2018年2月27日火曜日

人間の「オーラ」を映し出すカメラ

進化する監視カメラ、犯罪者の“オーラ”を検知:日経ビジネスオンライン:

 今回はなんだかスピリチュアルなタイトルですが、その方面を期待された方、ごめんなさい。実は、いつの間にか監視カメラってこんなすごいことになっていたんだというお話です。元記事は日経ビジネス・齊藤美保氏によるものですが、記事が書かれたは2年も前の話ですので、最近だともっとすごいことになっているのかもしれません。ロシア政府の研究機関から誕生したELSYS(エルシス)が開発した画像解析システム「DEFENDER-X」、なんとカメラの画像から犯罪を企む者がまとう独特の「オーラ」を検出するというのです。

 東京オリンピック・パラリンピックまで2年あまり。監視カメラや画像解析を使ったセキュリティというのは、いまホットな話題の一つです。テロの脅威にさらされる空港やランドマークは、これまでも全く無防備ということはありません。それなりに監視カメラが導入されていたり、入退室ゲートのようなものが設置されていたり、ガードマンが荷物検査していたり。

 しかし監視カメラの話で言えば、膨大な数のカメラを設置したとしても、いざ何かがあった時の証拠としての役には経ちますが、カメラの映像から未然に犯罪を防ぐというのは困難を極めます。それはそうですよね、多くの監視カメラが送ってくる映像を、防災センターや監視センターのようなところの画面に表示していたとしても、それを見るのが結局人間なんだとしたら。常に多数のカメラの映像を見ていて、犯罪の芽を察知しろというのは相当難しい仕事です。日常の何気ない風景、普通に人が行き交うだけの映像をずっと見ていることさえ、人間にとっては拷問に近いと思います。そこで、今回のDEFENDER-Xのような、映像から特定の条件に合致したケースにアラートを発するシステムが重宝されるのです。例えば、マスクにサングラス、全身黒づくめでキョロキョロと辺りを見回している人なんて分かりやすい犯罪者は少ないでしょうが、仮にそんな怪しい人がいればシステムがアラートを発し、人はその時だけ映像を確認すればよいのです。

 つまりこの手の映像解析システムの重要な点は、正確に犯罪者を指摘できることではなく、多少怪しいという場合も含めて、多めにアラートを鳴らして人間の監視業務を軽減することと言っていいと思います。もちろん、精度があるに越したことはありません。2014年のソチ五輪で、131セット(1セットにつきカメラ2台と1つの解析ソフト)のDEFENDER-Xが設置され、大会期間中の270万人の中から1日あたり5~15人に対して「不審者」としてアラートを発し、そのうち9割は薬物・酒などの禁止物の持ち込みやチケットなしで不正入場しようとする客だったのだそうです。見逃し率はわかりませんが、指摘したうち9割が当たっているというのは、この手の技術では相当に精度が高いと言えると思います。膨大な映像の中から特定の人を探すようなケースでも9割程度、ましてや人の「犯罪オーラ」を探そうというのですから、ずっと精度が下がりそうなところを9割というのは素晴らしいと思います。

 高い精度で「犯罪オーラ」を検出するキモは、表情の振動を検出する「VibraImage」と呼ばれる画像処理技術です。毎秒30枚程度の画像から、1枚1枚の顔の皮膚や眼球、口元、まぶたなどのパーツがどれだけ動いたのかを検出し、その振れ幅や周期を元にその人の顔を「攻撃的」「緊張」などの50パターンに分類するのです(↓)。人が判断しやすいように、映像の中の人の顔の周りに色付きの線で精神状態が示されます。DEFENDER-Xではこの線を「オーラ」と名付けており、緑で表される場合は普通の落ち着いた精神状態ですが、赤いオーラをまとった人は攻撃性が高まった精神状態を意味します。


 表示されるオーラの大きさや濃さなどで、犯罪行為に発展する危険度を表し、あらかじめ設定した閾値以上の人物を見つけるとアラートを発し、警備員などが声をかけたりボディーチェックをしたりして、犯罪を未然に防止するというわけです。

 そして、アラートの精度を上げたり将来的な技術も含めて様々な画像処理を行おうと思えば、監視カメラそのものの画像が鮮明であることも重要です。矢野経済研究所による調査(↓)によれば、監視カメラの市場は右肩上がりで、単体製品よりも、DEFENDER-Xのようにソフトと監視カメラを組み合わせた画像処理システムが主流になりつつあるようです。


 この元記事が書かれた時から2年ほどが経ち、人工知能(AI)の発展が鮮明になりました。画像処理の世界はAとの相性が極めて高いので、AIを使った不審者の検出とか怪しい人物を見つけたら多くのカメラ映像からその足取りを追いかけるとか、そんな発展の方向性も十分に見込めそうですね。何れにしても、東京オリンピック・パラリンピックまであと2年。サーバーセキュリティだけでない、フィジカルセキュリティの世界も急ピッチで整備されているんでしょうね。

2018年2月23日金曜日

フェイクがフェイクじゃなくなる日

Even Bill Gates Is Worried That Silicon Valley Will Unleash the Apocalypse | Vanity Fair:

 今回はMaya Kosoff氏の記事を元に、「実際には起こらなかったものをまるで現実に起きたことのように見せる技術」の脅威について考えてみたいと思います。米・トランプ大統領が就任して以来一躍流行語になった「フェイクニュース」に代表されるように、昨年末には「フェイクポルノ」という言葉も世間をにぎわせました。トランプ大統領のフェイクニュースは、都合の悪い真実をフェイクニュースと言っている節もなきしもあらずですが、「フェイク(虚偽)」と「ファクト(事実)」の区別がどんどん曖昧になっているとは言えそうです。

