁーん、店員さぁぁーん!」と大声で店員さんを呼んでくれるのだそうです。そういう意味では、Alexaは店員さんの代わりというより幹事さんの代わりという位置づけかもしれませんね。

2018年3月29日木曜日

美女アンドロイドかアンドロイド美女か...不気味の谷を乗り越える

この美女、人間じゃないのか…アンドロイド美女で検証「不気味の谷」 - まぐまぐニュース!:

 今回は人型ロボット(アンドロイド)の「不気味の谷」について。渡邊浩行氏の元記事はドラマ「ウエストワールド」の宣伝記事なのですが、その中で示されている「不気味の谷」に関する実験結果が面白いと思い、ここに紹介させていただきます。まずは前提条件なしで、こちらの動画をご覧ください(↓)。



 この女の子がアンドロイドなのか生身の人間なのかという疑問を一旦置いておいて、今回の主題の「不気味の谷」というのは、リアルなアンドロイドというのはむしろ気味悪く感じてしまうという心理現象のことです。一般的に、相手が人間と似ている度合いと感情の反応にはこんな関係があるとされています(↓)。例えば産業用ロボットのようなロボットロボットした外観のロボットに対しては親しみなんか湧きようもありませんが、人形のようなロボットには親しみを感じるようになります。しかし、あんまり人間に似せすぎると今度は逆に人間との微妙な違いが目について、却って嫌悪感を感じてしまう。そのことを不気味の谷と言っているわけです。もちろん、映画に出てくるような人間と寸分違いない形になれば、もはや相手を人間として扱うことに違和感がなくなりグッと親近感も高まります(↓)。


 さて、それでは最初の動画の種明かしを。実は動画の女の子は、東京ゲームショウで話題を呼んだ、モデルの高山沙織さんです。そう、アンドロイドではなく、生身の女性なのです。彼女はショウの中で「アンドロイド」としてディスプレイされたので、「リアルすぎる美女アンドロイド」として一躍有名になりました。本当のところは「美女アンドロイド」ではなく「アンドロイド美女」だったわけです。

 元記事では近未来的なコスチュームを着た高山さんに、横浜の「はまぎん こども宇宙科学館」の入り口付近に立って頂き、「おもてなしアンドロイド『SAORI-01』がみなさんをおもてなしいたします」ということにします(↓)。そして来館者たちの反応を観察するというわけです。


 最初のうちは、SAORI-01に気付きながらも遠巻きに様子を観察している方が多く「あれロボット? 違うよね、人間だよね。いや、ロボットなのかな?」なんて声が漏れます。そうこうするうちに、科学館に見学に着ていた幼稚園児たちが「にーんげーんでーすかー?!」と大きな声をかけます。それでも無反応なSAORI-01に対して、「やっぱり人間じゃないよ!」。園児たちは少し遠慮がちだったそうですが、それも不気味の谷を感じていたからかもしれません。しかし、SAORI-01が女の子に手を差し伸べて握手した時、一気に親近感を感じたのかしばらくその場を離れようとしなかったそうです(↓)。


 元記事の今回の実験で興味深かったは、たとえ人間が演じていても、アンドロイドだと思い込んでいたら「不気味の谷」現象が起きること、しかし谷を越えた瞬間「好感」を持つに至ったことでした。見た目のリアルさだけでは不気味の谷に陥ってしまっても、そこに人間らしい行動や触れ合いが加わったとき、谷を超えられるのかもしれませんね。

2018年3月27日火曜日

○○にしか見えなくなる呪い

○○にしか見えなくなる呪いをかけます!可愛いものを台無しにする爆笑の空目 7選 | 笑うメディア クレイジー:

 今回またしても元記事は笑うメディクレイジーですが、「○○にしか見えなくなる呪い」というテーマ。元記事のリンク先だけでなく、こちらも同じテーマだったので、2つの記事の中から自分なりにコレはというものを厳選してみました。

 最初はこちら。有名な某フライドチキン屋さんのキャラクターですが、ネクタイというよりも一度身体に見えてしまうとそれが脳裏から離れなくなってしまいます。

 次はコレ。この飲み物のタイトルが「一人称」に見えてしまうと、もうそうとしか読めなくなってしまいます。

 次はこちら。単なるパンダの絵に見えているうちはまだまだ。吹き出しでセリフを与えてみると、あーら不思議。笑顔で罵り合う二人を仲裁する人に早変わり。でも、そう見えてしまうのは、余程疲れているのかも。

 そして、こちら(↓)。あのディズニー映画のキャラクターですが、一度タレントの柳沢慎吾さんと蛭子能収さんに見えてしまうと、もうそうとしか見えなくなってしまいます。

 次はコレ(↓)。単なるサッカーの試合ですが、一度顔文字に見えてしまうと、もう点数に見えなくなってしまいませんか。

 最後はちょっと変則技で、本来のものを上下逆さまにした場合(↓)。もともと男性なのですが、頭のさみしい感じの男性が息を吐いている姿に早変わり。。

 今回は軽めのネタでしたが、一度そう見えてしまうともう他に見えなくなってしまう、というのはなかなか面白いですよね。こういう心理現象ってなんて言うんでしょうね。「錯視」とか「ゲシュタルト崩壊」のように、何か名前がついているんでしょうか。ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えて頂けると幸いです。

2018年3月26日月曜日

日本のおじさんが「世界一孤独」なのは余計なプライドのせいかも知れない

なぜ日本のおじさんは「世界一孤独」なのか? | 文春オンライン:

 今回の話題は、自分に取っても耳の痛い話ですが、日本のおじさんは孤独だという話題。元記事は文春オンラインの岡本純子氏によるものです。確かに自分も休日は家族で過ごすことが多く、仕事と家庭の2つくらいしか居場所がありません。定年後や子供が独立した後を考えると、もう1つぐらいは自分の居場所を作っておかないと困るなあと不安を感じているところです。

