2017年3月31日金曜日

稀勢の里「奇跡の逆転優勝」にブーイングする人たちの言い分 : J-CASTニュース

稀勢の里「奇跡の逆転優勝」にブーイングする人たちの言い分 : J-CASTニュース:

 スポーツ物が連続してしまいますが、今回は先の春場所で左肩付近を負傷した新横綱・稀勢の里が、大関・照ノ富士に本割と優勝決定戦で連勝して、奇跡の大逆転優勝を成し遂げたニュース記事を元にして、無理に対する頑張りに感動を覚えてしまう気質を考えてみたいと思います。

 新横綱として臨む初の場所で、稀勢の里は12日目まで全勝と絶好調でした。しかし、13日目、横綱・日馬富士に敗れた際、左の肩から腕にかけて負傷してしまったのです。当然、14日目から休場だろうと予想されましたが、怪我をおして出場した稀勢の里は、横綱・鶴竜に対して怪我の左腕が全く使えず、なすすべなく2敗目。1敗の照ノ富士を1つの勝ち星の差で追うことになりましたが、その1つの差は怪我を負った稀勢の里には絶望的な差に思えました。スポーツ新聞に掲載された稀勢の里の写真には、左の二の腕に大きな青あざが浮き上がった痛々しいものでした。千秋楽、照ノ富士との決戦前、もう休まずに出場を続けただけで立派に横綱としての役割は果たした、と誰もがその敗戦を覚悟しました。ところが、足と右腕だけでの奇跡の勝利、しかも優勝決定戦でも勝利しての奇跡の逆転優勝。日本人なら誰しも感動を禁じ得ない、絵に描いたようなサクセスストーリーになったのです。

 しかし...ちょっと待てよと。なんだか気持ち悪さがあると思ったら、元記事で紹介されているタレント・伊集院光氏のコメントとして、そのものズバリ指摘されていました。実は今回の春のセンバツ高校野球で、1日に2試合もが延長15回で決着がつかず、福井工大福井の摺石投手は193球、福岡大大濠の三浦投手は196球を投じ、再試合でも登板が予想されるなど、「エースの連投問題」が持ち上がっています。伊集院氏は、この問題と稀勢の里関の奇跡の逆転優勝を比べて次のように言われているのです。

高校生とプロフェッショナルを同列に比べちゃいけないけど、けがを押して出てあの中で逆転優勝する稀勢の里への思い入れと、無理して投げるエース投手への思い入れってものは、高校野球のピッチャーを『無理しすぎてる、けしからん』っていう口のまま稀勢の里をほめちゃってるから、矛盾を感じる

 日本人だけの特質なのかどうかわかりませんが、「無理して頑張る姿」にこそ感動を覚えてしまいます。究極の「根性論」というか、傷ついている人・理不尽にハンデを背負っている人がそれを乗り越えようとしている姿が感動につながるのです。そういう意味で、この山ちゃんウェブログで何度か取り上げた障害者の感動ポルノという問題も根っこは似ているかもしれません。障害を持つ人(つまり理不尽にハンデを背負った人)がその障害を乗り越えて何かを成し遂げる姿は、怪我をおして出場した稀勢の里が優勝を勝ち取る姿、あるいは200球近い投球で肩や肘に炎症の残るエースピッチャーが痛みに変えて投げ抜く姿にかなり一致しないでしょうか。ただ、障害者の感動ポルノよりもっと罪深いのは、怪我をおした稀勢の里と無理して投げるエースピッチャーは、それぞれ力士として選手としての将来をも投げ打っているということです。稀勢の里は、この怪我を無理してしまったがために全治少なくとも1ヶ月とみられており、将来この怪我が横綱としての生命を縮めてしまうかもしれません。エースピッチャーの無理な連投は、ピッチャーとしての選手生命を縮めてしまい、将来大学野球やプロ野球で活躍できる才能の芽を摘み取ってしまいかねません。そういう意味では、稀勢の里と無理な投球をするエースピッチャーは、日本人的な「滅びの美学」にも合致しており、より大きな感動を生んでしまいます。

 このハンデ戦に対する感動、滅びの美学に対する感動を禁じ得ない性質は、特に日本人にはやむを得ないかもしれません。そして、この性質は広い意味で、最近問題になることが多い長時間労働にも通じるところがあるかもしれません。家庭を犠牲にしても会社のために尽くす、そんな姿は怪我をおして出場した稀勢の里や身を削って投げ続けたエースピッチャーに通じるものがあると思います。「感動」という方向に心が動いた時、誰かが無理をしてこの感動が作られたはず、とか、何らかのブラック(闇)が隠れているはずと疑ってかかることが必要かもしれませんね。

2017年3月30日木曜日

0対91で敗れた英心高校野球部 「選手はダメじゃない」監督は胸を張った : J-CASTニュース

0対91で敗れた英心高校野球部 「選手はダメじゃない」監督は胸を張った : J-CASTニュース:

 甲子園では今日も春のセンバツの熱い戦いが繰り広げられていますが、今回はそんな高校野球のちょっとイイ話をニュース記事から。3月27日に行われた第64回春季東海地区高校野球・三重県大会の南勢地区1次予選で、私立英心(えいしん)高校と県立宇治山田商業高校が対戦し、英心高校はなんと5回コールドの0対91という記録的大敗を喫しました。ウラの攻撃の宇治山田商打線は、1回に8点、2回に31点、3回に41点、4回に11点と攻撃の手を緩めずにわずか4イニングで62安打を浴びせ、英心高校の17失策も絡んで91得点。

 記録だけ見れば、宇治山田商業はもうちょっと手を抜いてあげて欲しいとか、そんなにボコボコにしたら立ち直れなくなるじゃないかと思ってしまう節もありますが、敗れた英心高校の豊田毅監督と英心高校野球部のあり方(そして敵ながら宇治山田商業野球部にも)に賞賛のコメントが殺到しているのだそうです。この賞賛の嵐は、英心高校野球部の成り立ちを振り返らないと、理解できません。英心高校はもともと不登校の子どもを多く受け入れる学校で、休み時間にキャッチボールをする生徒がいたそうです。そこへ野球経験のある豊田監督が、週1回程度のクラブ活動でみんなが楽しめるようにと、野球部を創設したのがわずか2年前の2015年5月。男子5人、マネジャーの女子1人から始まり、その後10人まで増えて現在に至っています。バット1本・ボール10球・ヘルメットは相手チームから借りて挑んだ最初の対外試合は0対26。この敗戦から10人の野球部は、どんどん野球にのめり込んでいったのです。

 しかしそうはいっても、そう簡単に強豪チームに生まれ変われるなら苦労はありません。点数だけ見れば今回の敗戦の方が大敗じゃないかと思うかもしれませんが、生徒たちの成長ぶりは豊田監督の次の言葉に表されています。

今までは、ピッチャーがストライクに入らず四球が続く試合ばかりでした。すると、相手チームは20~30点も差がつくと、試合を終わらせようとバントして自らアウトになるんです。でも今回の宇治山田商は県屈指の強豪ですが、フルメンバーで最後の最後まで攻撃の手を緩めませんでした。うちのピッチャーもストライクを入れられるようになりました。これは『終わらせてもらっていた試合』と違い、勝負の中ではっきりとついた91点差だったと思っています。初めてチームとして認められたという感覚でした

 今回の試合中のエピソードも感動を誘います。4回裏、ピッチャー返しの打球が投手に直撃して立ち上がれなくなった時、ピッチャー交代を告げようとする豊田監督に中学時代は不登校だった生徒は「最後まで投げさせてください」と食い下がったのです。監督が渋々続投を告げると、敵方の宇治山田商のベンチが立ち上がって相手エースに拍手を送ったそうです。

 学校の成り立ちといい、豊田監督の素晴らしさといい、まさに現代版スクールウォーズと言っても過言ではないと思います。スクールウォーズを知らない若い世代の方のために簡単にどんなお話かを書いておくと、スクールウォーズは1984年から85年に放送されたテレビドラマで、もともと不良少年や落ちこぼれなどの生徒を、一人の教師がラグビーに目覚めさせ、わずか数年にして全国優勝を果たすまでの実話が元になっています。この山ちゃんウェブログでは障害者の感動ポルノという問題を取り上げたこともありますが、スポーツも感動ポルノとまではいいませんが、手っ取り早く実話にもとづいた感動話を作りやすい素材ではあります。英心高校野球部もキレイゴトだけじゃなかったとは思いますし、敵チームの宇治山田商も早く終わらせたいと思っていた選手もいたかもしれません。それでも....やっぱり、やっぱりスポーツって感動してしまいますよね。

2017年3月29日水曜日

撮影に成功した、冥王星をとりまく「美しく青き大気」|WIRED.jp

撮影に成功した、冥王星をとりまく「美しく青き大気」|WIRED.jp:

 今回は、Eric Berger氏の記事を元に、謎に包まれた冥王星の美しい映像をご紹介したいと思います。その映像がこちら↓


 NASAの無人探査機「ニュー・ホライズンズ」は、2015年7月14日(米国時間)に冥王星に最接近し、その時のデータは何ヶ月もかけて地球に転送されました。科学者たちの分析作業はいまだに続いているそうで、今回はその作業の中でトッド・ラウア氏とアレックス・パーカー氏がニュー・ホライズンズのデータを加工し、「振り返って見た冥王星」の美しい画像を作り上げたのだそうです。画像そのものはもちろん合成写真なのですが、最接近から約3時間半後に撮影されたものを元にしていて、冥王星から20万kmで振り返るとこんなにも美しい映像が見られるということです。星の周りに青く輝く特徴的な「かすみ」は、冥王星の大気に含まれるメタン分子が太陽光に反応して生まれた煙霧なのだそうです。冥王星の大気は9割が窒素でメタンは1割しかありませんが、メタンは分子がサイズが大きいので、太陽光の青い光が散乱してこんな神秘的な美しさを現すのです。

 なお、この時のニュー・ホライズンズの画像をタイムラプス化した動画もすでに発表されています(↓)。冥王星の「トンボー領域(Tombaugh Regio)」と呼ばれるハート形の地形が綺麗に見えますね。トンボー領域は衛星のカロンと反対の位置にあって、この下には海があると推測されています。


 冥王星といえば、2006年に惑星から準惑星に「格下げ」されてしまいましたが、離心率が大きな楕円形の軌道を持って黄道面からも大きく傾き、明らかに他の惑星とは異なった趣です。その直径2,370kmは地球の月よりも小さく、最大の衛星カロンは直径が冥王星の半分以上あるので、冥王星とカロンは二重天体という見方もできるそうです。長らく太陽から最も遠い惑星とされていたので、「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」など数々の作品で最果ての星として描かれることが多く、「冥王(プルートー)」という名前が死者の世界の王を意味するところからも、どこか退廃的で異世界への恐怖を感じるようなそんなイメージがあります。実際の映像は、そのイメージに違わぬほど美しく神秘的な気分にさせてくれますね。

脳とAIを電極で接続、イーロン・マスク氏、新たなスタートアップを設立

脳とAIを電極で接続、イーロン・マスク氏、新たなスタートアップを設立:

 今回の話題は、あのTeslaやSpaceXを経営するイーロン・マスク氏の新しいスタートアップについての衝撃的なニュース記事です。米Wall Street Journalによれば、この新しいスタートアップ「Neuralink」は、人間の脳とコンピューターを小型の埋め込み式電極で接続する手法について研究するのだそうです。

 マスク氏のこの動きについては、2016年「Recode」が主催するCodeカンファレンスでの同氏の発言にその予兆がありました。マスク氏は、何らかの「神経の紐」を使って人間とコンピューターが直接つながるようにならなければ、人間はAI(人工知能)のわき役になってしまうと述べたのです。氏によれば今のままのAIの発展が最良のシナリオ通りに進んでしまう(多くの技術者は最良シナリオを目指しているので、この表現はヘンですが)と、人間はペットと大差ない存在になってしまう。そうならないためには、AI層を人間に加えることなんだ。第3の、デジタルな層を大脳皮質に取り付ければ、人間とAIがうまく共生できるはずだ。

 なんという発想でしょうか。AIを人間と一体化してしまえば、AI対人間なんていう不毛な議論も起きませんし、何よりもこれまで夢として語られてきた「ブレイン・マシン・インタフェース(Brain-machine Interface : BMI)」をすぐそこの未来に見据えているということなのです。

 従来、コンピューターを使うときはディスプレイに映し出された情報を見てキーボードやマウスを使って指示を出すのが一般的で、今も多くのコンピューターはそういう使い方をします。画期的だと言われたスマホやタブレットのタッチパネルでさえ、ある意味その延長線上にあると言えます。ところが最近、Amazon EchoやApple Siriなど、「声」を使って操作するコンピューターが出始めました。コンピューターに手を触れず、まるで人に対して話しかけるようにマイクに向かって話すだけでコンピューターに指示を伝えられる、画期的な次世代インタフェースです。しかし、マスク氏は、なんと声すら出さずに頭に思い浮かべただけでコンピューターへ指示する、そんな未来を思い描いているのです。頭に思い浮かべてコンピューターを操作するなんて、そんなのもはやサイボーグじゃないかと思ったら、すでに、2月にドバイで開催されたWorld Government Summitに登壇した際、マスク氏は「われわれ人間は既に部分的にサイボーグでもある。電話やコンピュータは人間の拡張機能のようなもので、ただインタフェースが非常に遅い」「4、5年の間に脳インタフェースは部分的に実現する」と語っていたのだそうです。

 このNeuralinkの将来は実際のところどうなのでしょう。実は、この分野は活発に研究が行われている分野で、「ネイチャー・テクノロジー」の2015年にはすでに電子の網を注射器で脳に入れる方法について詳細に示されています。この技術がもっとブラッシュアップされれば、パーキンソン病のような神経変性疾患の治療や、脊髄損傷に苦しむ人々の義肢を制御する技術に使うことができるかもしれません。この論文の共著者の1人でハーバード大学のチャールズ・リーバー氏は、その目指すところは「電子回路と神経回路の融合」と語ったそうです。つまり、すぐ目先に実現される技術というわけではないものの、ずっと先の夢のような技術では決してないということなのです。

 そしてさらにその先を想像してみると、この元記事で想定されているのは人間からコンピューターへ向かう一方向のみのブレイン・マシン・インタフェース(BMI)ですが、もっともっと将来はコンピューターから人間への方向も含めた「双方向」のインタフェースを行なうことができるかもしれません。例えば、ドローンで撮影した映像をBMIが適切な脳刺激の形に変換し、後頭葉の視覚野に対して磁気刺激することで、家にいながらその映像が「脳裏に浮かべる」ことができるでしょう。そして、やはり脳に思い浮かべた「もっと左へ」とか「もっと上昇」というイメージを、BMIが読み取ってドローンへ転送することで、意のままにドローンを操ることができるかもしれません。家に居ながらにして、頭で考えた通りにドローンを動かし、その映像をこの目で見ているように感じられるなら、人間は指一本動かすことなくどこへでも行けることになるかもしれません。最後は自分の想像する勝手な未来像でしたが、でもそんな未来が自分たちの生きている間に実現するかもしれないと思うとワクワクしてきますよね。