 昨年12月に突然話題をかっさらった「フェイクポルノ」もそうです。映画「ワンダーウーマン」に主演した女優のガル・ガドットさんのこの動画(↓)が有名ですが、昔の合成動画のような不自は感じられず、まるで本当にご本人が出演したかに見えると思います。


 このムービーは、deepfakes氏というユーザが海外掲示板・redditに投稿したものですが、オープンソースの機械学習ツールを使用したとのことで、それほど特別なスキルがなくてもこう言ったフェイクを作り出すことができるのです。deepfakes氏自身も最先端のAI研究者と言ったわけではなく、単にAIに興味があるプログラマーだと言います。他にも、2016年にAdobeが発表した「Photoshop for audio」は、映像の中の人が全く喋っていない言葉を喋ったかのように加工することができるなど、事実を捻じ曲げハッキングを行なうツールは凄まじい進化を遂げているのです。つまり、起こっていないことを実際に起こったかのように見せるテクノロジーは、誰もが容易に使用できるレベルになりつつあり、テクノロジーの進歩は乱用の可能性を大きくしています。

 だって考えてみてください。例えば、犯罪を証言するVTRがフェイクだったとしたら、監視カメラの映像がフェイクだったとしたら。他にも、犯罪の自白音声がフェイクだとしたら、パスポートや免許証の写真がフェイクだとしたら。とにかく我々がこれは大丈夫だと思っている「確かなもの」がガタガタと崩れるということになると思うんです。誰もが容易に「事実を作り変える」ことができる世界。そんな怖い世界がすぐ近くまで来ているということなんです。

2018年2月22日木曜日

「普通の人」のハードル、上がりすぎてませんか?

「普通の人」のハードル、上がりすぎてませんか?:

 今回は、少し前にはてな匿名ダイアリーに投稿されていた記事を元に、普通って何だろうというお話を。

 元記事で問いかけられているのが、あなたが思う普通の人ってどんな人だろうかという問いです。自分が思う普通の人...自分の場合は40代男性なので、まあ普通に仕事をしていて、普通に結婚していて、普通に2人くらい子供がいて、あとは都内は無理かも知れないけど通勤一時間くらいのところにマイホームがあって。まあ、アルマーニの制服で有名になったような小学校に通えるほどお金持ちじゃないけど、子供の夏休みや冬休みに国内旅行くらいには行ったりなんかして。ところが元記事で指摘されているのは、これってすごくハードル高くないかということなんです。

 例えば、普通の家庭を描いたアニメの代表格「サザエさん」。都内の持ち家に二世帯で住んでいて、波平さんとマスオさんはエリート社員というわけじゃないかも知れませんが、普通に正社員として仕事をして残業もあまりなさそうです。都内の一軒家ですが、フネさん・サザエさんが専業主婦でいられることから考えても、波平さんとマスオさんは相当の高給取りでしょう。本当かどうかわかりませんが、ネット上では波平さんは商社課長で年収は955万円、マスオさんは別の商社の営業職で600万円と言われています。ちなみに「サザエさん」はキャラクターの学歴の設定もすごくて、波平さんは京大、マスオさんは早稲田ですし、フネさんは日本女子大、ノリスケさんにいたっては最高峰とも言える東大法学部。主人公のサザエさん本人だけが架空のあわび女子学園なのが、かろうじてご愛嬌。

 もう一つ、アニメ「クレヨンしんちゃん」も、主人公・野原しんのすけはぶっ飛んだキャラですが、舞台は普通の家庭という設定です。しかし、父・野原ひろしの設定は、身長185センチの35歳、ローンは残っているものの埼玉県に一軒家を持ち、妻・みさえと子供2人(しんのすけ・ひまわり)の4人家族。万年係長なんて言われていますが、商社勤めのサラリーマンで年収は650万円。ちなみに国税庁の調査によれば、35歳〜39歳男性の平均年収は499万円だそうですので、かなりの高給取りと言っていいでしょう。少し古い平成22年の国勢調査ですが、35歳〜39歳男性の既婚率は53%なので、35歳で結婚して子供を2人もうけているというのもある意味勝ち組と言っていいかも知れません。

 つまり、「普通」が描かれたとされているアニメも、実際の社会と比べてみれば決して普通じゃない、むしろ理想に近いんじゃないかと思うんです。そして、自分たちは「サザエさん」や「クレヨンしんちゃん」の世界が「普通」だと刷り込まれて育ってきましたが、実はその世界は「理想形」ですので、現実の人生はそれとはほど遠く、その世界と現実の人生の差を感じて幸福感が目減りしてしまっているように感じます。PerfumeのDream Fighterという楽曲の歌詞に、こんなフレーズがあります。

ねぇ みんなが言う普通ってさ
なんだかんだって 実際は多分
真ん中じゃなく 理想に近い


まさにその通りだと思いませんか。

2018年2月19日月曜日

ジョハリの窓で解き明かす自分の知らない自分

『自分のことは、自分でも解らない事実』 ~私のマッサージ店での体験。そしてスタニスラフスキー・システム発端の理由について~ | METHOD NETWORK【メソード ネットワーク】:

 今回は、ブログサークルで親しくさせて頂いているトニーマサキ氏の、意外にも自分のことは自分では分からないという記事を読ませて頂いて思い出したことがあったので、そんな話題を。トニーマサキ氏は、マッサージ店で自分では背中と腰が凝っていると思っていたのに、マッサージ師に指摘されて初めて肩が凝っていたことに気づいたという日常の一コマから、ご自身の俳優という分野で言われる「演じている俳優自身が思っている表現と観客が受け取る演技のデキには大きな隔たりがある」という話を展開されています。つまり、俳優自身は素晴らしい演技ができたと思っていても、意外にも観客側の評価はイマイチだったり、逆に今日は演技が失敗だったなあと思っても観客には素晴らしく見えたりするということでしょう。