 日本ではつい最近まで、孤独でもいいじゃないか、いやむしろ孤独大いに結構という風潮もあったと思います。「お一人さま」とか「孤独のススメ」とか、むしろ孤独を楽しもうと。しかし一方で「ぼっち」とか「コミュ障」とか、孤独な人を蔑むかのような言葉もあり、感覚的には孤独の美化は「負け惜しみ」感が大きい気もします。特に最近では、孤独が人の健康に与える影響が指摘されていて、人との繋がりがない人はある人に比べて早死リスクが50%高くなるとの調査結果も発表されていて(↓)、孤独でもいいじゃ無いかとは言えなくなってきています。


 岡本氏によれば、孤独の要因の一つに「コミュニティの欠如」があります。昔の日本あるいは現代でも田舎の方へ行けば、まだご近所さんや地域の付き合いという慣習があります。この半強制的なコミュニティへの参加はわずらわしい反面、もともとシャイな日本人にとって自動的に人との繋がりを持てるというプラス面もありました。しかし特に都会を中心に地域のコミュニティは消滅しつつあり、それに変わるようなリアル世界のコミュニティはないのが現状です(ネット上などバーチャル世界のコミュニティはその限りではないのですが)。実際、日本では家族以外のコミュニティとの結びつきを表す「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」は、世界149カ国の中で101位とかなり低めです(英レガタム研究所の2017年調査)。

 そしてそんな孤独に一番陥っているのが、自分たち中高年の男性というわけです。OECDの調査では、「友人や同僚もしくはほかの人々と時間を過ごすことのない人」の割合は日本の男性が16.7%と21カ国の男性の中で最も高い値になったのです(↓)。ただこれに関しては世代別というわけでもないので、おじさん世代代表としては若い男性もやっぱり孤独な人が多いんじゃないかと反論したいところではありますが。

 昔から言われていたことではありますが、会社に生涯を捧げるような日本人特有の労働スタイルが背景にあることは間違いないでしょう。会社の中にしか居場所がなかったのに、ある日突然「定年」という名の強制退去を命じられ、どこにも居場所がなくなってしまうというのはよく聞く話でした。

 しかし、もう一つ厄介な原因が「男のプライド」です。偏見もあるかもしれませんが、男性の場合は、いつまでもおしゃべりしていられる女性と違って、コミュニケーション能力が低く、仕事上仕方なくコミュニケーションを取っているという「ポーズ」をしがちな気がします。本当は寂しくて、とりとめもない話でもいいから誰かとおしゃべりしていたいという場合でも、部署の飲み会で仕方なく一緒に飲んでいるんだとか、単に酒が好きでおしゃべりは二の次なんだとか。自分からコミュニケーションを求めることがまるで恥ずかしいことであるかのごとく、そういう「振り」をしてしまっている気がします。

 まずは、「男のプライド」なんて厄介なものは捨て去ってしまいましょう。変なプライドで孤独のままでいると、(1)一日にタバコ15本吸う、(2)アルコール依存症、(3)全然運動しないことに匹敵し、(4)肥満の2倍も不健康なのですから。

2018年3月25日日曜日

心のイケメンは人間としての総合力高し

惚れる確率100%!心が男前すぎる真のイケメン 6選 | 笑うメディア クレイジー:

 今回はちょっとした小ネタ。前回、笑うメディア クレイジー を元記事にさせて頂いた時に目に止まった「イケメン」ネタです。イケメンと言っても、いわゆる容姿が優れているという種類のイケメンではなく、『心の』イケメンの方。心のイケメンは、むしろ「男前」と呼んだほうがいいかも知れません。

 最初は、こういう対応できたらホントにイケメンだなーと思うツイート。ぺんたぶ@銀行小説「ハキダメ。」発売中!氏のものですが、相手から受けたマイナスをプラスに転換してしまう発想の転換と、相手への気遣い。素晴らしい!


 次(↓)は、実は同じ笑うメディア クレイジー でもこっちの記事から。八朔氏のツイートですが、なんとも皮肉が効いていてイケメンじゃないでしょうか。


 もう一つ痴漢からの救出ネタは、また別の記事が元ですがコチラ(↓)。先ほどのものよりも、顔の方もイケメンなのかなと想像してしまう気がします。

 この手の心のイケメンは、気が利いていて頭がいい、つまり総合的な人間力が高い人なんだなあと思います。自分も、顔の方はいかんともし難いので、せめて心のイケメンを目指したいなあと思う次第です。

2018年3月24日土曜日

理系脳のナナメ発言ネタ

1+1が答えられない?! 「これが理系の思考か…」と思い知らされたエピソード 6選 | 笑うメディア クレイジー:

 ここのところ2回連続で、大学入試のグラフの問題がちょっとナナメな理系脳の現れだという趣旨の記事を書きましたが、意外にも好評だったので、もう少し理系脳が顕現化したとしか思えないいくつかのネタを、笑うメディア クレイジーからご紹介。

 まずはコチラ(↓)。たろてゃん*氏のツイートですが、織姫と彦星に感情移入する文系脳に対して、冷静な科学的事実を元に揚げ足を取ってしまう理系脳。


 次はコチラ(↓)。おーた(╹◡╹)氏のツイートですが、実は自分もコレ心の中でつぶやいていました。本来はお札の枚数のことを指して奇数・偶数と言っているのでしょうが、言い方からは金額のことを指しているように聞こえるので、わざわざそこにツッコミを入れてしまうという。


 そして次はコチラ(↓)。理系の人って、なんだか炎色反応が好きな気がします。そういえば、高校時代「リアカーなきK村の動力は馬力」なんて覚えたなーと懐かしくなりました。なんだそれっていう方は、文系脳かも知れません。いや「リアカーなきK村 動力借りるとするもくれない馬力」だとか「リアカーなきK村 馬力で勝とうと努力すべし」のはずだという方は、純粋な理系脳かも知れません(笑)。

 最後はコチラ(↓)。ヌルオジジッジ氏のツイートですが、理系脳の人のちょっとしたギャグは文系脳の人には伝わらず、ナナメ発言は場所をわきまえないと大変な事態を引き起こすかも知れないという例です。


 元記事の中からコレはと思うものを4つ選ばせていただきましたが、相手の意図が分かった上でわざわざナナメな発言をするとことが極めて理系らしい気がします。ちょっと文系脳を小馬鹿にしたようなところ。じゃあ相手も理系脳だと分かっている状況で同じ発言をするのかというと、おそらくそうではないはず。コミュニケーション力の乏しさを、こんなナナメ発言で補おうとしているのかもと思ったりします。

2018年3月23日金曜日

面白グラフ問題には先人がいた!