2017年3月28日火曜日

日本一攻めているバラエティ「バリバラ」はどうやって生まれたのか? | 文春オンライン

日本一攻めているバラエティ「バリバラ」はどうやって生まれたのか? | 文春オンライン:

 以前この山ちゃんウェブログで、日本テレビ系「24時間テレビ」を「感動ポルノ」だとして批判したNHK「バリバラ」を紹介したことがありました。日テレは障害者が頑張っている姿を「感動」一辺倒で演出するのに対し、障害者はそんな清く正しいばかりで感動の対象としか見ないのは差別だというNHKの強烈なメッセージでした。今回はその番組プロデューサー・日比野和雅氏のインタビューで、この「日本一攻めて」いるバラエティ番組「バリバラ」がもっともお堅いテレビ局というイメージのNHKでいかにして実現されたのかを見てみたいと思います。

 「バリバラ」は「きらっといきる」という福祉番組の後継ですが、日比野氏を東京から大阪へ呼び戻してこれらの番組のプロデューサーにつけた大阪放送局の制作部長(当時)の泉谷八千代氏は、なんと元々「きらっといきる」を立ち上げた当人なんだそうです。泉谷氏が日比野氏に与えた最初のミッションは、自分が立ち上げ愛着もたっぷりの「きらっといきる」を『終わらせる』ことだったんだとか。「きらっといきる」では、MCにラジオDJの山本シュウ氏と、自立生活センター職員で自身も脳性麻痺の障害のある玉木幸則氏が「脱・感動ポルノ」を目指して奮闘していましたが、なかなか周りがついてこない。それはそうですよね。「バリバラ」が切り開いた今だからこそ、障害者の究極のハンデ戦とか言語障害の方の早口言葉合戦とか、24時間テレビの裏でやった寝たきりをただ映すだけなんていうぶっ飛んだことがアリになりましたが、それ以前は障害者をそんな風に扱った番組を作るなんて、誰でも腰が引けてしまったでしょう。

 しかし実際のところ、玉木氏が勤めていた自立生活センターでは元気な障害者もたくさんいて、バラエティ番組さながらの光景があったんだそうです。番組にしたら面白いけど無理だろうと思われていたのを、日比野氏・泉谷氏のゴールデンコンビは実現してしまいます。泉谷氏は、重度言語障害者が言っていることを当てる「最強ヘルパー養成塾」や精神障害の世界を描いた「幻聴妄想カルタ」など、ぶっ飛んだ企画をことも無げに部長会議に掛け、「きらっといきる」の月1回の企画として実現したのです。泉谷氏の懐の深さというか豪傑ぶりというか、マネージャーや上司はかくあるべきと思いませんか。「自由にやれ、責任はオレが取る」(泉谷氏は女性ですので「オレ」は変ですね)。こんな上司なら、気概のある部下はその力を思う存分発揮できるでしょう。日比野氏が泉谷氏のことを言う「とんでもない部長やなと思いましたね」は、最大限の賛辞だと思います。

 「バリバラ」の実現には、さらにもう一つ現場の実力と経験が伴っていたことが挙げられると思います。いくら豪快でぶっ飛んだ上司と部下がいても、現場の番組制作の力が伴っていなければ、単に障害者を笑い者にしたり差別するような下劣な番組に成り下がってしまうところです。現場のスタッフに「福祉番組を新たな次元に持ち上げる」という目標がしっかり浸透し、福祉ドキュメンタリー番組をきちんと経験した実力があったので、日比野氏と泉谷氏には差別的なところへは絶対踏み込まないという確信があったのだそうです。こいつらがやっている限りにおいては、そこのところは間違えないはずだと。これが逆に、民放のバラエティ番組などをやっているスタッフだったら、「ちょっと待て」となっただろうと。

 つまり、革新的でもっとも攻めている「バリバラ」は、できるべくしてできた金字塔だったということでしょう。懐が深くて責任はオレが取るから自由にやれという上司、こいつらに任せておけば大丈夫と思える部下、それに自由な発想と自信で夢を語り実行に移せる担当者がいれば百人力というわけです。やはりイノベーションが起きる組織には、きちんと理由があるというわけですね。

2017年3月27日月曜日

会社の命令より、自分の意思を優先させよ | DHBR編集長ブログ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

会社の命令より、自分の意思を優先させよ | DHBR編集長ブログ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回はハーバード・ビジネス・レビュー編集長・岩佐文夫氏の記事を元に、「辞令」と社員の働き方に関して考えてみようと思います。新年度を目前にしたこの時期、来期からの体制や異動が発表される会社も多いと思います。自分の会社も少し前にこの手の体制発表が社内のサイトに発表されました。これまで自分がいた部は来年度からなくなってしまい、自分も新たな部署に異動になりました。

 岩佐氏の元記事では、会社の命令だからと言って、異動による急な引っ越しや自分の望まない仕事も受け入れるというのは健全ではないと言われています。確かに、古き良き日本の会社では「この度○○部への異動を拝命し...」などと言って、会社からの異動の命令をありがたく受けてそれに従うというのが一般的でしたが、イマドキの時代は会社からの一方的な命令に嫌々ながら従う時代でもないということでしょう。会社の命令に従って、住むところも変えやる仕事も変えて、それでうまくいかなかったとき、それは「会社が悪い」と考えてしまいがちです。それはそうですよね。自分が住みたい街でもない街に強制的に住まわされ、やりたい仕事でもない仕事を会社からの命令という一点だけで嫌々やらされ、それで仕事の成果が上がらないからと言って、自分の頑張りが足らないとは考えたくないですよね。やはり、自分の適性を会社は見抜けていないんだとか、自分に適した仕事を割り当てないからこういうことになるんだと、会社や上司に責任をなすりつけてしまいがちで、会社にとっても社員にとっても不幸なことです。

 「辞令」とか「社命」というのはやはり強制力を伴うものなので、社員のモチベーションを著しく落としてしまう危険性があります。最近の会社では、そのリスクを考えキャリア面談などと言って来期以降の体制や本人の人事に関して上長と話をする機会を設ける会社も多くなっています。しかしひねくれた見方かもしれませんが、本人の希望を人事に反映させましょうというのは建前だけで、実際のところは形だけでも本人の希望を聞く姿勢を見せて、仮に望まない人事異動があったとしても意見を聞いてもらえたという満足感を植え付けるためでしょう。それが露骨に出てしまうと、結局のところ社員のモチベーションは下がってしまいます。

 たとえ望まぬ人事だったとしてもモチベーションを下げないために、自分の場合はその手の面談では一段階上のマネージャーとして自分という戦力を見たときにどう使って欲しいかという話をするようにしています。ちょうどタレントとマネージャーを一人二役で演じるつもりで、自分というタレントをどんな番組や映画にどう使ってもらうのが一番能力を発揮できるかを、マネージャーとしての自分がアピールします。会社全体の最適化のためや、部署や事業体制の今後のあり方の中で自分という駒をどう使うのが組織として理想的か、マネージャー目線で語るようにします。そして、本当の意味で本人の意見を受け入れてもらえるためには、役職という意味ではなく「実力」におけるポジションを得ておく必要があります。昔、音楽プロデューサーの小室哲哉氏が何かの雑誌で、レコード会社でどんなポジションにいるかというのは、リリースしたレコードのプロモーションにどれだけ力を入れてもらえるかという点でとても重要だということを話しておられました。どんなにいい音楽を作っても、レコード会社での地位を得ていないと売れない。逆にポジションを得れば、ミリオンヒットを手助けしてもらえプロデュース業や作曲業など幅広い活動が可能になる。これは、会社組織でも同じことなんだと思います。社内にポジションを得ていれば、実質的に本人の思いを会社の意思に乗せて実現することができるということなんだと思います。

2017年3月25日土曜日

最新技術 一刀両断 - シンギュラリティへAIが抱える本質的な課題:ITpro

最新技術 一刀両断 - シンギュラリティへAIが抱える本質的な課題:ITpro:

 今回は、日経NETWORKの北郷達郎氏の記事を元に、人工知能(AI)時代に人間に求められる能力について。これまで、山ちゃんウェブログでもAIやシンギュラリティは何度となく取り上げてきて、2045年ごろAの知能が人類の知能の総和を上回り(シンギュラリティ=技術的特異点)、人間の仕事はことごとくAIに奪われるという文脈の記事を何度か書いてきました。

 しかし、北郷氏はAI万能論にはかなり懐疑的です。そもそも「ノーフリーランチ定理」というのがあって、特定のモデルをあらゆる問題に適用すると、結局平均的な能力しか発揮できないというのです。現在流行りの深層学習(ディープラーニング)も万能ではないということを言われています。プログラムの世界ではよく「銀の弾丸」という言葉があって、全ての問題に通用する万能な解決策などは存在しないという文脈で「銀の弾丸などない」と否定的に使用されます。実際、今回のAIブームの火付け役となった米Deep Mind社のAlpha Goも、囲碁に勝つことに特化されたAIでした。残念なことに、何でもできる「汎用」AIはまだ存在しません。

 つまり、解くべき対象に応じて適切なモデルを人間が定義しないと、いかにディープラーニングといっても効果を発揮できません。北郷氏が「シンギュラリティ」の議論に懐疑的なのはそこで、人間がモデルを定義しないとうまく動作しないものが人間を超えることなどありえないだろうと言うのです。自分も、ディープラーニングほどではありませんが、その元となるニューラルネットワークのプログラムを作ってみました。学習率や活性化関数・隠れ層のニューロン数など「『メタ』パラメータ」とでも呼ぶべき、人間が「えいやっ」と決めるパラメータが数多くあります。メタパラメータの決め方次第で精度が全然違ったり、適切でないメタパラメータを使うと計算が発散してしまうことすらあります。その代わりに、メタパラメータがピタッと「ハマった」時は抜群の能力を発揮します。

 しかし、バリエーション数において囲碁は将棋より1桁、チェスより2桁多く、コンピュータが名人に勝てるのは10年やそこらじゃ無理だろうと言われていましたが、ディープラーニングというブレークスルーが生まれ、囲碁のチャンピオンを次々と破っています。現在、メタパラメータのうまい決め方や、ちょっと違った方面から解決をはかろうという「強化学習」なんていう手法もものすごい勢いで研究されています。従来のニューラルネットワークはネットワークが出した答えと正解の間の誤差を小さくしていく方向にネットワークの重み(パラメータ)を調整していく手法でしたが、強化学習はそうではなく、いい行動には「報酬」を与え報酬を最大化するよう学習していくモデルです。わかりやすく例えると、イルカのショーや飼い犬のしつけのようなものと言えるかもしれません。見事にジャンプしたり、人間が手をくるくる回してイルカもくるくると回ったら餌のご褒美をあげる。犬に「お手!」といって手を差し出した時に犬が手を重ねてきたら餌のご褒美をあげる。そうやって、こういう時はこうすればご褒美がもらえるということを学習していくのです。

 ここで言いたいことは、強化学習が全ての問題を解決できるということではなく、従来「AI冬の時代」と呼ばれた時代、ニューラルネットワークの階層を深くすると学習が進まなくなる「誤差消失問題」というのがあってニューラルネットワークは使い物にならないと言われてきました。しかし、積層デノイジングオートエンコーダやディープビリーフネットなどのブレークスルーでディープラーニングが可能になり、一気にAI全盛の時代を迎えました。対象ごとに人間がモデルを与えたりメタデータを決めなければならず「AIが独り立ちしない」という問題も、もう一段・二段のブレークスルーがあれば解決できるかもしれないということなのです。

 北郷氏の記事の中でもっと気になったのは、モデリングやメタデータの与え方はやがてAIが自分のものにして行ったとしても、最後まで人間の手に委ねられそうなことがあるということなのです。シンギュラリティの時代、AIの知能が人類の知能の総和を超えるとき、それでも人間にしかできないこととは...「解くべき課題の発見」だというのです。2045年、コンピューターとAIは与えられた課題を人間よりも早く正確に解決できるようになるでしょう。しかし、AIが解決するべき「課題」は人間が見つけてこなければならない。確かにこのご意見は一理ある、いやむしろその通りだと思います。技術的ブレークスルーによってAIが自身を強化できるようになると、加速度的にAIの能力は発展してあっという間に人間を超えると思います。それでも、その圧倒的な能力を何に振り向けるべきかというのは、やはり人間がコントロールする必要があります。

 人間に求められる能力は、これまでの教育の歴史や企業が求める人物像の変遷を見るとある程度推測できます。自分たちが子供の頃、というと30年も前の話ですが、受験戦争というのがあって、求められたのは「記憶力」が大きかったような気がします。和田秀樹氏の「数学は暗記だ」なんて本を読んで、とにかく知識を詰め込むことに勤しんだものです。2000年ごろから企業が「ソリューション」なんていう言い方をして、「課題解決能力」が求められるようになりました。例えば、計算は人間が頭を使わず電卓に任せるようになって、じゃあどんな計算をするかを考えるのが人間の役割になったように、今後はどんな課題を解決すればよいのか、つまり「課題発見力」が重視されるようになっていくのだろうと思います。

2017年3月23日木曜日

子持ち女性ほど「妊婦いじめ」がキツい矛盾 | 自衛隊員も学ぶ!メンタルチューニング | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

子持ち女性ほど「妊婦いじめ」がキツい矛盾 | 自衛隊員も学ぶ!メンタルチューニング | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準:

 今回は、日本メンタルアップ支援機構代表理事・大野萌子氏による「マタハラ(マタニティハラスメント)」のメカニズムに関する話題です。マタハラといえば、子育てを奥さんに任せっきりのオジさんが無神経に子持ち女性に嫌味を言うことを想像しがちですが、実態はそうではないのだそうです。むしろ、自ら出産・子育ての大変さを経験した女性の方が辛辣な加害者になりがちなのだそうです。

 出産・子育ての大変さを身をもって理解しているからこそ、理解して気遣いができそうに思いますが、そこが落とし穴で、自分の経験に基づいて言える強みが悪い方向に働きがちなのです。例えば、つわりで気分が悪い妊婦に対して「私は、そのぐらいで休んだりしなかった」「妊娠は病気じゃない」とか、子供の病気や行事で休みを取ろうとする母親に対して「そんなことで仕事続けられるの?」「ちょっと過保護じゃない?」といった具合です。

 私たちは、近い立場の人や共通点の多い人に対してこそ、些細なことで気持ちが揺れる傾向があります。大野氏の言われる例だと、有名な経営者が何億円も稼いだ話を聞いても「すごいな」程度なのに、たいした実力もない会社の同期が自分を差し置いて昇進した日には夜も眠れないくらい嫉妬するものです。トランプ米大統領がクリントン氏を破った先の大統領選でトランプ氏を支持した白人の貧しい階級の人々は、雲の上の大富豪であるトランプ氏を支持し、すぐ上のエリート階級を代弁するクリントン氏にはNOを突きつけました。他にも、もともと独身同士仲が良かったのに、相手が結婚して幸せに暮らしていると先を越されたようでムカつくとか。立場が違いすぎる人に対しては、違う点が多すぎるので逆に少ない共通点を見出そうとする力が働き、一方で立場が近い人に対しては共通点が多すぎてむしろ違いを探そうとする力が働くように思います。女性は男性に比べて調和を大切にすると言われていますので、逆に、少しの違いを敏感に感じ取って、仲間外れにしたりされたりということをしがちという側面もあるでしょう。