 俳優という少し特殊な職業と我々の日常生活を同じには言えませんが、それでも、自分で思う自分の評価と他人による自分の評価が大きく異なるのは、容易に想像がつきます。そして、自己評価がすごく高いのに他者評価がすごく低いなど、評価があまりにかけ離れているとコミュニケーション上の問題を生じかねません。

 そこで思い出したのは、「ジョハリの窓」と言われる対人関係とコミュニケーションのフレームワークです(↓)。それぞれの領域は
(1)開放:自分も他人も知っている自分
(2)盲点:他人は知っているが、自分は知らない自分
(3)秘密:自分は知っているが、他人は知らない自分
(4)未知:自分も他人も知らない自分
ということで、例えば自分で自分のことを小心者だと思っていたのに他人からは勇気があると思われているなら、それは「盲点」ということになります。


 そして、一般に開放の領域が広ければ広いほど、裏表がなく対人関係は良好、コミュニケーションが円滑になります。つまり、対人関係とコミュニケーションにおいては、自分に対する自己評価と他者評価が近いほど良いというわけです。
 
 「ジョハリの窓」は、数人の仲間とちょっとした心理ゲームのように試してみることができます。藤浦隆雅氏の記事に、その具体的なやり方が詳しく述べられていますので、試してみると面白いと思います。記事を参考に、紙と鉛筆だけで行なえる簡単な方法を以下に示しておきます。

 まず、個人の性格とかキャラクターとして考えられそうな項目をいくつか書き出します。例えば、
1. 頭が良い、2. 発想力がある、3. 段取りが良い、4. 向上心がある、5. 行動力がある、6. 表情豊か、7. 話し上手、8. 聞き上手、9. 親切、10. リーダーの資質がある、11. 空気が読める、12. 情報通、13. 根性がある、14. 責任感が強い、15. プライドが高い、16. 自信家、17. 頑固、18. 真面目、19. 慎重
といった具合です。4人から8人くらいで行なうのですが、まず紙を1人あたり人数分配ります(つまり、人数×人数分の紙が必要です)。紙には1枚ずつ自分を含めた全員分の名前を書き、書かれた人の性格として相応しいものを上記の1〜19から選んで紙に書き込んでいきます(複数回答可)。上記の1〜19はあくまでも例ですので、もっと増やしても良いかもしれません。

 全員が全員分を書き終わったら、書かれた名前の人のところに紙を集めます。つまり、1枚は自分で自分のキャラクターをどう思っているか、あとは他人が自分をどう思っているかということになります。自分が挙げた番号と他の人のうち一定数以上指摘したキャラクターは、「開放」の領域に書き込みます。一定数の人が書いたのに自分が書いていない番号は、「盲点」の領域です。自分が書いて一定数以下の他人しか書いてない番号は「秘密」の領域に、自分も書いていなければ他人も一定数以下しか書いていない番号は「未知」の領域です。他人の分は一定数以上・以下という判定をしますので、「正」の字でカウントしていくと良いかもしれません。

 「開放」が多かった人は自己評価と他者評価の差が少ないのでコミュニケーションを取りやすく、「秘密」が多い人は自分を人にさらけ出さないので少し内向的かもしれません。そして「盲点」の項目は、自分で意識していないのに意外にも●●と思われているということですので、1つ1つが新たな気づきです。これでもって「開放」が多いから良いとか少ないからコミュ障だとかいうわけではなく、自分の特徴をよく掴み、「盲点」を発見することで、コミュニケーション上の戦略を練りやすいということです。

 そして、「自分では気づいていない自分=盲点」に気づいて、しっかり認識してしまえば、もうそれは「盲点」ではなく「開放」の領域に移動したことになるでしょう。今回ご紹介した「ジョハリの窓」はちょっとした心理ゲームかもしれませんが、こういったもので普段から「盲点」を減らしておくと、人間関係をスムーズにするのに役立つかもしれません。

2018年2月17日土曜日

懐かしくもモダンすぎるヤマトナデシコ

Japanese Women Fashion in the Westernized Era – Pretty Mogas in the 1920s ~ vintage everyday:

 今回は、この山ちゃんウェブログで不定期に取り上げている「懐かしの写真」シリーズです。いや、シリーズ化したおぼえはないのですが、自分がなんとなく惹かれる写真は古き良き日本ともいうべき、その時代に生きたわけでもないのになぜか懐かしさを感じるものが多い気がします。元記事は、Vintage Everydayによるものです。

 これまで江戸時代のサムライとゲイシャ100年前の日本の姿、あるいは昭和初期のビールポスターなど紹介してきましたが、今回は大正から昭和初期に流行した「モガ」に注目してみたいと思います。「モガ」ってなんぞやと思った方は多いと思いますが、リアルタイムで「モボ」「モガ」を体験した方は少ないでしょうから、若い方でなくても知らないケースは多いと思います。40代の自分ももちろんその時代を知っているわけではなく、祖父母世代のの青春時代くらいでしょう。それでも、どこか懐かしいのと合わせて、今でも通用するんじゃないのかと思えるようなそのファッションセンスは、数年前から海外でも話題になっているようです。

 そろそろ「モボ」「モガ」の種明かしを。「モボ」は「モダン・ボーイ」、「モガ」は「モダン・ガール」の略で、和装が主流だった明治時代から、西洋文化の影響を受け洋服が大衆の間で根付いた大正時代に登場したファッションこそ「モボ」「モガ」なのです。今回取り上げる「モガ」は、ひざ下の長めのスカートか「アッパッパ」に特徴があります。「アッパッパ」は「up a parts」のことで、サッカー生地など木綿製のワンピースです。モボ・モガといいアッパッパといい、いつの時代も英語を略してカタカナ語化する日本人のセンスって変わっていないなあと思いますよね。他にも、クロッシェ(釣鐘型の帽子)やショートカット(今で言うボブカット)、そして当時はまだ珍しい化粧(引眉・ルージュや頬紅)も特徴的です。