1986年 秋田大学 何がでるかニャ? | 受験の月:

 前回、世界遺産の問題がまさかの数学で出題されたという話題を紹介しましたが、実はもっと先人がいたというお話です。元記事は引き続いて受験の月から。

 その先人というのが、秋田大学の1986年の数学の問題。こちらです(↓)。


 やっぱり謎の関数がたくさん並んでいるだけで、出題者の意図なんか全くわからないですよね。しかし、実際にこの①〜⑥の関数をグラフ上に描いてみると...

 静岡大学で富士山の問題が出題されたのは2000年で、山梨・静岡両県が富士山憲章を定めて世界文化遺産への登録を目指すとしたのが1998年であることを考えると、2000年の富士山はタイムリーだったかも知れません。

 しかし、秋田大学はなぜ猫なんでしょうかね。なめ猫が一斉を風靡したのが1980年代はじめですから、流行に乗ったにしては1986年の出題は少し乗り遅れ気味です。

 前回も書きましたが、描いてみて初めて出題者の意図がわかるグラフというのは、ある意味定番なのかも知れませんね。そこにメッセージ性があればなおさら、出題者のドヤ顔が見えるような気がします。

2018年3月22日木曜日

まさか、数学で世界遺産の問題?

2000年 静岡大学 前期 理系 正確なグラフの図示で現れる世界遺産 | 受験の月:

 今回は、受験対策サイト「受験の月」の記事を元に、実際に2000年の静岡大学の入試に出題された、世界遺産の問題をご紹介しようと思います。理系前期の数学の問題。ん?数学? てっきり世界史か日本史だと思ったのに、数学? 理系目線で世界遺産を扱うとこんな問題になるんだ、というのがなかなか秀逸です。

 早速ですが、その問題がこちら(↓)。

 なにやら難しそうです。実は自分は理系の大学を卒業しているのですが、これは問題の意図に全く見当がつかない関数です。問題の意図はわかりませんが、関数そのものは難しくはありませんので、実際にグラフ上に書いてみると...


 そうなんです。あの世界遺産がグラフ上に浮かび上がるんです。実際に描いてみてようやく出題者の意図がわかりました。この問題を出したのが静岡大学だということ、実際には国連教育科学文化機関(ユネスコ)が富士山を世界遺産に登録したのが2013年だということを考えると、2000年当時「富士山を世界遺産に」というメッセージが強く打ち出された問題だったのかも知れません。

 それにしても、大学入試の数学の問題で実際にこれを出題してしまうところ、出題者のしてやったりのドヤ顔が思い浮かぶところ、いかにも理系のナナメ目線な感じがしませんか。

2018年3月21日水曜日

[C#] 引数でコマンドラインとWindows Formを切り替える

 今回は久々の元記事なし、プログラムそのものに関する話題です。実は最近あるツールを自作する機会があったのですが、最初のうちはGUI画面を使って使いたいけれども、慣れて来たらコマンドラインから実行したりWindowsのタイマーで自動実行させたいというシチュエーションでした。そこで、プログラムを引数なしで起動したらWindows Formとしてウインドウを表示してユーザとGUIでやり取りし、引数ありで起動した場合は引数に応じた処理をして終了するようにするプログラムを作ろうというのが今回の課題です。

 ただ、今回色々調べたのですが、完全に100点の結果までは到達できませんでした。というのは、コマンドラインから引数ありで起動したら確かに思い通りに引数に合わせた処理を行わせることはできたのですが、引数なしでの起動をEXEファイルのダブルクリックで行なうと一瞬コマンド画面が表示され、それからWindows Formが立ち上がるのです。本当の100点はこの一瞬表示されるコマンド画面もなしなのですが、今回は内輪で使うツールなので、この点はこれ以上追求せず一瞬表示されるコマンド画面があっても及第点とすることにしました。

 では早速コードの方を見てみましょう。今回のコードは完全にテクニカルな感じで、もうこの問題に対してはこう答えましょうというおまじないに近いコードかもしれません。コツは、プロジェクトを作る時は「Windowsフォームアプリケーション」として作ることです(↓)。

 そうするとWindows Formに関する基本的なコードは自動生成され、Visual Studio上でボタンやテキストラベルなどを配置しながらGUIプログラムを作ることができます。こうやって、まずは完全にWindows Formのアプリケーションとして作るのです。

 ただ、後ほどコマンドライン引数だけで処理をさせられるよう、内部的には画面のクラスと処理のクラスを分けるよう設計しておきます。こんな風に、処理のクラスを分けることで、Main関数があるProgramから引数なしで起動した場合にも処理クラスを直接呼び出すことができるようにしておくのです。
そして、一通りGUIプログラムとして完成したら、Main関数があるProgramクラスを修正して引数なしに対応できるようにしていきます。このときのミソは、「Windowsフォームアプリケーション」として生成したプロジェクトを、ここで「コマンドラインアプリケーション」に変更することです。VisualStudioのバージョンによって多少名前が違いますが、メニューから [XXX のプロパティ]→[アプリケーション]と選んで、[出力の種類] を「コンソールアプリケーション」に変更します(↓)。