 十把一絡げに「女性活躍推進」と言うのではなく、働き方の多様化とそれに合わせた評価制度(収入面でも役職面でも)を細かく体系化することが必要でしょう。つまり、立場が近いために「違い」に目が行きがちなのに、評価方法が「一緒くた」だと不満が溜まりやすいからです。結婚・出産・育児の事情もそれぞれ違いますし、仕事に対する考え方も違います。それなのに評価が均一的だと、働き方の違いばかりが際立って「同じ給料なのに、私ばかりに負担がかかっている」というようになります。それならばむしろ「働き方の違い」に対応するように「評価の違い」を設けるようにすれば、「私にばかり負担がかかっているけど、その分給料も役職も上だから」というようになるでしょう。

2017年3月21日火曜日

2040年頃、今の仕事の8割くらいが消滅する:日経ビジネスオンライン

2040年頃、今の仕事の8割くらいが消滅する:日経ビジネスオンライン:

 今回の記事は、前回の続き。川島蓉子氏が孫泰蔵氏にインタビューした記事なのですが、前回の主題がIoT(Internet of Things)だったのに対して、今回は「シンギュラリティ」。シンギュラリティは技術的特異点などと訳され、2045年くらいに人工知能(AI)の知能が全人類の知能の総和を上回ると言われています。そして、その時は人間の仕事のほとんどをAIをはじめとするコンピューターや機械が奪ってしまうと言われています。この山ちゃんウェブログでもシンギュラリティは何度となく取り上げているテーマで、やはり悲観的な見方でとらえてきました。

 孫氏の考えるターニングポイントは、自分が考える2045年よりさらに早い2040年。現在の仕事の8割くらいは無くなっているだろうと。その頃は街は失業者で溢れかえってしまうという予想は、あながち絵空事ではありません。もちろん、AIやコンピューターに取って代わられた人が失業者となってしまうのですが、孫氏は失業には実は2種類あると言っています。1つ目は「構造的失業」で、市場や産業そのものが消滅したりして労働者が不要になって失業してしまうこと。実はシンギュラリティで発生する大量の失業はこのタイプではなく、もう一つの「摩擦的失業」です。つまり、人間が行なっていた仕事をAIやコンピューターがこなすようになると、人間に求められる仕事は従来とは違う仕事になるにもかかわらず、人は簡単には新しい仕事に対応できない。結果的に、労働者の需要はあるのに、失業者がその供給源になれないのです。

 街に失業者が溢れる2040年、街はスラムと化す可能性があります。食べるのに困った人々は、あてもなく街に出てきますがそこに職はありません。収入がない上に住む場所もない。そういう貧しい人々が、何となく裏通りみたいなところに溜まってしまいます。そして、やがて非合法な仕事に手を染めるようになります。そうすると、一般の人たちは怖くて裏通りには近寄れなくなり、ますますスラム化が進みます。もちろんここで描いたストーリーは架空のお話ですが、2040年頃の日本の大都市に起きうるかもしれない話なのです。

 この山ちゃんウェブログでこれまで述べてきたのは、いわゆるブルーカラーと呼ばれる人々のような肉体労働を中心とする仕事(=Labour)は機械やロボットに取って代わられ、ホワイトカラーと呼ばれる人々の頭脳労働を中心とする仕事(=Work)はコンピューターとAIに取って代わられます。特に何度も述べてきたのは、従来は頭がいい人がその頭の良さゆえに高給を取っていた仕事こそ軒並みAIに奪われるということです。これまでの延長線上で想像してしまうと、コンピューターやAIに仕事が奪われると言っても、医者・弁護士・裁判官・トレーダー・経営者といった頭がいい人が就く仕事は安泰じゃないかと思ってしまいます。しかし、そうではないのです。AIはむしろ、そういう頭が良い人の仕事をこそ奪って行きます。そして頭のいい人は大抵プライドが高いので、「人間に残される種類の仕事=AIのおこぼれに預かる仕事、または頭の良し悪しとは関係しない軸で評価されるような仕事」へなかなか対応できないのです。

 頭がいいと言われる人が就いていた仕事がAIに奪われてしまうと、彼らには一体どんな仕事があてがわれるのでしょうか。孫氏は、それまでの「やる仕事」から「つくる仕事」へシフトすると述べられています。例えば法律の仕事だったら、弁護士や裁判官・検事の仕事は軒並みAIに奪われますので、リーガルデザイナーやリーガルアーキテクトと呼ばれるような、法律や規制そのものをデザインするのが人間の仕事になるというわけです。つまり、AIやコンピューターがやる仕事を作ること=「メタ仕事(自分の造語ですが、普通の仕事(AIやコンピューターがこなす仕事)より一段上に位置する仕事)」こそが人間に残される最後の砦というわけです。

 自分は、シンギュラリティの時代に人間に残される仕事は、AIやコンピューター・機械などのおこぼれに預かる仕事(つまり、ソフトウェアや機械の保守メンテナンスなど)か、頭がいいかどうかとは別の軸で評価されるような仕事(例えば、芸術方面や心理カウンセラー・水商売のような心を癒す方面の仕事)の2種類ではないかと予想してきました。しかし孫氏は、人間に残される仕事は「メタ仕事」だと言われており、自分の予想よりもう少し楽観論にあると思います。しかし、自分の発想の中にはなかったメタ仕事は、頭がいい人が行う仕事ではありますが、相当高いレベルの頭のいい人しか行なえないような仕事でもあります。創造性も想像性も豊かな発想の持ち主で、ある意味直感的に未来を見通せるような、そんなハイレベルに頭のいい人にこそ行える種類の仕事ではないかと。そういう仕事も確かに人間には残されるでしょうが、自分としてはやはりそんな資質を持つ天才は一握りであって、大部分の秀才レベルの頭がいい人はむしろ仕事にあぶれるのではないかと心配なところです。

2017年3月20日月曜日

やはり、IoTでおっかないことは起こるんですよ:日経ビジネスオンライン

やはり、IoTでおっかないことは起こるんですよ:日経ビジネスオンライン:

 今回は川島蓉子氏がMistletoe代表取締役社長兼CEO・孫泰蔵氏にインタビューした記事を元に、IoT(Internet of Things)を考えてみようと思います。この山ちゃんウェブログでも何度となく取り上げてきたテーマですが、東京大学在学中にYahoo! JAPANの立ち上げに参画するなど、先端テクノロジーに関わってこられた孫氏のご意見はどんなものでしょうか。

 日本において、情報革命と呼べる最初は1995年にインターネットが本格化したところから始まります。この当時大学生だった自分は、パソコン通信とかインターネットとかなんだかすごいよ世の中になりそうだという予感がしたことを覚えています。パソコンを触ることができないとこれからのに必要とされなくなるんじゃないかという危機感で、富士通のFMVシリーズのデスクトップパソコンを買った時期でした。ただ、この時期はダイヤルアップと言って電話回線とモデムを使った最高56kbpsという通信でしたので、ホームページに画像が含まれていると表示までとても時間がかかったので、ブロードバンド化と呼ばれた2002年まではインターネット黎明期という感じでした。2002年、自分は社会人になって少しした頃でしたが、この頃になってようやくインターネット上で動画が流せるようになり、世間ではWeb2.0と言われるようになりました。それまでYahooやライブドアなどポータルサイトと呼ばれるサイトからの一方的な情報の発信より、消費者同士・個人間の情報のやり取りが活性化した頃でした。次のターニングポイントは2007年。スティーブ・ジョブズ氏率いるAppleがiPhoneを発表した時です。それまでインターネットを使うとき必要なのはパソコンでしたが、この頃以降携帯型端末でインターネットにアクセスする現在主流のスタイルが確立されて行きました。インターネットが常に身につけた端末から繋がる身近なものになり、FacebookやTwitter・LINE・InstagramといったSNSサービスが広がりました。

 その「次の世界」と言われているのが、一昨年あたりから盛んに言われだしたIoT(Internet of Things)です。それまでのインターネットでは、接続された端末はパソコンであれスマホであれ、使っているのは人間という共通点がありましたが、IoTの世界ではモノが直接的にインターネットに繋がっていて向こう側に人間の存在を前提としない世界です。そんな世界では、孫氏はたとえば「プレディクティブアナリシス=予測分析」が進化するだろうと言われています。孫氏の率いるMistletoeが支援しているフィンランドのスタートアップで、街中にあるゴミ収集に関するプロジェクトを実例に挙げておられます。ゴミ箱にセンサーを付けインターネット接続されることにより、1つ1つのゴミ箱にどれくらいゴミが溜まっているかをインターネットを使って把握できるようになります。予定されているお祭りやイベントなど、ゴミが増えそうな条件も入力情報として使用します。気温や天気などでもゴミの量は変わりそうなので、それも条件に入れます。すると、イベント情報と気温・天気を入力条件として町中のゴミ箱のゴミの量を出力値とするグラフを描くことができると思います。このグラフを人工知能(AI)で解析することにより、例えば来週のイベントと天気予報からゴミの量を予測することができるというわけです。そうすると、ゴミ回収車に効率的な回収の道順を教えられ、回収車の数を減らせたりガソリン代を減らせたりするというわけです。

 IoTと言うとセンサーなどIoTデバイスとそれをインターネットにつなぐエッジデバイス、そして無線通信など要素技術にばかり注目が集まりがちですが、この山ちゃんウェブログでは、大量のセンサーから収集したビッグデータを人工知能(AI)で分析し得られたナレッジを元にリアル世界へフィードバックするまでの大きなループが本質だということを書いたことがありました。孫氏の出された「予測分析」というサービスは、この大きなループのことを言われていると思います。もちろんビジネスとして、IoTデバイスの開発を行なっている企業もあれば、エッジデバイスの開発を行っている企業も無線通信を提供する企業もあります。しかし「IoTって何なの?」という質問に対する答えが「全てのモノがインターネットにつながる」だとして、「それで何がウレシいの?」に対する答えは、孫氏の言われる「予測分析=未来が予測できること」やこの山ちゃんウェブログでいうところの大きなループと言えるかもしれません。

2017年3月18日土曜日

[C#] log4netとDynamicJsonでAPI呼出しをログ出力する覚書き

 今回はまた元ネタなしのプログラム覚書きですが、とても再利用しやすいログ出力の話題です。以前にSpringを使うとログ出力がとてもエレガントかつスマートに実装できるという記事を書いたことがありますが、大掛かりなプログラムならいざ知らず、ちょっとしたツール程度ならSpringフレームワークを持ち出すのは仰々しいという気もしないでもありません。そこで、今回はC#でちょっとしたツールを作るときに便利に再利用できる、メソッド(API)呼出しログを出力するテクニックをご紹介しましょう。

 ログ出力にはlog4netというライブラリを使用し、オブジェクトをログに出すときに文字列するのはJSON形式で出すのが便利です。JSON形式に変換するのは、前の記事で紹介したDynamicJsonが便利です。

 さっそくプログラムコードを見てみましょう。

using System;
using System.Collections.Generic;
using System.Linq;
using System.Text;
using Codeplex.Data;
using log4net;
namespace Yamachan
{
 public static class API
 {
  // ロガー
  private static ILog logger =
    LogManager.GetLogger(System.Reflection.MethodBase
    .GetCurrentMethod().DeclaringType);
  // APIの実行をログ出力とともに行なうメソッド
  public static TResult Invoke<T1, TResult>(Func<T1, TResult> api, T1 arg1)
  {
   try
   {
    logger.Debug(timeStamp() + api.Method.Name
      + " begins with " + str(arg1) + ".");
    TResult result = api(arg1);  // API呼出し
    logger.Debug(timeStamp() + api.Method.Name
      + " ends with " + str(result) + ".");
                return result;
   }
   catch (Exception e)
   {
    logger.Warn(timeStamp() + api.Method.Name + " throws "
      + e.GetType().Name+" : "+e.Message, e);
    logger.Warn(e.StackTrace);
    throw e;
   }
  }
  public static TResult Invoke<T1, T2, TResult>(Func<T1, T2, TResult> api,
    T1 arg1, T2 arg2)
  {
   try
   {
    logger.Debug(timeStamp() + api.Method.Name
      + " begins with " + strDigest(arg1) + ", " + str(arg2) + ".");
    TResult result = api(arg1, arg2);
    logger.Debug(timeStamp() + api.Method.Name
      + " ends with " + str(result) + ".");
    return result;
   }
   catch (Exception e)
   {
    logger.Warn(timeStamp() + api.Method.Name + " throws " +
      e.GetType().Name + " : " + e.Message, e);
    logger.Warn(e.StackTrace);
    throw e;
   }
  }
  // ...以下同様に、引数が増えた場合のメソッドも準備する

  // プライベートメソッド
  private static string timeStamp()
  {
   return DateTime.Now.ToString("yyyy/MM/dd HH:mm:ss ");
  }
  private static string str(dynamic obj)
  {
   return DynamicJson.Serialize(obj);
  }
 }
}

 つまり、ログを出力するときはメソッドのラムダ式と引数を渡して、↓のように呼び出すことになります。以前示したSpringのインターセプタという仕組みを使ってログ出力する場合は、APIを使うユーザーは何も考えずちょうど↓の[旧]のようなコードを書けば、メソッド呼び出し時とリターン時に強制的にログが出力されましたが、今回の方法はAPIを使うユーザー側がAPIを呼び出すコードの書き方を変えなければならないのが今ひとつかもしれません。しかし、大規模システムで数多くのプログラマーが作る場合はSpringの強制的にログ出力されるのがエレガントですが、1人でちょっと作るようなツールの場合は大げさです。そんなとき、今回のような方法を使ってみるといいと思います。一度使ったAPIクラス(↑)は何度でも使いまわせますしね。

  [旧] var user = client.login(userId, password);
  [新] var user = API.Invoke(client.login, userId, password);

2017年3月17日金曜日

[C#] DynamicJsonでJSON形式とオブジェクトを相互変換する覚書き

 今回はまた元ネタなしのプログラム覚書きですが、以前にJavaの場合にはJacksonというライブラリを使ってJavaオブジェクトとJSON形式の文字列を行ったり来たりできるという記事を書いたことがありました。最近プログラムを書いていて、JSONの便利さがハンパないと改めて感じているので、今回はそのC#版を紹介してみたいと思いまし。C#では、DynamicJsonというライブラリがとても便利に使えます。C#では、dynamic型という、リフレクションを簡単に書くための仕組みがあるので、DynamicJsonを使えば、JavaでJacksonを使うよりはるかにお手軽にC#オブジェクトとJSON文字列の行ったり来たりが実現できます。