 さて、能書きはこれくらいにして当時の「モガ」の写真を見てみましょう。










「モボ」「モガ」の闊歩した大正から昭和初期。第一次世界大戦の戦勝国となった日本は好景気に沸き、機械化による産業の発展によって「職業婦人」と呼ばれる女性の社会進出が増加した時代でした。従来、洋装は上流階級の正装として高価で普通の人の手に届かない代物でしたが、好景気による購買力の増加で職業婦人はじめ若い人たちにも広がり、花開いたのが「モボ」「モガ」のファッションです。このあと昭和10年代に入ると、世界恐慌の影響と支那事変そして第二次世界大戦へ突入する暗黒の時代になりますので、「モボ」「モガ」は、時代のすき間に咲いたほんのひとときの花だったと言えるかもしれません。

2018年2月15日木曜日

本命チョコと義理チョコを仕分けするAI

人工知能でバレンタインチョコが本命か義理かを判別する - Qiita:

 日が変わってバレンタインが昨日になってしまいましたが、数日前からネット上で人工知能(AI)を使って本命チョコと義理チョコを分類するという試みが話題になっていたので、紹介してみたいと思います。元記事は開発者のひよこ(@hiyoko9t)さん。

 言われてみればこの命題は、AIの中でも、いわゆるニューラルネットワークとかその応用編で画像分類によく使われるCNN(畳込みニューラルネットワーク)に非常に適した命題です。あるデータを分類・仕分けするというのは、最も基本的なAIのアプリケーションで、よく使われるのは、手書きで書かれた数字の映像を0から9に分類するという例題です。最新のAIは、手書き数字分類の基本例題で、なんと99%を軽く超える正解率を叩き出しているそうです。

 事前の予想でも、本命チョコは手作りとか少し高級めのチョコで、義理チョコは安めでシンプルな包装など、両者を区別する特徴点がありそうです。その特徴点をうまくニューラルネットワークに学習させることができれば、人間関係などの知識なしで画像だけから判断させられる可能性は高いと思います。


 普通のニューラルネットワークは、入力データを一次元のデータとして扱うので、画像の分類問題にはあまり適していません。ひよこ(@hiyoko9t)さんが使用されたCNNは、途中に畳み込み層とかプーリング層を入れることによって画像を二次元データとして扱うことができ、より精度の高い分類が可能と言われています(↓)。ただ、教師ありデータと呼ばれる、画像とそれが本命チョコか義理チョコかという正解の組合せのデータを大量に準備しなければならないので、個人レベルでそのデータを準備するのが大変そうです。


そこで、ネット上から本命チョコと義理チョコの画像(各500枚)を左右反転・上下反転させて「水増し」した各2000枚を教師データとしたそうです。ミニバッチという1回分の学習はこの中から100枚ごとに行ない、エポックという繰り返し学習回数を1000回行なって精度を高めたそうです。エポックを重ねるごとに精度が上がり、だいたい600エポックくらいからは精度が収束している様子がよくわかります。準備したデータとアルゴリズム的には、1000エポック以上の学習を行なっても精度は頭打ちでしょう。そしてその最終的な精度は「0.983836」という、なかなかの精度を叩き出したそうです。

 この学習済みネットワークで新たな画像を分類した時、本命チョコである確率が90%を超えるチョコはこんなチョコなんだそうです(↓)。ピンク色を中心にカラフルでハート型の形などに特徴があるように見えます。

 一方で義理チョコである確率が90%を超えるのは、こんなチョコ(↓)。本命に比べると、色も形もシンプルなことがわかります。

 画像の分類問題というのは、ニューラルネットワークとCNNのとてもいい例題です。あなたがもらったチョコをAIに分類させてみれば、変な誤解によるトラブルが生まれることがないかもしれません。モテない男性代表としては、きっちり義理チョコに分類されてしまうのも、少し寂しい気がしますが。

2018年2月14日水曜日

オフィスよりもカフェで作業するのがオススメな理由

コーヒーショップでは集中できるのに、オフィスではなぜ気が散ってしまうのか | HBR.ORG翻訳マネジメント記事|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回の主題は、うるさいカフェでノートパソコンを開いて仕事するのも、あながち無駄ではないというお話です。少し前にノマドワーカーなんて言葉が流行って、カフェでノートパソコンを開いてカタカタする人が多かったものですが、わざわざうるさいカフェで作業しなくてもよかろうになんて思ったものでした。

 しかし実体験としては、むしろシーンとした図書館なんかよりもうるさいカフェや電車の中の方が集中できたりするのも事実です。実際、この山ちゃんウェブログの記事も朝の通勤電車の中で書いていることが多い気がします。最新の研究によれば、私たちの集中力は周囲の雑音そのもので失われるわけではないようです。むしろ適度なノイズは、創造的な仕事を助ける可能性があるのです。


 元記事では具体例として、イリノイ大学アーバナシャンペーン校のラビ・メータ氏による研究チームによる研究例が示されています。この研究では、被験者が4つのグループに分けられ、遠隔連想テスト(Remote Associates Test, RAT: 一見無関係に見える複数の言葉の関係を答えさせる)を受けます。各グループの条件の違いはノイズレベルで、完全な無音・50デシベル・70デシベル・85デシベルという4つのグループです。その結果、各グループの成績に有意な差はなかったのですが、70デシベル(カフェでの周囲の話し声に相当するノイズ)のグループは、突出して良い成績だったのです。

 面白いのは、集中力とか創造的な仕事のためには、シーンとした図書館のような環境でもオートバイのエンジン音のようなうるさい環境でもあまり変わらないということ、そして、最適なのは適度な背景ノイズ(うるさすぎず、無音でもない)なのだということです。元記事のなかでBurkus氏は、適度な背景ノイズは通常の思考パターンを壊し、それでいて集中することもできると述べています。外へ発散される思考の方向と内へ集中する思考の向きが、うまい具合に行ったり来たりして創造的な発想が生まれるのがちょうどカフェでの話し声くらいなのかもしれません。