 そしてProgramクラスを次のように変更していきます。

using System;
using System.Collections.Generic;
using System.Linq;
using System.Threading.Tasks;
using System.Windows.Forms;

namespace Yamachan
{
  static class Program
  {
    [DllImport("user32.dll")]
    static extern int ShowWindow(IntPtr hWnd, int nCmdShow);
    private const int SW_HIDE = 0;

    static void Main(string[] args)
    {
      if (args.Length == 0)   // 引数なしはウインドウ表示として取り扱う
      {
          Process p = Process.GetCurrentProcess();
          IntPtr hWnd = p.MainWindowHandle;
          ShowWindow(hWnd, SW_HIDE);
          Application.Run(new MainForm());
      }
      else                    // 引数ありはコマンドラインアプリとして取り扱う
      {
          var service = new YamachanService();
          if (args[0] == "a")
            Console.WriteLine(service.a());
          else if (args[0] == "b")
            Console.WriteLine(service.b());
          ........
      }
    }
  }
}

 おそらく元のMain関数は自動生成でこんな風(↓)になっていると思いますが、これを上のように変えていくのです。かなりテクニカルで今回の課題に対する専用コード色が濃いですが、処理クラスYamachanServiceを画面クラスMainFormと分けていることで、引数ありの場合はYamachanServiceのメソッドを呼び出して支持に対する処理を行ないます。この中には表現されていませんが、MainFormからのボタン押下などのイベントハンドラでもYamachanServiceのメソッドを呼び出すような作りにしておくのです。
/*
        [STAThread]
        static void Main()
        {
            Application.EnableVisualStyles();
            Application.SetCompatibleTextRenderingDefault(false);
            Application.Run(new MainForm());
        }
*/

 今回の課題は、同じプログラム(EXEファイル)を起動時の引数でGUIプログラムとして実行したりCUIプログラムとして実行したりするというものでした。もちろん、そもそもGUI用とCUI用でEXEファイルを分ければいいじゃないかという反論には、まさにその通りなのですけれども。いざやってみると意外にテクニカルになったので、こんなテクニックも引き出しに入れておけば、プログラマーとしての幅が少し広がるかも知れません。

2018年3月19日月曜日

泣き叫ぶ子どもにかけるべき言葉

What to Say to Kids Instead of "Stop Crying":

 子育てをしていると、泣きやまない子供にオロオロしてつい感情的に「泣き止みなさい!」と言ってしまうことがありますが、今回はLeigh Anderson氏の記事を元に、泣き止まない子供に対する接し方について考えてみようと思います。

 自分も2人の子供を持つ父親で、上の男の子は小学2年生になったのでさすがに泣き叫ぶことは少なくなりましたが、まだ下の女の子は保育園の年少組なのでたまに泣いててのつけられなくなることがあります。そんな時、ついつい感情的に「泣き止みなさい!」と言ってしまうことがあります。しかし、「泣きやまないと、ひどい目にあわせるよ」なんて感情的で抑圧的な対応は、子どもが感情を抑え込むようになってしまうとAnderson氏は指摘されています。子どもが欲しいのは、「理解と共感」なのです。もちろん最初は痛かったとか悲しかったと言った理由で泣き始めますが、「理解と共感」が得られない場合、さらに高く大きな声で泣き叫ぶようになるのです。

 つまり泣き叫ぶ子どもに親が掛けるべき言葉は、感情的で抑圧的な言葉ではなく、子どもが泣き始めたきっかけの悲しさや寂しさ・痛さなどを理解して共感する言葉なのです。例えば、
「痛かったんだね」
「寂しかったね」
「悲しんでもいいんだよ」
「そばで聞いてるよ」
といった言葉。大人、特に理性が先に立ちがちな男性からすれば、直接的な解決策を何も示していないこの言葉。しかし、子供の感情に寄り添う言葉が子どもを安心させ、泣き止ませるのでしょう。

 もちろんこんな言葉、とっさの場合に言えるものではありませんし、子どもの泣き声のオクターブが上がるに連れて、親の方の感情も高ぶってしまって、冷静でいられないでしょう。しかし、子どもより大人の方がはるかに感情のコントロールが上手なはずです。あらかじめかけるべき言葉を書き出しておいて、いざという時落ち着いて言える親でいられれば素晴らしいと思うんです。

2018年3月15日木曜日

サルでもわかる公開鍵暗号方式

公開鍵暗号 - Wikipedia:

 今回は自分の覚書きの意味も込めて。公開鍵暗号方式について簡単にまとめてみようと思います。「公開鍵暗号方式」と言ってもピンとこない人もいると思いますが、コンピュータを使ったセキュア通信の基本となる技術で、最近はほとんどのWebサイトが対応するHTTPSの中核をなすTLS/SSLの技術でもあります。HTTPS対応のサイトは、こんな風に(↓)ブラウザ上に表示されるURLも「https://」とセキュアの意味の「s」が付きます。


 ところで暗号化といえば、鍵を使って暗号化・復号化を行なうのですが、大きく共通鍵暗号と公開鍵暗号という二種類の暗号化方式があります。単純なのが共通鍵暗号で、データを送信する側と受信する側で同じ鍵を使います(↓)。送信する側がその鍵を使って暗号化し、受信側も同じ鍵を使って復号化します。よくメールで暗号化ファイルを送信して、解凍パスワードは別メールで送るということをやりますが、まさにアレです。

 この方式の問題点は、共通鍵をどうやって相手に渡すかです。先ほど暗号化ファイルをメールで送って、別メールで解凍パスワードを送ると書きましたが、パスワードを送るメールを誰かに覗き見られてはアウトです。じゃあ、パスワードを送るメールも暗号化したらいいじゃないかと言うかもしれませんが、そのメールの暗号を解くパスワードはどうやって送ればいいのでしょう。いやそれは電話か手紙でとなるかもしれませんが、せっかくネットワークを使ってメッセージを送るのに、そのメッセージを読むためのパスワードは電話か手紙というのはいかにも原始的です。なんとかネットワーク上のやり取りだけで、安全にパスワードを渡したいものです。