 実際にプログラムのサンプルを見てみましょう。HTTPで要求するとJSON形式の文字列で応答を返してくれるような、そんなWebサービスを使うクライアントのサンプルです。ここでは、新規にデータを作成するCreate()とidを指定してデータを取得するFetch()のみ示していますが、検索や更新・削除といったメソッドも同じように作ることができます。

using System;
using System.Collections.Generic;
using System.Linq;
using System.Text;
using System.Net;
using System.Web;
using Codeplex.Data;

namespace Yamachan
{
 static class WebServiceClient
 {
  // Webサービス要求先
  public string EndPoint { get; set; }
  // Webサービス呼び出し
  public static dynamic Create(string entityName, dynamic entity) 
  {
   var client = new WebClient();
   client.Encoding = Encoding.UTF8;
   var responseText = client.UploadString(EndPoint + "/"
     + entityName, "POST", DynamicJson.Serialize(entity)); // (1)
   return DynamicJson.Parse(responseText);  // (2)
  }
  public static dynamic Fetch(string entityName, dynamic id)
  {
   var client = new WebClient();
   client.Encoding = Encoding.UTF8;
   var responseText = client.DownloadString(EndPoint + "/"
     + entityName + "/" + id.ToString());
   return DynamicJson.Parse(responseText);  // (3)
  }
  ......以下同様
 }
}

 まず、Create()を見てみます。これはデータベースのテーブル名に相当するentityNameと新たに作成するレコードをentityとして引数にとって、サーバーへPOSTで新規作成の要求を出します。サーバーからは作成されたレコードの情報がJSON文字列で戻ってくるという前提です。何と言ってもこのメソッドのミソは、(1)で作成するべきレコードの情報をJSON文字列に変換しているところと、(2)で戻ってきたJSON文字列をdynamic型のオブジェクトに変換しているところです。どんな型のオブジェクトでも、DynamicJson.Serialize()とやればJSON文字列に変換してくれますし、逆にJSON文字列はDynamicJson.Parse()とやればオブジェクトに戻してくれるというのです。どうですか、とても強力だと思いませんか。JavaのJacksonライブラリーは、データの型(クラス)をとても意識しないといけませんでしたが、なんとDynamicJsonではほとんど型(クラス)は意識の下の方に沈んでしまっています。

 同じようにFetch()はidをURLにエンコードし、サーバーにGETでデータの要求を行います。やはり戻り値はJSON文字列であることを前提にしていますので、(3)でオブジェクトに戻しているというわけです。例えばこのFetch()を使うときは、次のようにあたかも普通のメソッド呼出しと同じように使うことがd家いるというわけです。戻り値がdynamic型なので、(4)のように戻り値オブジェクトのプロパティに簡単にアクセスできるというわけです。

  dynamic retValue = WebServiceClient.Fetch("user", 1);
  string name = retValue.Name;  // (4)
  string email = retValue.Email;   // (4)

いかがでしたか。JSONそしてDynamicJson、とても便利だと思いませんか。ただ一つ注意点は、dynamic型は裏ではリフレクションが使用されてますので、(4)の時にサーバーからの戻り値のJSON文字列にNameとかEmailというプロパティが入っていなければ、実行時エラーになるということです。つまり、サーバー側が急に戻り値のJSONオブジェクトにNameやEmailというプロパティを入れなくなったら、クライアント側は実行時エラーになってしまいます。これは、型(クラス)を意識しなくて良くなっている代償です。ただ一方で、サーバー側が新たにAddressというプロパティを追加したとしても、C#のクライアントはそれを意識する必要がありません。こちらは、型(クラス)を意識しなくて良くなっているメリットですね。

2017年3月16日木曜日

誰でも「超記憶」を練習次第で獲得できるようになるという研究結果 - GIGAZINE

誰でも「超記憶」を練習次第で獲得できるようになるという研究結果 - GIGAZINE:

 突然ですが、皆さんは「世界記憶力選手権(ワールド・メモリー・チャンピオンシップ)」というのがあるのをご存知ですか。1991年から始まった1年に1回の大会で、3日間で10種目の競技で記憶力世界一を争う競技会です。例えば、1時間の間に意味のない数字の羅列をいくつ記憶できるかというOne Hour Numberという競技だと、世界記録はなんと3,029桁というから驚きです。一体チャンピオンの頭の構造はどうなっているのかと思いますが、今回取り上げるのは、メモリーアスリートと呼ばれる人たちの「超記憶」が実はトレーニング次第で自分のような凡人にも身につけられるかも知れないという話題です。

 この発表をしたのは、オランダのラドバウド大学の認知神経科学のMartin Dresler准教授のチームです。研究チームは、「行動テスト」と「脳スキャン」を組み合わせて、メモリーアスリートと普通の人の違いを調べたのです。脳スキャンでは、メモリーアスリートの脳の接続パターンは普通の人とは異なることがわかったそうですが、普通の人がメモリーアスリートの使う記憶テクニックを数週間トレーニングしたところ、記憶力が劇的に向上したのだそうです。そして、トレーニング後の脳の接続パターンは、メモリーアスリートと似た形を描いたのです。

 研究では、普通の人51人を3つのグループに分け、グールプ1にはメモリーアスリートの行うのと同じ記憶トレーニングを、グループ2はそれとは別の記憶トレーニングを行なってもらいます。グループ3は、全く記憶トレーニングを行ないません。すると、グループ2とグループ3の記憶力は有為な変化はなかったのですが、グループ1の人々の記憶力は6週間の間に劇的に向上したというのです。Dresler氏によれば、ただ単に記憶力がよくなっただけではなく、脳のレベルでメモリーアスリートと類似が見られたのだそうです。つまり、普通の人々の脳を、人類トップレベルの記憶力を持つパターンに変えられるということです。

 この夢のような話、もっと若い頃とくに受験生時代に知って起きたかったなあと思いますが、これから受験だという人には特大の朗報かも知れません。でも、グループ1の人が行なった訓練法というのが、具体的にどんなものかが分からないと応用できませんよね。実は、その方法というのは「記憶の宮殿」と呼ばれる方法で、1日に30分間を6週間にわたってトレーニングをしたのです。わずか6週間ばかりのトレーニングでメモリーアスリートと同じような脳の構造が手に入るなら、トレーニングの価値は十分にあると思いませんか。

 記憶の宮殿は、他にも「場所法」「ジャーニー法」「基礎結合法」など様々な呼び方があるのですが、ある特定の場所を思い浮かべてその場所に記憶したいものを配置していくという古典的な記憶術なのです。ものの本によれば、古代ギリシアの抒情詩人・シモニデスが使っていたとされますので、遅くとも紀元前5世紀くらいからある方法だと考えられます。人間は一般的に、誰か友人の家に行った場合とか取引先のオフィスに行った時、どこに何があったかを比較的よく覚えているのだそうで、その性質を利用して玄関の靴箱の上には花瓶が、廊下の脇には傘立てが...というように覚えていきます。抽象的な概念のものに関しては、具体的なものに変換してから覚えるのがコツで、その辺がトレーニングが必要なところかも知れません。

2017年3月15日水曜日

[C#] コマンドプロンプト上でカーソルを戻す覚書き

 前回に引き続いて思い出したかのようにプログラムそのものの覚書きですが、今回はC#。実はいま仕事で使うちょっとしたツールを自作しているのですが、Windowsのコマンドプロンプトなので、画面はこんな(↓)味もそっけもないものですが、コマンドを数字で入力させたいのです。

 この画面で「コマンド=」と表示されているところに、ユーザーに114と入力してもらうのです。ここで、非常に微妙なことが起きます。つまり、ユーザーが114そしてエンターキーを打った時にプログラムは114を取得するのですが、そうするとエンターを打っているのでカーソルは次の行に行ってしまいます。ところが、番号でコマンドを入力させたのはいいのですが、この番号が何を指しているのか分からないとユーザーは誤解したまま次へ進んでしまうかもしれません。そこで、「114+エンターキー」が打たれた時、114の右側に「(日報)」という文字を表示させて、打ち込まれた114は日報のコマンドだということがわかるようにしたいのです(↓)。それなのに、プログラムが114を取得した瞬間にカーソルは次の行へ行ってしまっているので、何らかの方法でカーソルを前の行の最後(114の右側)へ戻す必要があるというわけです。今回は、そんな微妙なことをするプログラムです。

 早速、プログラム(断片ですが)を見てみます。

  ..........
  Console.Write("コマンド=");
  string strCommand = Console.ReadLine();
  YamachanCommand command = YamahanCommand.Of(strCommand);
  if(command!=null)
  {
   int leftPadding = Encoding.GetEncoding("Shift_JIS")
     .GetByteCount("コマンド=" + command);  // (1)
   Console.SetCursorPosition(leftPadding, Console.CursorTop - 1); // (2)
   Console.WriteLine("(" + command.Name + ")");  // (3)
  }
  else
  {
   Console.Error.WriteLine("ERROR: 存在しないコマンドです");
   return -1;
  }
  Console.Write("処理=");
  ..........

 このプログラムのミソは何と言っても、(2)でカーソル位置を前の行の末尾に持って行ってから(3)でコマンドの名前(この例では「日報」という名前)を書き出しているところです。前の行というのは(2)の第2引数で「現在の位置-1」と指定しています。そして末尾の位置を(1)で計算しています。文字列の数をそのまま数えてしまうと日本語と英数字が同じ1文字と数えられてしまうので、ここではシフトJISコードでのバイト数を数えています。このバイト数分だけ右の場所へカーソルを持っていき、そこで(3)を出力します。(3)はConsole.WriteLineですので最後にまた改行してもう一度次の行の最初へ行くわけです。

 もちろん改行された次の行にコマンド名(日報)と表示してもいいのですが、こういうちょっとしたテクニックで、ユーザーが少しでも使いやすくなるかもしれませんね。

2017年3月14日火曜日

[Java] OpenCSVでZip圧縮版CSVファイル出力の覚書き

 今回は久しぶりに元記事なしで、プログラムそのものの覚書きです。このプログラムを書いたのは実はかなり前だったのですが、最近も同じようなことをする際に便利に再利用できたので、ここに書いておこうと思います。今回解きたい問題はデータをCSVファイルに出力するのですが、例えば複数のCSVファイルをWebサイト上からダウンロードしてもらうような場合、1つ1つダウンロードするのは面倒なので、複数のCSVファイルをZIP圧縮して出力したいということです。もちろんあらかじめそういうZIPファイルを作ってサーバー上に置いておくのではなく、その場で動的にZIPファイルを作ってダウンロードすることを想定します。

 CSVファイルの読み込みや書き込みに便利に使えるライブラリーとして、OpenCSVというのを使ってみましょう。早速プログラムソースを見てみます。

import java.io.*;
import java.nio.charset.*;
import java.util.*;
import java.util.zip.*;
import au.com.bytecode.opencsv.CSVWriter;

public class CsvZipBuilder {
 // 定数
 private static final String LINE_END_CRLF = "\r\n";
 private static Map<Charset, byte[]> BOM = new HashMap<Charset, byte[]>();
 static {
  try {
   BOM.put(Charset.forName("UTF-8"),
     new byte[] { (byte) 0xEF, (byte) 0xBB, (byte) 0xBF });
  } catch (UnsupportedCharsetException e) {
  }
 }
 // フィールド
 private ZipOutputStream zipOutputStream;
 private Locale locale = Localizer.defaultLocale();
 private Charset charset = Charset.defaultCharset();
 // コンストラクタ
 public CsvZipBuilder() {
  super();
 }
 // 最初に呼び出すメソッド
 public CsvZipBuilder open(OutputStream outputStream){
  zipOutputStream = new ZipOutputStream(
    new BufferedOutputStream(outputStream));
  return this;
 }
 // CSVファイルを追加するメソッド
 public CsvZipBuilder append(String fileName, List<String[]> csvDatum)
   throws IOException {  // (1)
  if(zipOutputStream==null) throw new IOException("not opened");
  // Zipエントリを構築
  ZipEntry entry = new ZipEntry(fileName);  // (2)
  zipOutputStream.putNextEntry(entry);
  // CSVファイルデータを構築
  ByteArrayOutputStream stream
    = new ByteArrayOutputStream(locale, charset);
  // BOM
  if (!csvDatum.isEmpty() && BOM.containsKey(charset))
    stream.write(BOM.get(charset));
  OutputStreamWriter writer = new OutputStreamWriter(stream, charset);
  CSVWriter csvWriter = new CSVWriter(writer,
    CSVWriter.DEFAULT_SEPARATOR, CSVWriter.NO_QUOTE_CHARACTER,
    CSVWriter.NO_ESCAPE_CHARACTER, LINE_END_CRLF);  // (3)
  csvWriter.writeAll(csvDatum);
  csvWriter.flush();
  csvWriter.close();
  // ストリームにCSVファイルデータを追加してエントリをクローズ
  zipOutputStream.write(stream.toByteArray());
  zipOutputStream.closeEntry();
  return this;
 }
 // 最後に呼び出すメソッド
 public ZipOutputStream close() throws IOException{
  if(zipOutputStream==null) throw new IOException("not opened");
  zipOutputStream.close();
  return zipOutputStream;
 }
}

 このCsvZipBuilderクラスは、最初にopen()でZIPファイルの出力先ストリームを指定して開始し、必要な数だけappend()を呼んでZIPファイルの中に格納するCSVファイルを追加して行きます。最後にclose()を呼べば、出力先ストリームが閉じられるという算段になっています。ちょっとした豆知識として、OpenCSVでは改行コードはデフォルトでは"¥n"なので、自分のようにWindows環境前提の場合はLINE_END_CRLFのように定数で定義しておくと良いでしょう。また、今回のプログラムはUTF-8の時のみBOMありになるようにしていますが、ここはもう少し調整の余地があるところかもしれません。

 このクラスで気をつけるべきは3点あります。まずソース中の(1)ですが、ZIPファイルの中に格納するCSVファイルのデータはList<String[]>という形式で与えることです。String[]が1行の中のカラムを表し、CSVファイルではカンマ(,)で繋がれて行きます。外側のListが行を表していて、リストの要素(String[]のカタマリ)が改行で繋がれていきます。

 次は(2)のファイル名の部分。実はZIPファイルの中に入れるCSVファイルのファイル名に日本語を使うと、Windows環境では解凍したときに文字化けしてしまいます。MacやLinuxでは発生せずWindowsのバグのようで、このプログラムを書いた当時はWindows7だったためか顕著でした。最近のWindows10では改善されているようですが、ユーザーのOS環境を特定するのは難しいので、ZIPファイルのファイル名は日本語だろうと英語だろうと自由につけたとしても、中に入れるCSVファイルのファイル名は英語にしておくのが無難なようです。

 最後は(3)ですが、いくつかのオプションを指定することができるのです。例えば、2つ目の引数は区切り文字を表していて、上記ではカンマに限定していますが、例えばタブ文字を使うことがあるかもしれません。3番目はクォートを表します。例えば、CSVのデータそのものにカンマが含まれている場合など、文字列をダブルクォテーションで囲んで出力するようなケースにここを指定します。4番目はエスケープ文字を表します。CSVのデータそのものにダブルクォテーションが含まれる場合に「¥"」のようにクォテーションと区別できるようにします。最後の引数は先に述べた改行コードです。

 データベースのデータをシステム間で受け渡しするときなど、JSONやXMLではなくいまだにCSVを使うことがあり、そういう時にこういう使いまわせる部品を持っておくと便利に再利用できます。プログラムで「バグを出さない最大のコツはプログラムを書かないことだ」という禅問答があるくらいですから。前に作ったプログラムを再利用すれば、それは十分テストされた「枯れた」プログラムなので、再利用してもバグや不具合を起こすことが少なく、新たに一から作ったプログラムはよくテストして問題がないか確認しなければならないので時間が掛かってしまうということですね。