 しかし一方で、自分のオフィスでは集中できないという声はよく聞きます。元記事の中でも、わざわざ自分のオフィスの向かいのコワーキングスペースを契約したという人の話が紹介されています。カフェ程度の雑音は創造的思考に適しているはずなのに、自分の実感としてもオフィスが集中して作業するのにあまりよくないと感じます。

 実は自分のオフィスで集中して作業できないのは、周囲の会話につい引き込まれてしまったり、集中しようとしても何かの邪魔が入ってしまったりすることなのです。実際、脳波記録装置を使った実験では、対面での交流や会話が、創造的プロセスに悪影響を与えることがわかっています。コワーキングスペースやカフェのノイズは、その内容に引き込まれたり自分の作業に割り込んで来ることはありません。

 つまりは、仕事に集中できる理想の場所は、ノイズのない空間ではなく、邪魔の入らない空間だということです。完全な無音ではなく、仕事や作業の邪魔にならない多少の背景ノイズがあるのがむしろいい。オフィスで集中して作業できないのに、カフェで仕事が捗る理由はまさにこれなのです。

2018年2月12日月曜日

一・二・三の次は「四」じゃなくて「亖」だった!?

漢字の「一」「二」「三」の次がいきなり「四」になるのはなぜなのか? - ねとらぼ: " 

 ちょっと旬は過ぎてしまっていますが、皆さんはお笑いタレント・厚切りジェイソンさんをご存知でしょうか。名前は知らなくても、日本の文化や日本人の行動をホワイトボードに書きながら、「Why Japanese people!?」と絶叫する芸を見たことはあるんじゃないでしょうか(↓)。


 その厚切りジェイソンさんの有名なネタの一つで、「一」「二」「三」ときたら次は...なぜに「四」?! 法則性がぶち壊しじゃないか、「Why Japanese people!?」と叫ぶネタがあります。この「一」「二」「三」という漢字は指事文字と言いますが、他には基準となる横線を元に↑とか↓という方向を表した「上」「下」も指事文字です。ところが残念なことに、「四」は指事文字じゃないんです。なぜ、一から三までは指事文字なのに、四は指事文字にしなかったんでしょうか。

 実は自分も知らなかったんですが、指事文字で数字の4を表す漢字...あるんだそうです。それがこちら↓。まさに厚切りジェイソンさんの推測通り、一・二・三ときて...「亖」!

 この「亖」という漢字、実は今では使われることはありません。じゃあ「亖」との争いに勝った「四」とはなんなのでしょうか。実はこの漢字、もともと「口の中に歯や舌が見える様子」を表し「息」という意味です("囗" のなかに "ル" というのはいかにもその様子を表しているように見えますね)。読み方は「シ」です。つまり、同じ読み方なんだから、「亖」の代わりに「四」でもいいんじゃないか...という論法なのです。そんなのアリかと思ってしまいますが、実は漢字にはこういうことがたまにあるのです。「仮借(かしゃ、かしゃく)」と言って、他には「我」は矛の一種を表す字でしたが仮借により「われ」の意味になった例などがあります。つまり「四」は読み方が同じというだけで本家の「三」との争いに勝ってしまったというわけです。

 せっかく「一・二・三」という法則でそのまま「亖」と使えばよかったのに、なぜか「四」が数字の4の意味に転用されてしまうと、元の「四」の「息」という意味はどうなってしまうのでしょうか。実は、元の意味を表すのは口へんを付けた「呬(キ)」という字が新たに作られたのだそうです。「四」の本来の意味を追い出してしまったというわけですね。

 ここで思い出すのは、ローマ数字でもⅠ・Ⅱ・Ⅲの次は「IIII」ではなく「Ⅳ」と書くことが多いと思いませんか。線が4本というのはだんだん廃れてしまうというのが、人間の共通的な感覚なのかもしれませんよね。漢字の生い立ちとローマ数字の生い立ちが奇妙なまでに一致するのは、人間の根源的な感性だとしたら、なんだか壮大な歴史を垣間見た気分になってきます。

2018年2月10日土曜日

どうみても角度が違うように見える2枚の写真

This is the same photo, side by side. They are not taken at different angles. Both sides are the same, pixel for pixel. - Imgur:

 今回は小ネタなのですが、いわゆる「錯視」というやつで、寸分違わない2枚の写真なのに、見れば見るほど角度が違っているいるように見える、という不思議な写真です。元ネタはimgurというサイトにものです。まずは何はともあれ、その写真を見てみましょう(↓)。


 どうですか。右側の写真の方が坂が少し "なだらか" に見えませんか。あるいは同じ坂なんだけども撮影した時のカメラの高さが違っているように見えませんか。しかしもちろん、2枚の写真は全く同じ。1ピクセルたりとも違っていないのです(↓)。


 海外のサイトでなぜこんなふうに角度が異なって見えるのかと議論されていますが、その中で自分には次の説明が最もそれらしい気がします。それは、本当は2枚の写真ですが横に並べたがゆえに2つの道路が写真下部でひとつに交わるように見えるからだというものです。全く同じ角度の道路だと交わるはずはありませんから、頭の中で互いの道路が写真下に向かって近づいていくように認識しようとしてしまうというわけです。

 そういえば、以前に同じ色のドレスが黄色に見えるか青に見えるかという話題がネット上を騒がせたことがありました(↓)。人間の錯覚って面白いですね。コンピュータや人工知能(AI)なんかで「錯覚」を実現しようとしたら、むしろとんでもなく難しいんじゃないかと想像します。間違うことこそ人間らしいと言えるかもしれませんね。

2018年2月9日金曜日

銀の弾と金のハンマーのお話

銀の弾などない - Wikipedia:

 今回は珍しくWikipediaの中から「銀の弾丸などない」という項目について。実は前回、大前研一氏の記事を元に何でもかんでもAIが解決するとか、全ての仕事はAIに奪われるという極論もなんだかなあという記事を書いたのですが、この極論について自分の身近に似た例があったことを思い出したのです。それがこの「銀の弾丸はない」という言葉。言葉というか、ソフトウェア開発における格言のようなもので、振り返ってみますとこの山ちゃんウェブログの中でも実は何度か登場させた言葉でした。

 これまで特に説明なしで使って来たこの言葉なのですが、よく考えてみると、ソフトウェア開発の世界にいない人(つまりほとんどの人!)には何のことやらですよね。この言葉は、フレデリック・ブルックス氏が1986年に著した「銀の弾などない— ソフトウェアエンジニアリングの本質と偶有的事項」という有名な論文から来ています。「銀の弾丸」とは、ヨーロッパの宗教的な背景の中で狼人間や悪魔を撃退するものとされています。もちろん比喩なのですが、ソフトウェアで解決しようとしている問題そのものとも捉えられるでしょうし、工程遅延・予算オーバー・欠陥製品のようなプログラマーの恐怖の対象と捉えてもいいかもしれません。こういった全てを一気に解決してくれる万能薬などないというのが、ブルックス氏の主張の趣旨です。

 そしてもう一つ。「銀の弾丸などない」という言葉と合わせて語られるのが、「金のハンマー」という言葉。実は「銀の弾丸」ほど有名でなく根拠も確かではありません。もしかしたら、誰かが「銀の弾丸」のパロディで言っただけの言葉かもしれませんが、ソフトウェア開発の現場に今もある言葉です。「金のハンマー」というのは、あるハンマーを持つ者にはすべてが釘に見えるという意味です。つまり「ある手段を持つ者にとって全ての問題はその手段で解決すべきものに見える」ということで、自分が持っている道具だけで全ての問題に対処しようとする態度のことを批判しています。何かすごい武器を手に入れた時、例えばオブジェクト指向言語を覚えたとか、最近流行りのPythonがかけるようになったという時、IoT(Internet of Things)の組込みエッジデバイスのプログラムもそれらの言語で書こうとする、そんなことを言っています(ちょっと極端かもしれませんが)。

 もしかしたら、大前研一氏の記事を元に何でもかんでもAIが解決するというのは何だかなあと思ったのは、この「金のハンマー」の方が適しているかもしれませんね。確かに人工知能(AI)が大流行していて、自分のようなIoT関係のシステム製品を開発している現場にも、「もっとAIを活用せよ」とか「AIを使ったサービスを提案せよ」のようなことを上から言われることがあります。しかし、それは本当にAIで解決すべき問題なのか、他にもっと優れた手段があるかもしれないと考えるのが、エンジニアとして正しい態度ではないかと思うのです。ご自身はプログラマーでもある川俣晶氏がうまいことを言っておられます。「XXを使えばすべてうまくいく、と思ったら負け」だと。

2018年2月8日木曜日

AIが心の問題も解決できるというのは本当か

大前研一氏 待機児童、いじめ、パワハラはAIで解決できる|ニフティニュース:

 今回の話題は人工知能(AI)ですが、著名な大前研一氏の記事を元にAIが全てを解決するというのは本当なのかということを考えてみようと思います。

 元記事では、人間の仕事の多くが今後AIに取って代わられるという話は既成の事実とされています。個人的な感覚としては、従来人間にしかできないと思われていたクリエイティブな仕事も、従来の経験や知識を元に判断を下すという仕事である限りはAIの餌食になるだろうというのはその通りと思います。これまでも体力勝負の仕事はロボットが、頭脳系の仕事のうち簡単なものはコンピュータが担ってきましたが、AIの発展により頭脳系の高度な仕事までコンピュータができるようになってきたという見方です。

 大前氏の主張のなかで、役人がアナログなシステムの中で「忖度」や「裁量」の余地を作り、さも自分たちが仕事をしているかのように見せかけているが、AIを活用すれば、彼らの仕事はほとんどすべて無くなってしまうというのは、残念ながらその通りだと思います。例えば新たな建物を建てるために役所手続きをするシチュエーションで、建築基準法など関連法令に適合するか否かということはコンピュータの判断で十分でしょうし、上下水道管・ガス管・電話線・地下鉄など埋設物の問題があってもどこを直せばよいかまでAIが判断できそうです。実際すでにシンガポールでは、CAD図面を元に埋設物問題を解決するシステムも稼働しているようです。法律や条例の中で判断を下すというのは、AIやコンピュータの最も得意とするところです。

 しかし、同級生によるいじめや先生によるパワハラの問題も、AIのディープラーニング(コンピューターに自動で学習させる手法)で対応可能だという主張は、果たしてそうだろうかと思います。全国の学校の過去の事例をコンピューターに入れておき、似たような事例を調べてAIに的確な対処法を聞けばよいと言われていますが、果たしてそうだろうかと。

 まず、誰がどうやって過去の事例をコンピュータに入力するのでしょう。プライバシー等の微妙な問題は目をつむったとしても、事例をどうやって数値化できるのでしょうか。いじめやパワハラのような複雑な問題を解こうとすれば、加害者側・被害者側の性格や関係性、時系列的な心の微細な動き・シチュエーションや時代背景・地方など様々な入力データが必要になるだろうことは想像に難くありません。たとえそういったものが正確に数値化できたとして、さらにディープラーニング等のアルゴリズムが解決策を導き出せたとしましょう。でもその解決策を実行するのは誰でしょうか。大前氏の言われるような、ソフトバンクの「Pepper」でしょうか。