 そこで使われるのが「公開鍵暗号方式」です。共通鍵暗号方式の問題点は、暗号化・復号化のための鍵がバレてしまうとダメということでした。そこで、暗号化のための鍵と復号化のための鍵が違う鍵だったらいいじゃないかというアイデアなのです。もちろん数学的にはちょっと難しいのですが、公開鍵と秘密鍵という2種類の鍵を使って、公開鍵で暗号化したデータは秘密鍵でしか復号できず、秘密鍵で暗号化したデータは公開鍵でしか復号化できないという、数学的なアルゴリズムが考え出されたのです。

 この図のような、AliceがBobに秘密のメッセージを送ることを考えてみましょう。ちなみにこの分野の解説をされる場合の登場人物は、大抵はAliceとBobというのは有名な話です。メッセージを受信したいBobは2つ1組の鍵を作って、1つは秘密鍵として誰にも見せないように大切に保管します。一方でもう一方は公開鍵として、広く公開します。Aliceは、Bob宛てのメッセージをBobの公開鍵を使って暗号化した上で、Bobに送信するのです。ここで登場する盗聴者Eveですが、Eveが手に入れられるのはBobが公開している公開鍵ですので、このメッセージを復号化することはできません。メッセージを復号化できるのは、メッセージの正しい受審者であるBobだけなのです。Bobが持つ秘密鍵だけが、Aliceのメッセージを復号化できるわけです。

 これでメデタシメデタシと思うかもしれませんが、頭のいいEveはもう一工夫します。それはEveが自分でも秘密鍵と公開鍵を作って、そのうち公開鍵を「Bobの公開鍵はこれで!」と公開します。そんなこととは知らないAliceは、まんまとEveが作ったウソの公開鍵でBob宛のメッセージを暗号化してしまいます。AliceがBobに送った暗号化メッセージを盗聴したEveは、自分の持つ秘密鍵でそのメッセージを解読することができてしまいます。

 こんな盗聴を防ぐために、公開鍵には「署名」という行為がなされます。この公開鍵は確かにBobの鍵だということを、誰かが保証するのです。この図のケースではTrentがTTP(Trusted Third Party)の役割を果たしますが、普通は認証局とかCA(Certification Authority)という組織がその役割を果たします。AliceはBobあてのメッセージを暗号化する前に、暗号化に使用する公開鍵の署名を確認します。この図の場合ですと、信頼できるTrentの署名がついている鍵なので、Bobの公開鍵として正しい鍵だろうと判断するわけです。

 もちろん、実際には全部の通信をこんな方法を取っていたらまどろっこしいので、普段の暗号化通信は単純な共通鍵方式で行ない、その共通鍵の受け渡しだけに公開鍵暗号か方式を使うというハイブリッド方式が取れらます。なんだか小難しい暗号化のお話ですが、こうやって理解すれば難しくないですよね。

2018年3月13日火曜日

天才の活かし方

「天才を殺す凡人」から考える 大企業でイノベーションが起きないメカニズム (1/3) - ITmedia エンタープライズ:

 今回は、ITmediaエンタープライズに掲載された北野唯我氏の天才論にナルホドと思ったので、当ブログにも取り上げさせていただきたいと思います。これまで何度か天才について取り上げてみましたが、北野氏の言われる企業の力学と天才との関係性はなかなか秀逸です。

 よく、日本企業は天才を活かしきれないと言われます。特に最近は、世界を変えるような画期的なサービスやスタートアップはシリコンバレーを中心としていて、日本から生まれていないことがその証拠だと。

 北野氏によれば、日本企業で天才を活かしきれない主な理由として「天才が凡人に殺されてしまう」ことが挙げられています。そしてその原因のほとんどは「コミュニケーションの断絶」です。天才と秀才・凡人の関係性が描かれたこの図(↓)を見てみてください。秀才が天才を妬むのに対して、天才は秀才のことを気にかけません。興味がないからです。その一方で意外なことですが、天才は凡人に「理解してほしい」という思いがあるのだそうです。たとえ天才といえども孤独ではいられません。そんな時繋がりを求めるのは、実は秀才ではなく凡人なのです。それに対し、凡人は成果を出す前の天才を見抜くことができません。よくバカと天才は紙一重と言われますが、凡人には実績のない天才をむしろ冷たくあしらってしまいがちです。

 こうして天才・秀才・凡人の関係性に着目した時、これは日本の大企業でイノベーションが起きないメカニズムと全く同じではないかと思うわけです。どんなビジネスも、それを作り出し、拡大し、マネタイズする(儲ける)というプロセスが必要です。この各プロセスが、見事なまでに天才・秀才・凡人の特質と合致しています。つまり全く新しいものを創造するのはやはり「創造性」が豊かな天才の役割に担うところが大きく、事業として拡大させるのは「再現性(≓ロジック)」に秀でた秀才の役割です。天才が種を蒔き、秀才が育てたビジネスを、最後に刈り取るのが凡人です。凡人の「共感性」が多くの顧客を呼び寄せ、お金に変えていく。多くのビジネスはこんなループと役割分担で成り立っているわけです。

 そう思った時、秀才が担う「育てる」部分と凡人が担う「刈取る」部分に関してはKPI(定量的な評価軸)がある程度はっきりしています。ところが天才が担う「種蒔き」については、一体どう評価すればいいのでしょうか。天才の天才たる所以であるところの「創造力」は残念ながら直接計測することはできません。既存の枠組みで測ることができる創造性などたかが知れています。むしろ既存の枠組みをはみ出すからこその創造性であって、そのためにそれを計測することができないというわけです。