2017年3月13日月曜日

Googleカレンダーと完全同期する「紙」の カレンダー「Magic Calendar」 - GIGAZINE

Googleカレンダーと完全同期する「紙」の カレンダー「Magic Calendar」 - GIGAZINE:

 今回はちょっと面白いデバイスというかガジェットの紹介を。皆さんはスケジュール管理に何を使っていますか。デジタルに強い世代は、スケジュール管理はスマホで行なうという人も多いと思います。実は自分もそんな1人なのですが、Googleカレンダーと同期するアプリを使うことで、パソコンから入力したスケジュールをスマホで変更する、なんてことをやっています。クラウド上のGoogleカレンダーをパソコンという端末を使って操作するかスマホを使って操作するかの違いで、キモはカレンダー本体がクラウド上にあることです。今回のガジェットはそんな端末の新しいバリエーション、なんと「紙」のカレンダーなのです。

 開発したのは坪井浩尚氏と太田潤氏のチームだそうで、この不思議な紙のカレンダーは「Magic Calendar」と名付けられています。確かにスマホのカレンダー機能は便利ではありますが、いちいちスマホを取り出してロックを解除したりアプリを立ち上げたりしないといけません。パソコン上でGoogleカレンダーのスケジュールをちょっと見ようかと思ったら、パソコンを立ち上げるところから始まります。最近ですとスマートウォッチでその辺の煩雑さは少し緩和されていますが、スマートウォッチ・スマホ・パソコンのいずれもが「汎用」デバイスなので、カレンダーを見たりスケジュールを書き込むことに特化されたデバイスではありません。そこへいくと、このMagic Calendarは紙のカレンダーという「専用」デバイスですので、スケジュールを確認したり書き込んだりするときにストレスを感じないよう設計されています。

 Magic Calendarがどんなデバイスかというのは、紹介動画(↓)を見てもらうのが早いでしょう。駅のポスターで、子どもアート展の案内を見たお母さんが、スマホを使ってカレンダーに書き込みます。自宅のリビングでは、壁に貼られたMagic Calendarに、お母さんがメモした内容が反映されます。家を出るときに壁に掛かったカレンダーを見てスケジュールを確認できるので、急な予定変更を見逃すことも減るでしょう。デザインは自由に変更でき、カレンダー以外にも料理のレシピやアート貼ることもできるそうなので、「紙」の掲示板としての役割も果たせそうですね。元記事によれば、現在のバージョンではまだ低反射ディスプレイを使っていますが、今後高精細電子ペーパーへ移行する予定で、紙の質感を高めていくように継続的に開発が続けられるそうです。

 このMagic Calendarのように、最近の流行りは「専用デバイス」「アナログとデジタルの融合」のような気がします。それは「汎用」から「専用」へ、デジタル一辺倒からアナログとの融合へという波で、パソコン・スマホ・スマートウォッチなど行き過ぎた便利さの揺り戻しの波が来ているような気がするのです。

 スマホの便利さは確かにすごいのですが、その開発合戦もひと段落したような気がします。これからは、全面ディスプレイや折れ曲がるディスプレイ・超薄型スマホなどハードウェア面でのバージョンアップは期待できるものの、まったく新たなサービスが出てくるとは考えづらくなっています。また、スマホは結局のところあくまでも汎用デバイスなので、「何でもできる」を目指して作られています。しかし「何でもできる」は「何をやるにも少し不便」ということでもあります。例えば、以前にAmazon Dash Buttonがスゴいという記事を書いたことがありますが、あれも日用品など繰り返し購入するものをあらかじめ登録した物理的な「ボタン」でした。パソコンやスマホでAmazonのWebサイトを開いたりアプリを開いたりするのがメンドくさい人、あるいはデジタルものに弱いお年寄りなどパソコンやスマホを触るのは怖くても物理的なボタンを押すのは抵抗がない人にはぴったりハマりそうです。今回のMagic Calendarも同じで、スケジュールの確認ぐらいのことでいちいちパソコンやスマホは大げさすぎる、とか、リビングで食事を摂りながら壁に掛かった紙のカレンダーを見る生活がしっくり来る人にはハマりそうですね。

2017年3月12日日曜日

きっと、うまくいく [DVD] | 映画

きっと、うまくいく [DVD] | 映画:

 今回は、この山ちゃんウェブログで初めての映画の紹介です。というのも、最近ようやく見た自分の人生初のインド映画「きっと、うまくいく」があまりにも素晴らしかったので、ご紹介したいのとここにログを残しておきたいのです。この映画、2009年の公開当時、インド映画歴代興行収入1位を記録したほどの大ヒット作品だけあって、自分のようなインド映画の歌って踊りまくるハイテンションについていけないような人でも、十分に楽しめるストーリー展開になっています。ネタバレも一部含みますので、先に映画をご覧いただくことをお勧めします。

 映画は、インド屈指の難関工科大学ICE(Imperial College of Engineering)の学生時代に親友同士だったランチョー・ファラン・ラージューのお馬鹿トリオの青春物語が中心になります。大学を卒業して10年後、ランチョーのライバル(ただし自称)チャトルからの呼び出しでファラン・ラージューがランチョーの行方を探すところから物語は始まります。チャトルは、400以上の特許を持つ発明家フンスク・ワングルと契約できそうだということをやたら自慢しますが、この話は後の大きな伏線になっています。ランチョーを探す1日と、ファランの語りによる学生時代のストーリー(入学してから卒業まで)が行ったり来たりしながら同時並行的に進んでいきます。物語の主人公はランチョーですが、彼は成績優秀でエンジニアリングが大好きの天才肌というだけでなく、自由奔放さと若者のまっすぐさをも合わせ持つ魅力たっぷりの人物です。演じるアーミル・カーン氏は、ランチョーの大学入学から卒業までと10年後の1日を演じたこの映画の撮影当時、なんと44歳!。正義感溢れる透明度の高い演技が、今の自分よりも年上の俳優さんが演じているなんて、後から知って大驚愕です。

 それぞれに家庭の事情があるファランとラージュー、そして自由奔放な天才ランチョーは全寮制のICEで寮のルームメイトになります。ファランは本当は動物写真家になりたいという夢がありながら、父親の強い希望でエンジニアを目指すことになるという葛藤を抱え、ラージューは父親が病気のため極貧の環境から難関ICEに入学し、貧しさ脱出の期待を一身に背負っています。ランチョーの家庭はおそらく金持ちそうだという以上、事情は明かされません。実はそのことが10年後彼を探す旅での大きな伏線になっています。3人はしょっちゅう馬鹿騒ぎを起こし、学長や秀才チャトルから「3 idiots(三馬鹿)」と呼ばれます。学長とチャトルは3馬鹿とは犬猿の仲で、学長に至っては理由をつけては3人を退学処分にしようと画策します。

 ICE入学早々、学長は自分の師匠から貰ったペンの話をし、ピカイチの学生がいたらこのペンを授けるという話をします。ペンも伏線になっているのですが、学長は競争社会を支持する厳しい教育者で通称ウイルス学長と呼ばれ学生たちに恐れられています。ただひとりランチョーだけは競争社会に疑問を抱き、1番以外に価値がないとする学長に真っ向から反対します。大学生活のストーリーは、インドが抱える教育問題と学生の自殺率の高さも扱っていて、そういう意味で単なるコメディではない奥の深さがあります。物語の中で、学長から退学を言い渡されランチョーを売るならお前は助けてやると迫られたラージューは、学長室の窓から飛び降り自殺を図ります。ランチョーとファランに助けられたラージューは、それまでの神頼みで自信がない態度から堂々と実力をつける性格に目覚め、ICEの難しい試験にもなんとかパスして無事に就職先を得ることができます。ファランは、動物カメラマンになるという夢を、ランチョーの後押しで父親を説得し、10年後には動物写真家となっています。

 この映画の恋愛面はというと、ウイルス学長の娘ピアがヒロインで、彼女は婚約してましたがランチョーと出会って恋に落ち、10年後のランチョーを探す1日も自分の結婚式当日にもかかわらず式場を抜け出しランチョーの元へ駆けつけます。ランチョーたち3馬鹿が、ピアの姉モナが嵐の日に自宅で出産することを助けたことにより、ウイルス学長と3馬鹿との雪解けが成ります。停電・洪水で病院へ行くことができない最悪のコンディションの中、ランチョーの機転と持ち前の天才ぶりでウイルス学長の孫が無事に生まれ、学長としては嫌々ながらもランチョーを認めざるを得なくなるのです。

 そんな魅力たっぷりのランチョーですが、学生時代は彼の素性はあまり明かされません。学長のペンを獲得して首席で卒業した後行方不明になり、ファランとラージューそしてピアとチャトルによる捜索の中で、実はランチョーは彼の名前ではなく、彼の父が召使いをする家の子で、彼は勉強嫌いな本物のランチョーの替え玉でICEに通っていたという事実が発覚します。彼の本当の名前と卒業してからの10年間はどうだったのかは、ついに彼を探し求めたとき明らかになります。

 3時間を超える長編だということもありますが、とにかく盛り沢山の映画なのです。日本語の映画タイトルにもなっている「きっと、うまくいく」は、ランチョーの口癖でモットーの「All Izz Well(おそらく「All is well」ということなのでしょう)」から来ています。この予告編(↓)を見ても分かる通り、インドの教育問題や学生の自殺率の高さ・貧困問題など深刻な内容も描いているものの、映画を通して3馬鹿たちは明るく「All Izz Well」と歌いまくり踊りまくります。どこか懐かしいようなメロディー、それでいて一度耳に入るとこのフレーズは離れなくなってしまう魔力があるような気がします。

 この映画の盛り沢山さは、自分がファランの目線でランチョーやラージューたちと一緒に学生時代を過ごしたような気分にさせてくれます。自分もこんなハチャメチャな学生時代を送りたかったと、今更ながら、もう一度学生時代に戻ったら思いっきり羽目を外してみたいものだと思ってしまいます。大人になってしまった自分がどこかぎこちない気がした時、この映画を見て思いっきり笑って泣いて、そして全ての伏線を回収して回る衝撃のエンディングに唸るのも一興です。

2017年3月10日金曜日

日々是遊戯:リアルすぎはNG!? カリフォルニア大学で「不気味の谷」現象の存在が証明される - ねとらぼ

日々是遊戯:リアルすぎはNG!? カリフォルニア大学で「不気味の谷」現象の存在が証明される - ねとらぼ:

 今回元にするのは池谷勇人氏のとても古い記事(2011年7月)ですが、あまりに人間そっくりなロボットやCGを気持ち悪いと思ってしまう「不気味の谷」と、最近はそれをも乗り越えたんじゃないかと言われる例を考えてみたいと思います。

 「不気味の谷現象」とは、ロボット工学者の権威、東京工業大学の森政弘名誉教授が1970年に提唱したもので、人間のロボットに対する感情的反応はこんな風(↓)になっていて、単純にロボットやCGが人間に似ていれば似ているほど親しみがわくのかというとそうではなく、あるラインを越えると突然反転して恐怖・不気味さ・嫌悪感といったマイナスの感情を持つようになるという予想です。そして、それを超えてもはや人間と寸分違わぬようになると、再び強い好感に転じるだろうと考えられています。 

 この「不気味の谷」仮説が実証されたのではないかというのが、池谷氏の元記事が伝えていることです。大阪大学の「リプリーQ2」というアンドロイド(↓)と、そのモデルとなった女性、そして機械部分むきだしでいかにもロボットというロボットの3パターンの映像を被験者に見せて脳の反応を測定したのです。すると、リプリーQ2の映像を見たときのみ脳に強い反応があったのだそうです。研究チームによれば、我々の脳はロボットがロボットらしく動いたり人間が人間らしく動くことを期待しているので、外見が人間なのに少しでもロボットらしい動きをすると強い違和感を感じるのだそうです。

 ただこの元記事は6年も前のものですし、最近のロボットやCGの中にはもっと人間に近づいたものも出ていて、昨年画像がネット上で話題になった「Saya」がこちら(↓)。夫婦でCGを作成されている@mojeyuka氏が作成されたもので、もはや人間の女の子と完全に見分けがつかないんじゃないかと思います。

 Sayaはムービーのために作成されたキャラクターで、動かすこともできます。その動いているところがこちら(↓)。いかがでしょうか、不気味の谷を越えたでしょうか。自分の感覚だと、上の写真は人間と見まごうばかりですが、表情と動きをつけた動画は極めて人間に近い...人間に近いのですが、やはりわずかに人間との違いが分かってしまう気がします。この映像がCGだと分かっているから、その先入観でそう見えてしまうのかもしれませんが。


 例えば人間との対話を行うようなロボット(ソフトバンクのPepperとか日立のEMIEW3とか)は、「不気味の谷」に落ちないようにロボットらしい外見をしています。変に人間に似せても完全に人間を模倣できるわけではないので、それならいっそロボットとして認識されるようにしていました。ところがこのSayaのように、人間の完全な模倣はもうすぐというのが2017年の状況です。近い将来、人間だと思って話していたら、実は相手はアンドロイドだったという状況が起きるようになるかもしれませんね。

まるで違う! 親の職業別・貧富別「子の遊び&趣味」傾向 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online

まるで違う! 親の職業別・貧富別「子の遊び&趣味」傾向 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online:

 今回は子供を持つ親としてなんとなく目を背けてきた事実、親の職業や貧富が子供に与える影響について、武蔵野大学・杏林大学兼任講師の舞田敏彦氏の記事を元に考えて見たいと思います。この山ちゃんウェブログでは、以前に親の学歴が子供の学力に影響を与えるという知りたくなかった事実について書いたこともありますが、子育てがきれいごとで済まないことは知っておく必要があるんだと思います。

 フランスの社会学者であるピエール・ブルデューは著書『ディスタンクシオン(distinction:差異という意味)』の中で、人々の趣味や嗜好が階層によって異なると述べています。例えば読む雑誌ひとつ取っても、ホワイトカラー層は文芸誌を好みブルーカラー層は大衆誌を好みます。日本でも、舞田氏が横軸に美術鑑賞の実施率・縦軸にパチンコの実施率を取って職業別にマッピングすると、職業による大きな差異が見て取れたそうです(↓)。
 この図によれば、いわゆるホワイトカラー層は右下の方へ、ブルーカラー層は左上の方へ位置します。予想はしていましたが、いわゆる職業による階層で趣味の傾向が異なるということが示されているわけです。もちろん、個人レベルではこれに当てはまらない人も多いでしょうし、どんな趣味を持とうがとやかく言うことではありません。しかし、社会全体として教育社会学の観点からは、親世代の趣味・嗜好の違いが子どもの教育達成の格差につながるのではないかと言われています。それを示しているのが次の図です(↓)。10歳以上の小学生の趣味を、年収300万円未満の貧困層と年収1500万円以上の富裕層で比較したものです。
 もともと趣味にはお金がかかることが多いので、多くお趣味が左上(貧困層の子供は少なく富裕層の子供が多い)に集まっています。特に芸術分野の趣味は顕著で、映画・音楽(楽器演奏)などは富裕層が極めて多く、逆に貧困層の方が多いのはカラオケとキャンプくらいです。