 自分には、「心の問題」を解決するのがコンピュータやロボットだとはとても思えないのです。もちろん遠い将来には、体内埋め込み型のセンサーで心の動きや頭の中の考えが逐一データ化できる時代が来るかもしれません。DNAよろしく人間の全ての情報をデータ化し、コンピュータ内に心と頭脳を存在させることすらできるようになる(つまり、肉体から精神を分離させられる)時代が来るのかもしれません。そうなれば、心の問題も数値データの世界(サイバー世界)の問題になりますので、コンピュータが解析して、導き出した結果を心や頭脳にフィードバックすることもできるかもしれません。ただ、今はまだSFの世界じゃないかと思うのです。

 リアル世界の全てを取り扱うには、現代のコンピュータではまだ能力不足じゃないかと思うのです。人間の心を取り扱うのは、もうしばらく診療心理士やカウンセラーのような人たちじゃないかと思うのです。コンピュータやAIを補助的に使用することはあっても、数値化できない定性的な情報を解析したり解決策を実際の行動に移したりするのは、まだまだ人間の領域ではないかと思います。

2018年2月6日火曜日

「ネット中立性」撤廃問題とはこういうことか

「ネット中立性」撤廃の問題を体を張って説明した男性、みんなから(狙いどおり)嫌われる | ギズモード・ジャパン:

 昨年アメリカでは「ネット中立性」の撤廃が決定し、大きな批判が湧き起こりました。インターネットは当然ワールドワイドなものですし、中でもアメリカの対応は世界の潮流を決めかねないので、我々は日本にいるから関係ないとは言っていられません。この山ちゃんウェブログでもIoTと絡めて一度取り上げましたが、「ネット中立性」が無くなることがピンとこない人も多いと思います。今回、YouTuberのRob Bliss氏が、道路を使って「ネット中立性」が失われるってこういうことだよっていう分かりやすい動画を公開していますという話題です。


 その動画がこちら(↑)。突然、車線をひとつコーンで通行不可能にし、もうひとつの車線のど真ん中を自転車でノロノロノロノロ運転するBliss氏。当然、渋滞が起こり自動車の運転手はクラクションや怒声を浴びせます。警察官も集まってきてコーンを除去し、「今度やったら逮捕するからな」怒鳴ります。この道路で彼らが感じた怒りこそ、実は「ネット中立性」が奪われた怒りの正体です。「渋滞を起こすな!」「トラフィック(交通)を遅くしてる!」「お前だけの道路じゃないんだ!」などなど。

 この時のBliss氏と警官のやりとり。

警官:これ以上交通の邪魔をしたら…
Bliss氏:普通のスピードで通過させたら、誰も僕のサービス(5ドルでもう一つの車線を通れる)を購入してくれないでしょ。
警官:いやいや…

警官:なんでこんなことやってるんだ?!
Bliss氏:僕は、自動車の自由を回復させようとしてるんです。
警官:ノー!!

 全く話が噛み合っていないですよね。それは「誰もが等しく道路を通行できる権利(≒ネット中立性)」が、我々にとって当たり前の権利だと思っているからです。しかし、ネット中立性撤廃派の言い分は違います。今回の例では、5ドルの追加費用を払った人はいいサービス(もう一つの車線を快適に走れる)を受けられ、お金を払わない人はそれなりのサービス(渋滞の車線を走る)しか受けられない。これこそが「自由」「自由競争」だという論理なのです。

 一般道の例だと少し分かりにくいですが、有料道路とか高速道路をイメージしてみればいいかも知れません。我々は一般道を走っていればガソリン代くらいで済むのに、わざわざ余計なお金を払ってまで高速道路や有料道路を走ることがありませんか。それは信号のない道路を快適に走れるとか、一般道を走るよりも目的地に早く着くというサービスを受けているわけです。もっと言えば、高級レストランとファーストフードの違いでもいいかも知れません。食事そのものもそうですが、高い食事代を支払って至れり尽くせりのサービスを受けられる高級レストランと、やすい食事代でセルフサービスか簡素なサービスのファーストフード。もちろん、どちらを選択するかは我々消費者の自由です。これこそが、ネット中立性撤廃はの唱える「自由」というわけです。道路や食事だけでなく、我々を取り巻く様々なサービスには、「中立」ではなく「自由」があります。むしろインターネットにだけ自由がないことこそ不自然で、あるべき姿ではないと。

 もちろんこんな簡単化した例で、「ネット中立性撤廃」問題の全てが分かるわけではありません。そんな方はWIkipediaなどでより詳しく調べてみることをお勧めします。インターネットは、今や我々の生活の欠かせないインフラになっています。その中立性が奪われることに、もっと怒りを示すべきではないかと。

2018年2月4日日曜日

せめてトイレにはスマホを持ち込まない方がいい理由

Stop Bringing Your Phone to the Bathroom:

 今回に話題は、トイレにまでスマホを持ち込むなよという話で、元記事はJaime Green氏によるものです。食事中にも触ったりするスマホにばい菌がついてしまうという衛生面の理由もありますが、Green氏が注目しているのは、マインドフルネスに関する問題点なのです。

 マインドフルネスというのは、Wikipediaによれば「今現在起こっている内面的な経験および外的な経験に注意を向ける心理的な過程」と説明されています。説明を読んでもよくわかりませんね... 例えばここ一番という勝負で結果を出した一流アスリートが「ゾーンに入った」と言うことがありますが、雑念がなくリラックスしているのに今という瞬間に集中して頭と心が研ぎ澄まされている、そんな状態を思い浮かべると近いかもしれません。アスリートでない自分たちも、高い集中力で仕事や勉強がはかどっている時など、「ゾーンに入った」状態を垣間見ることができると思います。マインドフルネスを育む典型的な手法は、禅とかヨガの世界で実践される「瞑想」です。瞑想は、評価判断・恐怖や否定といった感情の向こう側に行こうとする行為で、雑念や無駄な思考のない研ぎ澄まされた精神状態を実現しようとします。