 こで北野氏は、創造性に対する面白いKPI(評価軸)を提案されています。このKPIこそ自分がナルホドと思ったことなのですが、みなさん想像がつくでしょうか。...実は、北野氏の提案される天才の測り方は「反発量」なのです。もちろんこれも抽象的といえば抽象的なのですが、例えばAirbnbやUberは、サービスがリリースされたときに社会から「強烈な反発」を食らいました。Amazonの破壊的なビジネススタイルは、各方面で既存のビジネスで飯を食う人たちから反発されています。凡人でも、これまでの慣習や既得権益などが変わってしまう可能性、ビジネスのルールをガラッと変えてしまう可能性に「恐れ」を抱いて反発をするのです。つまり、凡人の恐怖感や反発する感情を観測すれば、天才の「創造性」を間接的に観測することができるというわけなのです。

 しかし普通の企業にとって、この「反発」を観測して天才を天才と認め、彼らを生かすことができるかというと、残念ながらそうはいきません。企業はほとんどが「凡人」で構成されていて、大企業になればなるほどこれまでの慣習や既得権益を守ろうとする凡人のパワーは強力だからです。これこそが、破壊的イノベーションが大企業で起きないメカニズムなのです。

 では天才は企業の中で成功していけないのでしょうか。そして企業は天才を活かすことはできないのでしょうか。実は、天才はある種類の人たちと組むことで、この殻を破ることができます。天才が組むべきその相手は...「共感の神」と呼ばれる凡人です。凡人は凡人なのですが、共感性がとても高い「スーパー凡人」です。あまりにも共感性が高い「共感の神」は、逆に誰が天才かを見極めることができるのです。北野氏がうまいことを言っています。共感の神やスーパー凡人は、まるで“太宰治の心中に巻き込まれた女”のようだと。そして、そんな共感の神は、ある意味人間関係の天才とも言えるので、天才をサポートすることができます。天才の中には、理解されないがゆえに死を選ぶ人もいます。しかし「共感の神」によって理解され支えられれば、世の中に居続けることができ、彼らの天才性を十分発揮してもらうことも可能なのです。

 天才は共感の神によって支えられることで、「創造性」を発揮することができます。天才が生み出したものは、秀才によって「再現性」が与えられ、凡人を通じて人々に「共感」されていく。これこそ、人間力学的な「世界が進化するメカニズム」と言えるでしょう。

2018年3月10日土曜日

週休二日は毎週土日が休みというわけじゃない!?

News Up 休みは2日 完全かそうでないか、それが問題だ。 | NHKニュース:

 そろそろ就職活動を初めている学生さんもいる頃でしょうが、今回はNHKニュースを元に、意外に知らない求人用語の真実について。

 皆さんは「週休二日」の定義を知っていますか。実は自分も少し前までは知らなくて、毎週土日が休みというのが週休二日だと思っていました。実は違うんですよね。週休二日の正確な定義は「月に1回以上週2日の休みの週がある」ということです。つまり、こんな風に(↓)基本的に週の休みは日曜日だけでも、それ以外に平日に1日休めるというのが「週休二日」。


 じゃあ自分が思い込んでいた毎週土日が休みというのは何というかというと、...「完全週休二日」と言います。なんだか言葉の詐欺のようですが、毎週二日は必ず休みということで「完全」週休二日というわけです。単に週休二日といった場合は、「不完全」週休二日ということなのでしょうか。求人情報に「週休二日」と書いてあってこっち(↓)を思い浮かべていると、いざ就職した後で泣きを見るということになってしまいます。


 こんな言葉の詐欺のようなことがまかり通っているのはなぜなんでしょうか。特定社会保険労務士の飯野正明氏はこんな風に説明されています。労働基準法の定めでは、労働者の休日については「毎週少なくとも1回の休日」、あるいは「4週間で4日以上の休日」を与えなければなりません。また、合わせて「1週間に40時間を超えて労働させてはならない」とも定められています。この二つを同時に満たすよう、例えば完全週休二日制の会社の場合、1日の所定労働時間を8時間として、8時間×5日の労働として2日は休日としています。週休二日制や週休一日制の会社の場合、1日あたりの労働時間を短くして6.5時間×6日のような勤務体系になるというわけです。

 週休二日と完全週休二日のように似て非なる言葉に、法定休日と法定外休日という言葉があります。法定休日は、上記の週休二日の話でも出てきた、会社が定めた休日のことで、法定外休日はそれ以外に会社側が定めた休日です。大きな違いは、会社は法定休日に仕事をした労働者には「割増賃金」を支払わなければなりません。一方で法定外休日の場合は法律上は割増賃金を支払う義務はありません。ただ、労働時間が週40時間を超えた場合、時間外労働の割増賃金が支払われなければならず、これが残業代の正体というわけです。

 あと、誤解の元になるものとして「賞与(いわゆるボーナス)」があります。求人情報に「賞与は年二回」なんて言葉があるかもしれませんが、実は年に二回きっちり賞与がもらえるとは限らないのです。むしろ、賞与(ボーナス)は年に二回しか出しませんよということなのです。なぜこんなことになっているかというと、実は賞与というのは法律的な根拠がありません。大抵は就業規則の給与規定で「会社の業績によっては支払わないことがある」と定めてあって、企業に勤めている人なら経験的に知っていますが、賞与は出たり出なかったりするものなのです。

 こうしてみると、求人関係の用語には直感的な理解に反するものもたくさんありますよね。自分も、こういった用語は企業に長く勤めて経験的に理解しただけで、就職活動をしている学生時代は全く知りませんでした。企業側の採用担当者に是非お願いしたいのは、学生がこういった採用関係の用語に対して理解が深くないことをいいことに半分騙すような形で採用するのではなく、長く勤めてもらうためにも学生側に誤解がないようにして採用を決めてほしいものです。

2018年3月8日木曜日

子どもを持つことは「ぜいたく」なのか?