 以前に親の学歴が子供の学力に影響を与えるという知りたくなかった事実について書いたとき、親の学歴が子供の学力に明確に影響すると述べましたが、人物形成に大きく関わるであろう趣味も親の所属階層が大きく影響するのです。つまり、親の学歴が所属階層に影響があるとすれば(直感的には、学歴がある人の方が高い収入を得やすく、明らかに影響しそう)、親の学歴→収入→階層と影響していき、さらに子供の学力だけでなく趣味から人物面へもその影響がつながるということです。これまでペーパー主体の入学試験では、裕福な家の子供が勉強の環境を整えやすいので有利だと言われてきましたが、今言われているペーパー主体から人物重視の入学試験に方向転換したとしても、同じ傾向が続いてしまうことになります。むしろ、本人の努力でなんとかなる可能性がある学力試験より、親の階層・趣味で子供時代の体験に大きな差がつく人物面で評価される面接試験などの方が逆転は難しい気がします。確かに、立ち振る舞い・余裕の程度・話題の豊富さなどは、本人の努力でなんとかなるというより、育った家庭の文化的環境を色濃く反映しそうな気がしますね。

 子供を持つ親として、親の学歴や収入が子供の学力や人物に影響するという事実は、予想はしていましたが目を背けてきたように思います。自分の場合は今さら新たに学歴を獲得するのは現実的でないので、事実は事実として受け止め、子供の学力や人物面を高められるよう多少無理してでも子供にいろいろな経験をさせてあげたいところです。

2017年3月9日木曜日

ブラックホールは思っていたより100倍大食らい。近づく星を粉々に飲み尽くします|ギズモード・ジャパン

ブラックホールは思っていたより100倍大食らい。近づく星を粉々に飲み尽くします|ギズモード・ジャパン:

 今回は全然身近じゃない話題ですが、ブラックホールの破壊力が予想されていたよりも100倍もスゴイという話です。何よりも、ブラックホールに飲み込まれた星が粉々に砕ける様子をNASAがCGで再現した映像が壮大で綺麗なので、これを紹介したいのです(↓)。

ブラックホールに近づいた星は「潮汐分裂」という現象によって飲み込まれ、粉々に砕け散ってしまいます。これはブラックホールの潮汐力によるもので、近づける限界ギリギリの距離をロッシュ限界と言います。一応、潮汐分裂自体はブラックホールだけじゃなく、大きな星のロッシュ限界以内に小さい星が入ってしまうと起きることがあり、ごく最近身近に起きた例ではシューメーカー・レヴィ第9彗星が1994年木星に近づきすぎて分裂したことがあります。多くの銀河が観測された結果から、これまでブラックホールによる潮汐分裂は滅多に起こらない現象で、1つの銀河の中で1万年から10万年に1回ほどしか起きないと思われていたのです。しかし今回、イギリスのシェフィールド大学の研究チームが15の銀河の潮汐分裂現象を詳しく調査したところ、考えられてきた確率よりも100倍も多く星を吸い込んでいると発表したのです。

 天体物理学者Clive Tadhunter氏は、今回観測されたF01004-2237銀河と同じように、50億年後にわれわれ太陽系が属している天の川銀河とお隣にあるアンドロメダ銀河とが衝突する際にも、潮汐分裂が起こるだろうと予想しています。そして、その時には10年〜100年に1度の頻度で起こるフレアが裸眼で観測できるほど明るく夜空に輝くだろうと言われています。まあ、50億年後に夜空を見上げる生き物がいれば...なのですが。

2017年3月8日水曜日

ニワトリ小屋にも押し寄せるIoT化の波 | ReadWrite[日本版]

ニワトリ小屋にも押し寄せるIoT化の波 | ReadWrite[日本版]:

 今回は流行りのIoTの中でも、ちょっと面白い例を紹介してみましょう。IoT(Internet of Things)というのは、「モノのインターネット」という日本語が当てられ、いろいろなモノがインターネットに接続されることによって、様々な便利なサービスが受けられますよという世界観を表している言葉です。ここ2年くらい流行っている言葉で、自分も電機メーカーで産業系のIoTのソフトウェア開発をしていますのでIoTという言葉には敏感ですが、この元記事のようなデバイスのことは知りませんでした。

 今回の元記事で紹介されているIoTデバイスは、なんと「ニワトリ小屋」です。My Connected Coopと名付けられた仕掛け付きの木製ニワトリ小屋は、インターネットに接続されることでニワトリを楽に世話することができるそうです。この製品を紹介している動画がこちら(↓)。

 ニワトリ小屋に関する操作はスマホアプリで行なうことができ、センサー類の情報もアプリ上から確認することができます。温度・湿度・ゲートが開いているかどうか・餌があと何日持ちそうか・最後に掃除された日といった情報だけでなく、暗視カメラも備わっていて夜間でもニワトリの様子を見ることができます。もちろん、ゲートの開け閉めはスマホアプリから行な得るのですが、動画によるとその動きは若干アナログな印象もあったりして... 製造元のCEOであるGreg Cullen氏は「毎日朝が来ればゲートを開け、夜になったら閉めるというのは辛いものだが、これなら遠隔でニワトリの世話をすることができる」と述べています。

 元記事では「安全で健康の卵の生産には、ニワトリが夜は他の動物に襲われないよう小屋で安全が確保され、昼は養鶏場を動き回れる環境が必要。ゲートの開け閉めが養鶏業者の最も手間のかかる仕事で、それをスマホからできるのは画期的だ」と述べられていますが、果たしてそうなのでしょうか...? 自分としては、結局は餌を小屋にセットしたり、小屋の中を掃除したり、朝はニワトリが産んだ卵を回収して出荷したり、夜は養鶏場で動き回るニワトリを小屋に追い込んだり、といったゲートの開け閉めよりも大変そうな仕事がたくさんあるような気もしますが。ゲートの開け閉めを遠隔から行なえるだけで、一式1,350ドルも払う養鶏業者はたくさんいるのでしょうか。

 IoTの流行の中で出てきたイロモノのように見えてしまいますが、なんだか惜しい! もうちょっと工夫すると面白いシステムになりそうな気もします。ニワトリにもセンサーをつけることができれば、データをクラウドに集めてニワトリの健康管理サービスとか、病気の兆候をいち早く発見して知らせるサービスとか、昼間の運動量と産む卵の数そして餌の種類や小屋の綺麗さ・温度・湿度などから面白い相関は見つからないかとか、せっかくの温度・湿度センサーデータはクラウド上で位置情報とリンクさせて、スポットの気象情報として売り先がないかとか。

 いずれにしても、まだ流行のIoTに乗っかる人たちがどんどん出てきている段階だと思います。イロモノと思われるようなIoTシステムが、アイデア次第で将来的に思いもよらないビジネスを生み出すかもしれませんね。

「働き方」を斬る - IT業界、6人に1人がブラック状態:ITpro

「働き方」を斬る - IT業界、6人に1人がブラック状態:ITpro:

 今回は政府の労働基準法を改正して「月45時間かつ年360時間」と上限規制する案を提示することを受けて、ITProで行われたアンケート結果を島津忠承氏の記事から働き方について考えてみようと思います。一応、臨時的な場合に労使が特別の協定を結べばこの上限を超えられますが、それでも「年間720時間(月平均60時間)」を上限にするとしています。ITProで取られたアンケートですので対象はIT業界を中心とするものですが、ブラックも多いと聞くIT業界ですので、果たしてこの上限を守れそうなのかどうか気になるところです。

 まず、最初は直近3カ月間の月平均残業時間は、このように(↓)およそ3割が政府案の上限である月45時間を超える残業を行なっているとのことでした。月60時間超の「ブラック」環境も17%以上、「過労死ライン」とされる月80時間超の残業をしている人も6.5%もいて、この結果はもはや現場の長時間労働は命を削っているんじゃないかといくらいに感じます。
そんなにも残業時間が増えるのはどうしてかというと、業務の量が膨大にもかかわらず、人手不足で同僚の助けも期待できず、しかも厳しい納期を突きつけられるという「三重苦」に陥っていることが見て取れます(↓)。一般的な人にとって残業時間が増えるのは突発的な業務が多いことが最も多い理由でしたが、こと60時間以上の残業をする人に限れば、それよりもそもそも担当業務が多いこととメンバーが少ないことが大きな理由になっており、数少ない「エース」に仕事が集中していることが見て取れます。

 では、政府案のような残業に上限を設ける案が実現された場合、どんなことが懸念されるかというアンケートの結果は、概ね予想通りですがサービス残業が増えるだけだという冷めた意見が最も多く出ています(↓)。

 今回のアンケート結果は概ね予想通りで、仮に政府案が実現したとしても月45時間という上限はほとんど有名無実になってしまい、本来臨時的な特別処置であるはずの月60時間がターゲットに、それを超える分はサービス残業として表に出てこないようになる可能性が高いように思えます。本来は政府案は経営層に対する「縛り」を目的とするものですが、実際には労働者が泥を被るだけになりそうだと懸念されます。

 実は、以前に残業する理由のトップは残業代が欲しいからという記事を書いた時、「長時間残業=悪」とは必ずしも限らないというご意見をいただいたのですが、これは自分も全面的にそう思います。例えばスタートアップして間もない時期に起業家が寝る間も惜しんで仕事をする、画家や作曲家が得られたインスピレーションを絵や譜面に徹夜で焼き付ける、研究の中で新しい発見があり徹夜でデータを取る、そういった一時的な長時間労働はあってしかるべきです。自分もソフトウェア開発という仕事をしている関係で、開発作業が "ノッて" いるときは遅くまで残って作業することもあります。しかし、やはりそういうのはあくまでも一時的であるべきなのです。長時間労働が「常態化」することこそ悪なのであって、そこをはき違えてはならないんだと思います。「長時間労働の常態化」は労働者ではなく経営者の責任として、経営者を「縛る」ような施策がもっと必要なのかもしれません。単純に上限を設けるだけではなく、45時間を超えると残業手当は30%増し、60時間を超えたら残業手当は50%増しとか、今でも大手の企業では行われていると思いますが中小企業までしっかり守らせるというのも1つの方向性かもしれません。

2017年3月7日火曜日

東芝を追い詰めた、日本式「意思決定」プロセスの弊害 - まぐまぐニュース!

東芝を追い詰めた、日本式「意思決定」プロセスの弊害 - まぐまぐニュース!:

 この山ちゃんウェブログでも何度か取り上げさせて頂いた、東芝の苦境(例えば「半導体売却を決めた血のバレンタイン」)。自分も同じ電機メーカーという業界にいて東芝には仕事上のお付き合いもあるので、名門企業の迷走と苦境を心配しているところです。名門企業の失墜の原因は、経営者が「チャレンジ」と称した粉飾決算や、ウエスチングハウスというババを引かされたことなど、経営者の無能が批判されていますが、今回の元記事で中島聡氏は少なくとも原子力事業の問題は「日本式意思決定プロセス」が原因となった可能性を指摘されています。

 ウェスティングハウス(WH)への投資そのものがリスクが大きかったことは、今考えれば無謀に近かったと言えるでしょうが、それは結果論であって、当時の東芝の経営陣がゴーサインを出した決断そのものは責められないと思います。しかし傷口をここまで大きくした問題は、共同出資のショーグループに万一の場合は東芝に株を押し付けて逃げる権利(プットオプション)を与えたり、WHの債務を親会社の東芝が保障しなければならない契約を結ぶなど、東芝にとって極めて不利な契約を結んでいるために、逃げるに逃げられなくなっていることなのです。そして、そんな「不平等条約」とでもいうべき圧倒的に不利な条件で契約を結ばされている原因が、中島氏の言われる「日本式意思決定プロセス」なのです。それは文化の違いとも言えるかもしれませんが、ワールドワイドにおけるビジネスの現場では極めて不利な状況を作り出してしまうのです。

 日本の企業と米国の企業が契約交渉のテーブルに着くとき、米国側は経営陣から全権を委任された責任者がその場でギリギリの交渉をしてきます。しかし、日本側は交渉のテーブルに着く担当者に権限がないので、難しい話になるといつも「持ち帰って相談」になります。日本側の交渉担当者はそこから、相手の言い分を経営陣に認めさ社内コンセンサスを作るために莫大な資料を作って「社内交渉」を行なうのです。一見とても慎重に思えますが、逆に一度「やる」と決めてしまうと後には引けなくなり、相手に足元をみられてしまうのです。

 どういうことかというと、担当者は、買収相手に対して「買り手」でありならも、社内で経営陣に対しては「売り手」という微妙な立場に自分を置くことになるのです。つまり、買い手と売り手の2倍の交渉をしなければならず、社内交渉の中では「この買収を成功させること」が自分のキャリアに重要だという状況に追い込まれます。つまり、この買収を成功させるために社内の人脈をフルに活用し「借り」を作ってしまった結果、「今さら後には引けない」状況になってしまいます。「買収ありき」になった担当者は必死に経営陣を説得します。東芝の場合であれば、もうすぐ念願の契約成立という段階になって、突然ショーグループが「プットオプションをくれなきゃ嫌だ」と言い出した時、東芝の担当者が「そんな無茶を言うならこの話はなかったことに」と付き返せなかったことは想像に難くありません。おそらく、契約成立だけを目標に「ショーグループが要求しているのは万が一のための保険に過ぎず、実際にプットオプションを行使する事態にはならないはず」と経営陣を説得したのだと思います。

 つまり、米国企業の交渉担当者が経営者から全権を委任されていて、「有利な」契約を結ぶことをミッションとしているのに対して、日本企業は権限が与えられない上に交渉相手と自社の経営者の板挟みになって、契約を結ぶことそのものがミッションになっているのです。契約成立のためならばどんな要求も飲んでしまう。それが、東芝が結んでしまった「不平等条約」とでもいうべき圧倒的に不利な条件の契約だったのではないでしょうか。

2017年3月6日月曜日

部下の仕事の満足度は上司の専門技能に左右される | HBR.ORG翻訳リーダーシップ記事|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

部下の仕事の満足度は上司の専門技能に左右される | HBR.ORG翻訳リーダーシップ記事|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回はベンジャミン・アーツ、アマンダ・グドール、アンドリュー J.オズワルドの各氏による記事を元に、上司にはマネジメントの能力だけが必要で専門技能は不要だと言われていましたが、いやいやそうではないという内容です。人が会社を辞めたいと思う時、その最大の理由は人間関係、しかも半径5メートルの人間関係だと言われています。つまり人が仕事にやりがいを持って取り組むか、嫌気がさして辞めてしまうかは、上司にかかっていると言っても過言ではありません。「人は嫌な仕事を辞めるのではなく、ダメな上司の下から去るのだ」という言葉もあるくらいです。つまり優れた上司は企業にとって大切な存在で、上司の数と質を揃えることこそ社員のモチベーションを引き出すことにつながるのです。

