2018年1月4日木曜日

プログラマー35歳限界説なんてくつがえせ

限界説なんてくつがえせ!輝く40代ITエンジニアになるための”いろは” | フリーランスへの道標(お役立ち情報):

 今日から仕事始めという方も多いと思いますが、今回はプログラマー業界でまことしやかに言われる「プログラマー35歳限界説」(定年説という言い方をする場合も)について。昨年12月には、Rubyの生みの親・まつもとゆきひろ氏が「35歳限界説はある」と答えたという記事がありました。ただ、まつもと氏が言われるのは、日本企業の場合は「一定の年齢に達したらマネジメント側に回る」という流れが普通にまかり通っているので、能力や体力的な限界というよりは、むしろ組織上の問題で35歳を超えると単にプログラムを書くだけの仕事ではいられないということです。

 自分の場合もソフトウェア開発という職種に従事してきましたが、そこそこ規模の大きな会社だったからか、35歳よりもう少し早い20代後半くらいから単にプログラムを書くというよりも要件定義や上流設計・営業技術、あるいは学会などで標準化を進めるような、純粋にプログラムを作ることではない仕事が増えてきました。それは40代になった今でも同じなのですが、ただ、本当の意味で自分の理想的なプロダクトを仕上げるためには、コアな部分のプログラムは自分で書くということを続けています。フレームワークやプロジェクトで採用する先端技術(古き良き電機メーカーなので、あまり先端すぎてリスキーな技術は使えないの点はありますが)は自分がコーディングまで行ない、フレームワーク上で動くプログラムを書いたりテストしたりという作業は外注さんに作業して頂くスタンスです。経験上、いくら基本設計やアーキテクチャ設計を文書で示したとしても、実際に動く実装のお手本を示さなければ思い通りのプロダクトには仕上がりません。

 そういう意味では、IT系エンジニアとしては、「おいしいところ取り」の仕事の仕方をさせて頂いているかもしれません。しかし、付き合いがあるソフトウェア開発専門の外注さんの様子を見ていると、やはり35歳を超えた頃から純粋なプログラマーというよりはマネージャーや営業を兼務したりして、プログラムのことだけを考えてはいられないようになっていくようです。そうなると、いずれはプログラマーとしての腕を維持するのも難しくなり、50代になる頃には完全なマネージャーか営業のような仕事に移行するキャリアプランのようです。

 話がだいぶ自分の個人的な状況に逸れてしまいましたが、元記事では、ソフトウェア開発専門の会社で40代でも立派にITエンジニアとしてやっていくために、以下のような6つのキャリアプランを紹介されていました。

(1)マネージメント職を目指す
(2)ITエンジニアのスペシャリストになる
(3)技術営業として案件受注に大きく寄与する
(4)ITに関する講師業や執筆業を行う
(5)IT製品のコンサルティングを行う
(6)英語力を鍛えて外資で活躍する

 個人的なポイントは、「40代プログラマー」とは言わず「40代ITエンジニア」という言い方をしているところかなと思います。つまり、ここで挙げられていることは、やはり純粋なプログラマーの仕事だけでは40代はツライですよということなんだと思います。

 まつもと氏も言われていますが、設計された通りのプログラムを書いていくという仕事(本当は、設計がダメでプログラマーにしわ寄せがくるケースも多々ありますが、その話は次の機会に置いておいて)は、日本企業ではやや下に見られがちな気がします。海外、特にシリコンバレーのケースだと、プログラマーとマネージャーは芸能人とマネージャーのような関係に近くて、マネージャーよりもプログラマーの方が高収入というケースもごまんとありますが、日本の場合はレアケースでしょう。結婚や出産などのイベントで今後お金も必要になってくる35歳くらいでキャリアパスをプログラマーからマネージャーや営業技術に乗り換えるというのは、サラリーマンとしてはある意味妥当かもしれません。

 しかし、プログラマーの地位の低さは極めて大きな問題です。プログラマーがわずか10年や15年ほどの短いキャリア寿命だとしたら、せっかく積み重ねた技術を活かす時間がいかほどもありません。これは極めて大きな損失で、ソフトウェアやITの分野で世界的に競争力ある企業が日本から生まれてこない大きな原因の一つだと思うのです。20代・30代で積み重ねた技術を50代・60代まで還元できる、そのためには50代・60代でもプログラマーだけで勝負できる社会にならなければ、ソフトウェアやITが大きな力になるこれからの時代に日本企業は生き残っていけないのではないかと思うのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