今の日本で子を持つことは「ぜいたく」なのか? | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト:

 少し前に「『普通の人』のハードル、上がりすぎてませんか?」という記事を書きましたが、今回はその続きとも言える「子ども持つって『ぜいたく』なことなんですか」という話題です。元記事は社会教育学者の舞田敏彦氏によるものです。

 例えば、藤田孝典氏の著書『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(講談社現代新書)には、「結婚・出産なんてぜいたくだ」なんてフレーズが踊ります。もちろん読者の気をひくためのキャッチコピー的な側面はありますが、現実を言い当てている面もあると思います。自分たちが子供の頃に描いていた普通の40代男性像は、普通の会社に就職していて結婚していて子供がいて、ローンはあるかもしれないけど持ち家があって。そんな大人を想像していましたが、いざ自分がその立場になってみると、これがハードルが高い。正社員になること、結婚すること、子どもを産んで育てること、家を建てること、......。自分たちより下の世代には、この「普通の人」ハードルはさらに上がっているかもしれません。

 特に今回のテーマ「子どもを持つ」ことに関しては、経済協力開発機構(OECD)の成人学力調査「PIAAC 2012」を元に舞田氏ご自身が作成されたこの表(↓)が物語るように、年収が高い人は子どもを持てるが年収が低い人は持てないという「格差」が諸外国に比べても比較的大きいことがわかります。
つまり、日本は、経済力と結婚・出産の関連が最も強い社会であると言えるでしょう。特に日本は、低所得の中年男性が子がいる比率がズバ抜けて低く、(1)低収入によって結婚できないこと、(2)たとえ結婚できたとしても子育てにお金がかかるため出産に踏み切れないこと、の大きく2つの要因があると考えられます。

 (1)の問題については、「愛さえあればお金なんて」とは言えども、現実の生活を考えると女性が男性に経済力を求めるのもやむを得ないところがあります。既婚者と未婚者の年収を見てみる(↓)と、男性は既婚者の方が収入が多いのに対して女性は未婚者の方が高収入であることがわかります。結婚というイベントがキャリアに及ぼす影響は、男女で反対の方向なのです。夫婦共働きがだいぶ根付いてきたとは言え、女性は結婚して子育てをするとなると、退職か休職あるいは時短勤務を強いられるケースも多いと想像されますので、そこで減った収入を配偶者に求めることになるわけです。
そして(2)の問題。諸外国に比べても日本の教育費は非常に高く、公立学校に火曜う前提だとしても、子ども一人を大学まで出そうと思うと1千万円以上の費用はかかります。非正規社員や将来の安定性の低い仕事にしかつけない人にとっては、子どもが大学卒業するまでの期間コンスタントに費用を捻出し続けられる自信が持てないケースも多いでしょう。

 一方で、日本には「貧乏人の子だくさん」という言葉がありました。戦後すぐくらいまでの日本社会は、自営業や家族従業が多く、子は労働力と位置付けられ、今とは違って高校・大学への進学率も低かったので、教育費もかからなかった時代でした。その頃の日本と現代の日本、社会全体としての裕福度を考えると明らかに現代の方が優っているでしょう。日本社会が目指してきた社会全体としての裕福度の上昇、それが逆に格差を大きくして、経済的な理由で子どもを持てない人を生み出している...なんだか切ないですよね。

2018年3月7日水曜日

儚くも美しき黒板アートの世界

学校にパソコンがないので黒板にWordを描く ガーナの先生に注目集まる - ねとらぼ:

 今回はちょっと前に話題になった、パソコンのないガーナの学校でMicrosoft Wordを教える先生が素晴らしいという記事から、美しい「黒板アート」の世界をご紹介してみようと思います。

 ことの発端は、ガーナのクマシの学校で教鞭をとるOwura Kwadwo Hottish氏による先月の投稿です。Hottish氏は「ガーナの学校のICT教育はおかしい。黒板で教える。生徒が大好きだから、理解させられることをやらなければ」というコメントともに、こんな写真(↓)を投稿しました。黒板上に再現されたWordは、さまざまな色のチョークを使ってメニューやボタンなどが再現され、「タイトルバー」「メニューバー」などの説明がつけられています。コンピュータの一番の上達法は触って覚えることですので、教育という点からいうと効率が悪いのでしょうが、それだけ環境の悪い中でも奮闘する先生の姿が話題になりました。

 このWordの再現クオリティが高いなあと思って思い出したのは、黒板アートという世界です。黒板メーカーの日学が、黒板アート甲子園というのをやっていて、今回は昨年2017年の優秀賞と最優秀賞の作品をご紹介してみようと思います。

 まず優秀賞の1つ目は、埼玉県立坂戸高等学校(坂戸高校美術部)によるこの作品。作品名は「黄昏の旧友」。高校生活の屋上でのワンシーンですが、長い影が示す夕暮れが、黒板といういずれ消されてしまうキャンバスの儚さと相まって、なんとも切なくなってくる作品です。おそらく高校3年生なのかな、残り少ない高校生活を名残惜しんでいるのかな、なんて考えさせられます。

 優秀賞2つ目は、九州産業大学付属九州産業高等学校(美術部と弓道部)の作品。作品名は「期待と不安」。こちらは打って変わって、新入生の溌剌としたフレッシュな姿が描かれています。下からのアングルで特徴的なことと、町並みなどもとても細かく精密に描かれていて、甘酸っぱい青春時代を思い出させてくれます。

 優秀賞3つ目は、埼玉県立大宮光陵高等学校(ジューC)による作品。作品名は「鯨波」。「鯨波」は大波を指しますが、他に鬨の声という意味もあって、この「とき」という音が高校生たちの「今このとき」と掛けられているようにも捉えられます。色彩豊かな夕方の光、クジラの腹と背の輪郭線の丸みと背景にある地球の輪郭の丸みの構図が躍動感を生み出しています。黒板アートの儚さが人生に、その中で今このときをダイナミックに生きる姿が高校生たちの姿に重なります。

 そしてお待ちかねの最優秀賞。静岡県立富士宮東高等学校(ちゃん’S)の作品は、「VR黒板」という作品。テクノロジーの発展が目覚ましい「VR(仮想現実)」の世界を、アナログな黒板の上で再現しているという点で、Hottish氏の黒板上に再現されたWord画面と共通点がある気もしますが、黒板を画面に見立てるところまでは同じですが、画面の中にいたはずの動物たちがそこから飛び出してくるという設定が面白い作品です。特にキリンの立体感と毛並み、優しい目の描写など、これぞ最優秀作品という感じがします。