 ところで、マネージメントに関する研究では、優れたマネジャーには専門技能は不要であり、それよりもカリスマ性・組織をまとめる力・心の知能といった諸々の特性を備えていることが重要だと言われてきました。例えば、プロスポーツの世界で「名選手必ずしも名監督ならず」と言われることがあります。現役選手時代に他を圧倒するような力量を発揮する選手でも、監督となってチームを率いる場合に必要な能力は選手時代に要求された能力とは全く別モノだ。それと同じように、社員として専門技能を身につけてそれを発揮するというのと、上司として部署メンバーをまとめチームとして能力を発揮させるのとでは要求される能力がまるで違うという意味です。

 しかし、元記事の著者4氏によれば、上司の「専門技能のレベル(technical competence)」が従業員に及ぼす影響は極めて大きいというのです。つまり、3つの観点
(1)上司は、必要な場合に部下の仕事をみずから実行できるか
(2)上司は内部昇進で現在の地位を築いているのか
(3)他の従業員の評価による、上司の専門技能
を元に上司の能力を測定したところ、上司が自社事業の中核業務に関する深い専門技能を持っているほど、部下の職場での幸福度は圧倒的に高かったのです。上司自身が専門技能を持っていることをエキスパート・リーダーシップと言うそうですが、病院は経営トップが非医師の場合よりも医師であるほうが治療の質(病院のランキング)が高い、プロバスケチームは監督が元オールスターチームの選手であるほうが成績がよい、F1チームはリーダーがレーシングドライバーとして成功しているほうが成績がよい、大学は学長が優れた研究者である方が研究業績が高い、といった研究結果が報告されています。そして、今回の4氏の研究報告では、先の3点にもとづく上司は、従業員の職務満足度に圧倒的にプラスの影響を及ぼし、専門技能の高い上司を持つことは給与よりもはるかに重要度が高いという驚くべき結果が示されたと言うのです。

 部下が上司のことを見限る典型的な瞬間は、その上司が自分のことを正当に評価してくれないと思った時でしょう。多少厳しくても自分のことを正当に(高く)評価してくれる上司なら、ついて行こうという部下も多いはずです。ところが、最近のハイテク企業などでは求められる専門技能は以前に比べてはるかに専門性が高くなってしまい、門外漢の上司が部下の仕事を正しく評価するというのはまず不可能なのです。従来のように、「マネージャー」という職種なんだとして管理業務やありきたりのリーダーシップ論だけでは、高度に専門化された部下の仕事ぶりを見極めることはできなくなっているのです。よく日本の企業では「報・連・相」と言って、なんでも上司に報告・連絡・相談せよという「しきたり」がありますが、上司に比べて部下の専門性が高すぎるので、例えば部下に相談されても上司が応えることができないのが実情なのです。例えば自分のような開発の仕事をしていると、上司はプロジェクトマネージャーなる立場にいますが、工程遅延の可能性があることを報告・連絡・相談しても、せいぜい「頑張れ」とか「何とかしろ」と言う精神論が関の山で、具体的な工程挽回策を練ったり工程の後ろ倒しを根回ししたりという能力に乏しいので、上司は単なるお飾りになってしまいます。そして、一度上司の無能ぶりを見てしまった部下は、いくらその上司にリーダーシップ論に則った能力があってももうダメなのです。その上司のことが無能なバカに見えてしまい、モチベーションがだだ下がりになってしまうのです。

 「名選手必ずしも名監督ならず」という話をしましたが、じゃあ組織論やチーム運営に長けているからと元サッカー選手がプロ野球の監督をしたり、組織をまとめる力やリーダーシップに優れるからと一般企業のマネージャーがプロサッカーの監督をしたりできるかと言えば、そういうことではないでしょう。超一流プレーヤーでなくても、ある程度その分野での実績や経験がないと、部下の仕事を正しく評価してリーダーシップを発揮することは事実上不可能なのです。現在の技能こそ部下の方が上かもしれませんが、その中核業務の実績と経験が豊かな上司であるからこそ、部下は安心してその上司について行くことができるのです。

松下幸之助「大企業病を防ぐことはできる」 | 松翁、問わず語り | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

松下幸之助「大企業病を防ぐことはできる」 | 松翁、問わず語り | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準:

 今回は、江口克彦氏の「経営秘伝――ある経営者から聞いた言葉」という本を紹介した記事を元に安定と不安定について考えてみたいと思います。この本に出てくるある経営者とは、松下電器産業(現パナソニック)の創業者で経営の神様とも呼ばれた松下幸之助氏のことを指しています。本の刊行は1992年ながら、松下氏の口調そのまま関西弁で語られる経営哲学は、いまだに人気を博しています。

 とても逆説的な言い方ですが、松下氏は「大きな会社にとっていちばんの問題は会社が安定しすぎること」と言われています。会社を創業して大きくしていく段階いわゆるベンチャー企業の段階では考えもしないことですが、大きくなった会社の手綱の握り方はベンチャー時代とは全く異なった考え方が必要ということです。そういう意味で松下氏の素晴らしい所以は、創業者としての経営も大企業・グローバル企業の経営者もいずれの立場でもトップレベルの手腕を発揮されたことです。大企業へと成長した松下電器を「会社やお店が大きくなると、経営者も社員もだんだんと態度が横柄になる、傲慢になる。どうすればそれを防げるか」という命題を持って経営されていたのだそうです。

 その答えとは「会社のなかに不安定な部分をどうやって創りだしていくか」。松下氏は安定の中に不安定を作っていくということの重要さを、ロボットの安定と自由とう比喩を用いて説明されています。ロボットを安定させるためには重心は下にあるほどいい、しかし足に重心のあるロボットは跳んだり跳ねたりすることはできません。一方で人間の重心はお腹にあり、不安定であるがゆえに自由があります。安定しすぎると自由がなくなり、やがて動けなくなってしまいます。企業の目標である「大きくなろう、発展しよう」というのは実は安定を求めた努力であって、とても奇妙で逆説的ですがこの努力は「不自由になろう、会社の活動を活発にしないようにしよう」という方向なのだと。確かに、創業当時はイノベーションでマーケットに食い込んでいけた企業が、やがて大きくなって巨象のように身動きもままならなくなってしまう例は世界中にたくさんあります。松下氏は独特の語り口で「会社の安定のために不安定を考える。それができん経営者は失格やね」とおっしゃっています。

 松下氏のロボットの例には及びませんが、自分は「安定のための不安定」という言葉からある話を思い出しました。実は自分は学生時代スキーをやっていて、その中で聞いた話なのですが、スキーも自転車も意識的に前に重心を移してアンバランスを作り出す、身体がその不安定を解消してバランスを取ろうとする、この繰り返しで前に進むことができる、というものです。スキーの初心者はボーゲンの形をとりますが、重心を安定させようと体の中心に重心を置いてバランスをとります。しかし、実際はスキー板が雪の上を滑っていってしまうので、重心は後ろに残され尻餅をついてしまいます。一方で中上級者は、自ら前に飛び込んでいくようにアンバランスを作り出します。そして前に行ってしまった重心に追いつくようにスキー板を滑らせ、スキー板が追いつくとすぐさままた身体を前に投げ出して重心を前に置く...この繰り返しで結果的に思いのままにスキーを操ることができます。身体を「企業」に、頭を「経営者」に、そして雪を「マーケット」や企業を取り巻く「環境」と考えてみると、経営の神様の言われる「安定のための不安定」という言葉にぴったりだと思いませんか。

 スキーや自転車では、じっとその場に止まっていることが安定ではないのです。むしろスキー板だけが先に滑って行ってしまって、かえって不安定になります。動きの中にこそ安定があるのです。「安定」というものをどう捉えるか、「安定」の定義の仕方の違いが初心者と中上級者を分けているのです。経営の場合も、社会の流れやマーケットの中にじっと留まることが安定ではなく、自らマーケットの潮流を作り出すように動くことで後から世間や社会がついてくる、そしてそれこそが「動きの中にある安定」(つまり企業にとっての理想的な安定)なんだと思うんです。

 この逆説的な「安定のための不安定」という考え方、なにも大企業の経営という大げさなものじゃなくても、普段の自分たちの仕事の中にも活かせそうな教訓だと思います。ただ漫然と同じことを繰り返すことは安定ではなく、実は不安定なのです。なぜなら、そうしている間にも社会は世間は環境はマーケットはどんどん先へ進んでしまうので、そのやり方は時代遅れに取り残されてしいまいます。そうではなく、同じことでも工夫を取り入れたり新しいやり方を研究したり、社会や世間や環境やマーケットなどをリードすることでこそ安定が作り出されるのです。そうして作り出された安定こそ「動きの中にある安定」であって、プロの仕事とはそういうものでありたいですね。

2017年3月4日土曜日

2020年にはICT人材が約37万人不足、第4次産業革命の進展によって減少する仕事と増加する仕事 ─経済産業省「第13回新産業構造部会」 | IoTニュース:IoT NEWS

2020年にはICT人材が約37万人不足、第4次産業革命の進展によって減少する仕事と増加する仕事 ─経済産業省「第13回新産業構造部会」 | IoTニュース:IoT NEWS:

 今回は久しぶりに自分の仕事とも直結した山本琢也氏による元記事ですが、2月13日に経済産業省で行なわれた、産業構造審議会 新産業構造部会の内容がまとめられたものです。話題の中心は、第4次産業革命とかIndustrie 4.0とか言われている「IoT+AI」によって産業構造が大きく変わろうとしていて、日本はどう対応すべきかということです。IoT(Internet of Things)は、あらゆるモノがインターネットに繋がることで様々なサービスが向上するという世界観のことで、自分も電機メーカーでIoT系サービスのソフトウェア開発をしているので、この辺りの動向にはアンテナを張っておきたいところです。

 最近よく、AIによって人間の仕事が奪われるかもしれないと言われており、この山ちゃんウェブログでもそういった話題を取り上げてきました(例えばこんな)。自分はこの問題に対しては悲観的な意見を持っていて、将来的に(特にシンギュラリティと呼ばれる、AIの知能が人類の知能の総和を超える時点では)いま人間が行なっている仕事のほとんどはAIを中心とするコンピューターが取って代わると思っています...と書くとちょっと表現がよくなかったので書き直すと、いま「頭のいい」人がその「頭の良さ」ゆえに高い給料をもらっている仕事はコンピューターに取って代わられ、人間に残される仕事はコンピューターのおこぼれに預かる仕事と頭の良さと全く異なる軸で評価される仕事の2種類だと思っています(むしろ、もっとキツイ表現ですかね)。

 今回の元記事はそこまで先のことを言っているのではなく、もう少し足元、ここ数年でAIやロボット技術の発展で、いわゆるホワイトカラーの仕事も大きく減っていくだろうということです。頭より体を使う仕事は従来より機械に取って代わられ、AIとロボット技術の発展でますますその傾向は強まるでしょう。バックオフィスでも、定型作業や単純作業は今でもかなりの部分コンピューターに取って代わられいます。現代はAIの発展により、非定形型労働もコンピューターの範疇に入ってきており、ミドルスキルのホワイトカラーの仕事は、大きく減少していくだろうと予想されます。

 そのまま人間の仕事は全て機械やコンピューターに取って代わられてしまうのかというと、シンギュラリティが本格的に訪れるだろうと言われる2045年以降はそうかもしれませんが、直近10年くらいはハイスキルのホワイトカラーの雇用ニーズが高まるだろうと予想されています。最も典型的なのは、データサイエンティストと呼ばれるような仕事です。具体的には、BI(Business Intelligence)ツールを駆使し、AIやニューラルネットワークを駆使して、IoTの仕組みで収集される膨大なデータを解析し読み解くスキルが重宝されるようになりつつあります。従来とは求められるスキルが変わってきていますので、この変化へいかに対応した人材育成をしていくかが重要というわけです。

 元記事では、日本が参考にするべきドイツの労働社会省が発表している労働市場の変化予測が示されています。それによれば、「IoT+AI」のことを「デジタル化」と称していて、デジタル化によってドイツの2030年実質GDPは4%上乗せされるだろうと。何よりも重要な雇用については、IT・経営企画・マーケティングは増加、生産加工・営業・販売・バックオフィス業務は減少し、トータルでは約25万人の増と予想しています。つまりデジタル化によって雇用は増加すると予想しているので、直近では、人間の仕事がコンピューターに奪われてしまって失業者が街に溢れるという事態にはなりません。ただし、デジタル化によって大卒者の需要は増得ますが、高度な教育を受けていない労働者の需要は減少します。

 つまり、頭のいい人がする仕事を上の方に、頭より体という仕事をしたの方にプロットしたグラフ軸を考えた時、下の方からどんどん機械・コンピューター・AIに取って代わられていきます。人間の能力はこの軸の上から下まで分布していますので、下の方の人たちは仕事がなくなり上の方の人は仕事に対して人が少ないという事態になってくると理解できるでしょう。しかしさらにAIが発展して、人間に必要とされるスキルは上へ上へ押し込まれ、ついにはこの軸で人間がすでにいない領域まで押し込まれた時がシンギュラリティで、人間は完全に軸の一番上から押し出され、軸上に残るすべての仕事はAIをはじめとするコンピューターが行うことになるかもしれません。

 従って、当面の10年・20年はIoTを中心とするデータサイエンティストなどの養成が急務です。ICT分野・AI分野・データサイエンティスト分野に長けた人材の質と量をどれだけ揃えられるかが、国家の力(経済力という意味での)の源になりつつあります。日本はすでにこの1, 2年でAI関連ではアメリカに周回遅れの差をつけられたとさえ言われていますので、早急に人材育成に取り組まなければならないと思います。

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2017年3月3日金曜日

本当は灰色なのにイチゴが赤く見えてしまう錯視画像が話題沸騰中 - GIGAZINE

本当は灰色なのにイチゴが赤く見えてしまう錯視画像が話題沸騰中 - GIGAZINE:

 今回はちょっと軽い話題ですが、Kaleigh Rogers氏の記事の日本語訳記事を元に、面白い写真を見て見ましょう。ちょうど2年前くらいに同じ色の服なのに人によって違う色に見えるドレスが話題になりました。目の錯覚、いわゆる「錯視」と呼ばれる現象の一つでしたのですが、今年は赤を使用していないのにイチゴが赤く見える錯視画像が話題になっているのだそうです(↓)。画像の投稿はカリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経科学者Matt Lieberman(@social_brains)氏ですが、元の画像は立命館大学教授の北岡明佳(Akiyoshi Kitaoka(@AkiyoshiKitaoka))氏のものだそうです。

 確かに、どこをどう見てもイチゴが赤い! これは本当に赤色の成分が入っているんじゃないかと思いますが、右側に配置されたグレーの四角はイチゴに使用されている色を白色背景の上に置いたものだそうで、こっちを見ると一体どこが赤なのかというくらいのグレーです。この現象は錯視の中でも「色の恒常性」と呼ばれる類のもので、同じものはいつも同じ色に認識できるように、当たっている光の色を脳の中で差し引いているということなのです。この画像の場合、イチゴに当たっている光に青色成分が入っていると判断して、青色を差し引く補正が脳内で行なわれるためにその補色である赤に見えてしまうということです。