 瞑想のような特別なことをしなくても、日常生活の中でマインドフルネスを育むには、頭をぼんやりとさせることです。ゆっくりお茶を飲んだり、ぼんやり窓の外を眺めたり、心を空っぽにするのです。瞑想やマインドフルネスに興味がない人でも、頭の中を空っぽにしたりぼんやりと思いを巡らせる時間を持つことは重要です。自分が得体の知れない不安を感じていることに気づくかもしれませんし、頭を悩まされている問題について1人静かに思いをめぐらせることで、解決の糸口を見つけることができるかもしれません。

 昔からトイレの中では本を読んだり新聞を読んだりすることは珍しいことではありませんでした。しかしスマホ全盛のこの時代だからこそ、あえてトイレではスマホを触らないようにして静かな時間を確保してみるのもいいかも知れません。

2018年2月2日金曜日

正しく読めますか「大人500円 小人200円」

「大人」の読みは「おとな」じゃなかった! 「大人500円 小人200円」の読み方は? - ねとらぼ:

 今回はちょっと軽めの話題ですが、自分も40ン年間生きてきてずっと間違って読んでましたっていうお話。皆さんは、コレ正しく読めるでしょうか(↓)。
「小人」の読み方は「こびと」「しょうじん」「しょうにん」の3通りありますが、意味を考えるとこのケースで一番適しているのは「しょうん」です。コレくらい読めるでしょと思ったアナタ。そうじゃないんです。読み方が難しいのは「小人」の方ではなく、実は「大人」の方なんです。

 「おとな」だと思いました? 実は自分も同じで、40ン年間ずっと「おとな」だと思ってきました。「小人(しょうにん)」に対する言葉として使用される場合、実は「おとな」ではなく「だいにん」が正解なんです。コトバンクにもちゃんと「だいにん」と読む場合は「おとな。風呂屋などの料金の区別に用いる場合は、中学生以上をいう」と説明されています。さらに大人(だいにん)と小人(しょうにん)の中間の年齢層は、「中人(ちゅうにん)」。

 簡単な漢字なのに、意外にもほとんどの人が本当の読み方を間違っているのです。その証拠に、遊園地のチケット売り場で「だいにん2人」と言ってもおそらく通じないと思います。みんなで間違えればそれが正しくなるのが言葉の面白いところで、実生活では素直に「おとな2人」と言った方がはるかに通じます。

2018年2月1日木曜日

大人になると友達が減る悲しい現実

The Science of Making Friends - WSJ:

 前回「Private Speech」という架空の友達に話しかける行為が問題解決能力にいいという話を書きましたが、今回は架空ではなく「現実(リアル)の友達」について。皆さんは友達が多い方でしょうか。実は、自分はどちらかというと友達が少ないタイプなんです。子どもの頃は割と真面目で大人しいタイプだったので元々友達が少なく、大人になって多少解消されてもそこから新しい友達を作ることはあまりできていません。Elizabeth Bernstein氏による元記事では、大人になると友達が減るという悲しい現実を科学的な目で解説されています。

 これまで様々な研究で、友達がいる人ほど健康で長生きしやすいことが分かっています。固く結ばれた友達がいることは、血圧を下げたりストレスを減らすなどの効果があるのだそうです。さらに2016年にイギリスで発表された、1万5000人からのアンケート調査をもとに行った研究によれば、親しい友達がいて社会とも繋がりがある人ほど幸せを感じていることが分かりました。友達がいることは、身体にとっても心にとってもいい効果があるのです。

 しかし実際のところ、学校を卒業してから友達の数はだんだん減っていくのが一般的です。さらには、就職・結婚・出産など人生の転機を経るに従って、一人、また一人と友達との付き合いが失われていきます。これは自分のこれまでの人生を振り返ってみても同じで、高校や大学の卒業で地元を離れた物理的距離の問題もそうですが、結婚して子供ができたことでそれまでの友人と距離ができる精神的な距離の問題もあるかも知れません。

 一方で、大人になるにつれて新しい友達を作ることは難しくなります。自分の子どもたちを見ていると、公園で出会った知らない子どもともいつの間にか友達になって一緒に遊んでいたりしますが、自分は出会った人と仲良くなって一緒に何かしようという仲に発展したことはほとんどありません。自分自身が子どもの頃を思い出しても、学校という閉鎖的でルーティンな場は、ある意味で自然に親密さを生み出してくれる、友達づくりのためには恵まれた場でした。しかし大人になると、同じ世代・同じ趣味・同じ興味の対象などの人を探すのも大変ですし、友情を育むための時間的余裕もなくなってきます。つまり、大人になると友達はどんどん失われていき、逆に新しい友達を作るのはどんどん難しくなる、結果的に友達はどんどん少なくなっていくのです。

 New York University教授で精神科の専門家であるIrene Levine氏によれば、大人になってから友達を作ろうとしたとき、心理的に「友達が少ないことは悪」という思い込みが無用な強迫観念を作ってしまうケースがあるそうです。この心理に陥ってしまう人は女性の多いのだそうで、大抵は理想的な友人関係を追い求めすぎてしまうのです。そして、女性は他人とつながることに心地よさを感じやすいのに対して、男性はその傾向が小さいので、大人になってからの友達作りは、より難しいということです。確かに自分の周囲を見渡して見ても、女性同士の方が男性同士よりもコミュニケーションが上手で結果的に早く友人関係を作っているように感じます。男性同士だと、仕事上の繋がりとか同じ趣味だとか限定された共通の話題がないと、なかなか仲良くなれない気がします。

 かくまでに大人になってからの友達づくりが難しいとなると、「友達100人できるかな」の童謡じゃありませんが、子どもの頃や学生時代に友達をたくさん作っておいて、大人になってからはできるだけ友達が減らないようにするしかないかもしれません。あの頃に戻って、子ども時代の自分にとにかく友達たくさん作れよとアドバイスしたいものです。