 美しき黒板アートの世界はいかがでしたか。スマホの小さい画面のデジタルの世界でばかり生きていると思われがちなイマドキの高校生ですが、大きな黒板の上にアナログなチョーク独特の温かみで描かれた作品は、彼らの中に古き良き日本の姿を垣間見た気もします。そして、いずれは消されてしまう「儚さ」も黒板アートの魅力で、人生の中で輝きを放つ青春時代の儚さを表している気もしますね。

2018年3月5日月曜日

嘘も百回繰り返せば本当になるのか

BBC - Future - How liars create the ‘illusion of truth’:

 今回はTom Stafford氏の記事を元に「嘘も百回繰り返せば本当になる」のだろうか、という話題です。元々この言葉は、ナチスの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス氏の言葉として伝えられていますが、本当のところはよく分かりません。宣伝の天才と言われたゲッペルス氏の言葉と言われるといかにも説得力がありますが、このフレーズ自体が「嘘も百回言えば...」になってしまっているとの意見もあるようです。

 言葉の出自はともかく、プロパガンダの手法として、同じ内容を何度も繰り返して語りかけるという手法があります。最初のうちはそんなことないでしょと思っていても、何度も繰り返し聞かされているうちに、ある種の親しみを感じ始め(「単純接触効果」)、やがてその内容を信じ込んでしまう(「真理の錯誤効果 (Illusory truth effect)」)ということです。最近流行りのフェイク・ニュースもこの部類と言えるかもしれませんし、昔からある何度も商品名を繰り返すCMもこの部類かもしれません。

 しかし実際には、人間の脳はそれほど単純でもありません。テネシー州のヴァンダービルト大学のLisa Fazio助教授らの研究チームは、すでに知っていた知識が後から与えられた新しい情報によってどのように影響を受けるのかについて調査しています。調査の方法は、「正」と「誤」の一対の質問を用意して、その質問がどの程度知れ渡っているかを基準に2つのグループに分けて実験に使用しました。例えば、実際には正しい「太平洋は地球で最も大きな海洋である」という質問は「よく知られている」グループに、そして実際には間違っている「大西洋は地球で最も大きな海洋である」という質問は「怪しい(もしかしたら正しいかも)」グループに分けて被験者に出題します。

 調査の結果、「怪しい(もしかしたら正しいかも)」グループの質問ほど真理の錯誤効果が強く現れたのです。自分自身の知識が曖昧だったりあまりよく知らないことに関しては、嘘を繰り返し聞かされると信じてしまう可能性が高く、逆に元々知識があることに対しては、嘘を繰り返し聞かされたとしても影響を受けないということなのです。

 つまり、繰り返し回数だけで人々の思考が左右されるというほど単純ではなく、その意味では、マインド・コントロールによって人に正しくないことを信じ込ませるのは難しいということです。しかし、裏を返せば正しいか正しくないか判断が曖昧な事柄に関しては、繰り返しインプットされた情報を信じてしまう可能性が高いと言えます。昔から繰り返される宗教的なマインド・コントロールが、神や神秘的な力といった判断が曖昧な部分を突いているのは、心理学的には的を射ていると言えるのかもしれませんね。フェイク・ニュース全盛の時代、自分の知識や判断が「真理を錯誤」していないかどうか、少し立ち止まって振り返るくらいの慎重さがあってもいいかもしれません。

2018年3月3日土曜日

悩みのタネが過去と未来にあることを逆手に取る

「悩みは未来と過去にしかない」と気付いたら楽になったという話 - まぐまぐニュース!:

 今回は小原一将氏の記事を元に、過去と未来のことを考えると悩みは尽きないので、現在のこの瞬間に目を向けると少しラクになるという話題です。

 確かに何かについて思い悩むのは、過去の自分の行動に関する後悔か、未来・将来に対する不安がほとんどな気がします。過去と未来で言えば、自分の感覚論では「過去:未来=2:8」くらい、どちらかと言えば未来に対する不安感で思い悩むというケースが多い気がします。これはおそらく正常な感覚で、過去の行動は今思い悩んだってもう変えられないので、悩みそのものが生産的ではありません。それよりも、過去の行動に対する反省を未来に向けて、次はこんな失敗しないようにしようと考える方が建設的なわけで、多くの人はそういう思考をするのではないでしょうか。もちろん、次も同じ失敗をしないかという不安に変わるだけかもしれませんが。

 そう思うと、失敗を積み重ねれば重ねるほど未来に対する教訓が多くなってきますので、だんだん「縛り」が強くなって不安が大きくなるでしょう。過去の悩みを未来の悩みに転換しただけで、悩みそのものの大きさは変わっていないと言えるでしょう。そんなことを思っていた時に、今回の小原氏の記事に出会いました。

 小原氏の読まれた本の中で心に引っかかったのは、アメリカのトップレベルのビジネスマンが取り入れている方法で、「今ここに注目する」ということです。過去を反省して未来に生かすことは重要ですが、過去の悩みを未来の不安に転換しても、悩みが軽減されるわけではありません。ずっと悩み続けていると心に負荷がかかり過ぎてしまうので、たまには心を解放してやる必要があります。その時に有効なのが「今ここ」に焦点を合わせること。

 とは言っても、気持ちと思考だけを「今ここ」に向けるというのも難しいものです。そんな時は、例えば空を見上げた時は今ここに考えを向けよう、など具体的な行動を決めてしまうといいと思います。タバコを一服の時は今ここに考えを向ける、でもいいですし、コーヒーを飲む時は今に焦点を合わせる、でもいいでしょう。心を解放しようというきっかけですから、リラックスするための行動をとる時がいいかもしれませんね。