 自分は最初、この画像のイチゴが赤く見えるのは「イチゴは赤いもの」という先入観が原因ではないかと思いました。でも同じ「色の恒常性」を示す北岡氏による次の画像(↓)でも、やっぱり左側の旗の「R」と右側の旗の色は赤く見えませんか。自分はこの旗がもともと何色かなんて知りませんでしたが、それでもやっぱり赤く見えます。

 そういえば、よく対人関係の話などで「先入観を持つ」ことを「色眼鏡を掛ける」という例え方をします。この言い方、自分は例えば青色のメガネを掛けて見ると本当の色より青く見えるという意味だとばかり思っていました(実際に対人関係の教訓として「色眼鏡」と言われる場合は、そういう使い方が多いような気がします)。しかしホンモノの「視覚」は、青いメガネをかけるとその「補色」である赤みがかって見えるのが正解ということでしょう。そう思って「色眼鏡」の例えに戻ってよく考えると、例えば「この人は冷たい人だ」という色眼鏡をかけて見ていた人がある時ちょっと優しい言葉をかけてくれると、元々の先入観のぶん余計に暖かい人に感じるということがあります。男女の間でも、キャリアウーマンだから包丁なんか握ったこともないだろうと思っていた女性の思わぬ家庭的な一面を見たときとか、やんちゃなでチャラい男性の思わぬ真面目な一面を見たとき。それまで掛けていた色眼鏡によって「色の恒常性」の錯視が起き、恋に発展するなんてお話は溢れていますもんね。

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1万人に聞いた「残業する理由」、1位は「残業代がほしいから」 - ITmedia ヘルスケア

1万人に聞いた「残業する理由」、1位は「残業代がほしいから」 - ITmedia ヘルスケア:

 今回は日本企業の長時間労働が槍玉に上がったり働き方改革が叫ばれたりしている昨今、「残業」に関するちょっと意外なアンケート結果の話題です。元記事で紹介されているアンケートは、エンジニア情報サイト「fabcross for エンジニア」が会社員・公務員1万145人を対象に今年1月に調査したものです。

 そのアンケート結果、なんと「残業する主な要因」として最も多かった回答は「残業費をもらって生活費を増やしたいから」なんだそうです(↓)。「本当に!?」って思いませんか。電通の女性新入社員の自殺事件を皮切りに、ブラックバイトとか長時間残業とかに対する世間の目が厳しくなったのは去年のことですよ。自分も単純に「残業=悪」と決めつけるのは正しくないとは思いますが、それにしても残業している多くの人が残業手当が目当てだったなんて。

 ただこのグラフ、よーく見ると、「非常に当てはまる」「やや当てはまる」の合計の割合で比較したときに、確かに「残業費をもらって生活費を増やしたいから」はトップの34.6%ですが、「担当業務でより多くの成果を出したいから」(29.2%)、「上司からの指示」(28.9%)、「自分の能力不足によるもの」(28.9%)も5ポイント程度の差しかないことに気づきます。元記事のタイトル(山ちゃんウェブログの記事のタイトルは元となった記事のタイトルそのままなので、この記事のタイトルもそうですが)の「1位は残業代が欲しいから」というのは、間違ってはいませんがちょっと「釣り」が入っていると言われても否定できない気がします。そうは言っても「残業費をもらって生活費を増やしたいから」が1位という結果は結果として素直に受け取ると、このアンケート結果は残業代が "当て" にできるという結果だとも読み取れます。

 また、平均の1ヶ月の残業時間は、10時間未満の人が半分を超えていて、そこそこ残業の多い業種の電機メーカーにいる自分としては眉唾のような気がします(↓)。ごく一部に100時間を超えるような超ハードワークの人もいますが、全体としては半分以上の人が夜ご飯は家で家族と一緒に食べられるくらいの残業時間のように見えます。

 ここでハッと思い当たるのは、もしかしてもともと不要な残業がたくさん行われていたんじゃないかということです。最初に書いたように、昨年の電通の事件以降、長時間労働に関する取り締まりが急激に厳しくなりました。「残業=悪」という風潮が世間にはびこり、無駄に会社に残っていようものならさっさと追い出されかねない状況です。本来取り締まるべきはサービス残業やみなし残業で長時間残業を強要するいわゆる「ブラック企業」ですが、長時間残業は一律に悪いんだという風潮のせいで、残業手当をきちんと支給してほどほどの残業時間だったホワイト企業でも残業に対する目が厳しくなりました。その結果、ホワイト企業で残業手当を当てにしていた人たちが困っているんじゃないでしょうか。ブラック企業を取り締まるはずが、一律の取り締まりを行ったがために、ホワイト企業でぬるま湯に浸かっていた人たちが急に冷や水にさらされている、そんな図式かもしれないと言うと言い過ぎでしょうか。

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2017年3月2日木曜日

「スターウォーズ」の“あの星”は実在した? 2つの太陽持つ惑星の証拠発見 〈AFPBB News〉|dot.ドット 朝日新聞出版

「スターウォーズ」の“あの星”は実在した? 2つの太陽持つ惑星の証拠発見 〈AFPBB News〉|dot.ドット 朝日新聞出版:

 今回の話題は、あの映画スターウォーズシリーズのストーリーの始まりで、主人公のルーク・スカイウォーカーやアナキン・スカイウォーカーの故郷とされた惑星「タトゥイーン」にそっくりな惑星が発見されたのだそうです。まず、映画に登場するタトゥイーンの光景はこんな感じです(↓)。太陽から遠く離れているにもかかわらず、海洋は遥か昔に干上がり、地表のほとんどは広大な砂漠に覆われています。何と言ってもその特徴は太陽を2つ持っていることで、映画での設定はタトゥI 、タトゥIIと名付けられた連星の太陽の周囲を約304日掛けて公転していることになっています。

 今回、2つの太陽を持つ惑星の存在がほぼ明らかになったのは、地球から約1,000光年の距離にあり、白色矮星(わいせい)と褐色矮星の恒星2個を持つ連星系「SDSS 1557」です。この2つの連星の周囲を公転する破片から、ほぼ間違いなく惑星が存在するだろうと推測できるそうです。実はこれまでも連星系を公転する惑星は見つかってはいたのですが、全て木星のような巨大ガス惑星で、岩石でできた惑星が連星の周りを公転しているのは初だそうです。こんな風に(↓)中心に恒星2つ(黄色と赤)がクルクルと互いに回り合い、そのさらに周囲を惑星(紫)が公転しているのです。

 さすがに1,000光年もの距離なので、惑星そのものが見つかったわけではないのが残念なところですが、それでもそこにスターウォーズの世界が広がっているかもしれないなんて、なんだか夢がありますよね。

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2017年3月1日水曜日

死ぬ瞬間はこんな感じです。死ぬのはこんなに怖い(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

死ぬ瞬間はこんな感じです。死ぬのはこんなに怖い(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/4):

 2回連続で「死」を扱った重い話題ですが、前回は「死=大切なものを捨てること」というようにやや綺麗事のように定義していました。今回の元記事は4年以上も前に書かれたものですが、講談社の週刊現代の記事をもとに、もう少しリアルな「死」について考えてみようかと思います。

 最初に、元記事では芥川賞作家で臨済宗妙心寺派福聚寺の玄侑宗久住職の言葉を紹介しています。「小学校2年生のとき、『自分が死ぬこと』ばかりを思って、毎晩のように泣いていました。たとえ死んでも、人の意識はしばらく肉体に留まっていると考えていたからです。その状態で火葬されれば、棺が炎に包まれて、棺の中にいる私に刻々と迫ってくる。あるいは、土葬で埋められた私の体中に蛆が湧きはじめる。それを思うと恐ろしくてどうしようもなかったんです」 実は自分も小学生くらいの頃、やがて自分にも訪れる「死」というものを考えて戦慄し、しばらくその恐怖に取り憑かれていたことがありました。やがて心と体の成長とともに「死への恐怖」は意識の奥底に沈んでいきましたが、大人になった今も突然思い出してその恐怖に苛まれることがあります。

 「死への恐怖」と言った時、それは大きくは2つの意味がある気がします。1つ目は前回取り上げた「この世との別れ」「大切なものとの永遠の別離」といった、より高尚な精神によって感じる『別離』という恐怖です。そして2つ目が今回はじめて取り上げる、「死ぬ時の痛みや苦しみ」「火葬される恐怖」といった、より低い精神レベルで感じるグロテスクな『苦痛』という恐怖です。一体、死ぬ瞬間とはどんなものなのでしょう。光が消えすっと暗闇に入るものなのでしょうか、その時は痛いのでしょうか、それとも何も感じず波に揺られるような感覚なのでしょうか。

 ホームオン・クリニックつくば院長の平野国美氏は、臨死体験をした人の体験談には驚くほどの共通点があるのだそうです。1つ目は「死の自覚と穏やかな精神状態」です。驚くほど多くの方が、自分はここで死ぬと意識してしかもそれを穏やかなに受け入れているのだそうです。死の淵から生還された方は、そんな穏やかな精神状態から突然ほっぺたを叩かれたような感じで、こちらの世界に引き戻されたと語るそうです。2つ目の共通点は「光」です。キラキラ光る世界とか金色に輝く草原など、光り輝くものが見えた感覚があったそうです。そして3つ目は「痛みの消失」です。平野氏は、死を前にしたショック状態の時は、痛みを感じなくさせるために脳内麻薬が分泌され、それが出た状態で見える世界が日本では三途の川と言われるのだそうです。確かに、痛みもなく穏やかに光に包まれるという共通点は麻薬の作用に似ている気もします。そして臨死体験をした方は口を揃えて、恐怖を感じることはなくむしろ安らぎを覚えたと語っています。「死の恐怖」に怯える自分には、この話は恐怖を和らげてくれる気がします。

 いざ死ぬ瞬間の『苦痛』が脳内麻薬のおかげで和らげられて穏やかなものだとしたら、我々にとってはむしろ前回も取り上げた『別離』という恐怖が大きくなります。都内のホスピス科医師は、若者やお年寄りよりもむしろ30~60代の患者こそ冷静な判断力を失うと語っています。人生のステージ的にも、人や活動・物との接点が最も多い世代がこの年代だと思います。特に未成年の子供を持つ世代は死を受け入れないそうで、自分に置き換えてみれば、まだ小学生と保育園生の子供たちと妻を残して逝くのはあまりにも辛いことが理解できます。

 元記事で、なるべく恐怖を抱かずに死の瞬間を迎える考え方が紹介されています。インドの聖地バーラーナシーには人を看取るための「死を待つ人の家」があり、人々は死が訪れるのをじっと待っています。彼らは宗教上「輪廻」という概念を強く信じているので、死や別れを恐れないのです。一方、日本はどうでしょうか。昔は年を取ってものを食べられなくなると、自然に枯れ木のようにやせ細って亡くなっていきましたが、現代人は医療が発達して様々な延命処理を行ない、むしろ別の苦しみを増やしてしまっています。長く生きたいという欲が逆に死への恐怖を増大させているとしたら、なんとも皮肉なことかもしれません。

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「死」が怖い理由〜母をダイナマイト心中で亡くした僕が見つけた答え(末井 昭) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

「死」が怖い理由〜母をダイナマイト心中で亡くした僕が見つけた答え(末井 昭) | 現代ビジネス | 講談社(1/3):

 今回は重めの話題ですが、「死」というものについて末井昭氏の記事を元に考えてみたいと思います。人間は死んだらどうなるのか。それは究極の難題ですが、それを探すのが人生だとかそんなことで悩むことは無意味だとか、この難題の答えをはぐらかすような回答も世の中にはたくさんあります。科学的には、死んでしまうと後には何もなくなってしまうとされていますが、経験したことがない以上は(経験した人は残念ながらその経験を私たちに語ってくれません)よくわからないものです。

 そこで元記事の末井氏は、「死の疑似体験」というワークショップに参加したのだそうです。会場は都内の大きなお寺の地下会議室で、夜の7時から始まったそうです。「ワークショップ」という言葉がちょっと軽いように思えたり、昼ではなく夜に行なうのが、いかにも雰囲気を出そうという作為に感じたりもしますが、そこはそっとしておきましょう。照明が落とされ、全員が外側に向かって輪になるよう座ってワークショップは始まります。末井氏のレポートに沿って、自分ならどうするだろうかと考えてみようと思いますので、皆さんもご自身ならどうするかシミュレーションしてみてください。

 最初は5枚のカードが配られ、そこに「大切な物」を書くように指示されます。実はこの後の展開を知っていれば、ここで平和とか愛情とか仕事とか形のないものや人物を書いてしまうと後でかち合ってしまうことがわかっているので、ここは純粋に形ある「物」だけを書きましょう。お金を書いてしまうと、たいていの物はお金で買えてしまうので、やっぱりよくないでしょう。そんな条件のもと、自分なら何を書くかを考えてみると...そうですね、やっぱりそれなりに値段の張るものや思い入れの強いものということで、ありきたりですが家・自動車・時計・パソコン(デスクトップとノート)といったところでしょうか。次にまた5枚のカードが配られ、「大切にしている自然や思い出」を書くよう指示されます。自分は...子供2人が生まれた日の思い出・妻と出会って一緒に暮らした思い出・子供時代に両親や妹と暮らした思い出・祖父母との思い出というように、自然よりも思い出で全部埋めてしまいました。次のカード5枚には「大切な人」を書きます。自分なら...さきの思い出と被ってしまいますが、やはり2人の子供と妻・両親といったところでしょうか。最後の5枚には「大切な活動・行動」を書くのですが、正直いってこれは結構難しいですね。子供たちと遊ぶこと・妻と話をすること・勉強すること・仕事すること・ブログ記事を書くこと。こうやってみると自分の場合は、大切なのは極端に「家族」に偏っていて、基本的に家族の中に閉じこもった内向きな人間なんだなと思います。

 死の疑似体験はここからです。講師が穏やかな口調で「あなた」に病気が発見されたと告げ、先に書いた20枚のカードを順番に丸めて床に捨てていきます。末井氏と同じように、自分も最初に捨てられるのは「物」の5枚でしょう。いくら高価な物でもあの世に持ってはいけないですし、一番執着を断ち切りやすいのが「物」な気がします。次は「活動・行動」の5枚でしょうか。そして「思い出」。もちろん捨てたくはありませんが、「人」を捨てるのはやはり最後にしたいと。そして「人」の5枚も順番に捨てていき、最後に残る1枚を決めます。末井氏の参加したワークショップでは母親を最後に残す人が多かったそうですが、自分の場合、子供たちも両親もこの上なく大切に違いないのですが、熟慮の末、最後の1枚として残すのは妻にしようかと思います。

 「死の疑似体験」というタイトルから空気を読んでしまって、「大切な人」に自分自身は入れなかったのですが、ご自身を最後に残した方もいるかもしれません。自分の場合は、一番大切なのはやはり家族、それも究極的には妻というありきたりな結末でしたが(末井氏の参加されたワークショップでは妻を最後に残したのは2人だけだったそうで、そういう意味では多数派でもないようです)、皆さんは究極的に一番大切なのは何でしたか。大切なものをどんどん捨てるという、「死」の疑似体験。自分と同じように「物」を真っ先に捨てた方は多かったのではないかと思うのですが、死を前にした人が、物への執着を捨て高僧のような精神状態になるのがちょっとだけわかった気がしました。

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