2016年9月30日金曜日

優秀でも出世できない人が抑えられない感情 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

優秀でも出世できない人が抑えられない感情 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準:

 今回の元記事は精神科医の藤井英雄氏による、出世するために怒りを抑えるコツについてのお話です。仕事面では優秀なのになぜか出世できない、そんな残念な人の原因の1つに「怒り」という感情がある場合があります。そんな人は、怒りだしたら止まらず、上司に、同僚に、顧客に、手当たり次第に怒りを爆発させて人間関係を壊してしまったり、仕事に支障をきたしてしまったりして、出世の道が阻まれます。藤井氏は、なかなか収まらない怒りに、大きく3つのパターンがあると述べています。

(1)怒りが1次感情ではないとき
 例えば、部下の仕事が遅れていると知った時に怒りは

①部下の仕事が遅れている→②納期に間に合わなくなったらどうしよう(不安=1次感情)→③何やってるんだ、早くしろ!(怒り=2次感情)

①部下の仕事が遅れている→②俺の指示はいつもないがしろにされるんだ(悲しみ=1次感情)→③許さないぞ!(怒り=2次感情)

のように、何れにしても出来事からの1次感情として怒りが発生するのではありません。この場合は1次感情(不安、悲しみ)がなくならない限り、いつまでたっても2次感情の怒りが収まることはありません。

(2) 怒りの快感にはまっているとき
 (1)のような2段階の感情の場合、1次感情の不安や怖れ・悲しみを感じているときは、自分が無力な存在に思えてしまうネガティブなエネルギーの感情です。それに比べて怒りというのは、その1次感情の反動としての強く激しい感情、つまりポジティブなエネルギーの感情と言えるでしょう。このポジティブエネルギーの発散は、ある意味で快感なのです。1次感情による無力感から逃れるために、2次感情の怒りに変えてしまうのです。
 
(3)正当な怒りだと思っている
 例えば、自分が客という立場だったり、自分が上司や教員という社会的に強い立場にいるときに、怒りが収まらなくなる人がいます。それは自分のほうが上なのだから自分が優先されるべきであり、自分の怒りは正当だと思っていることが原因です。このパターンは、モラハラやパワハラに進展する危険性があります。

 怒りのようなパワフルなポジティブな感情にとらわれてしまうと、そこからなかなか抜け出すことができません。そんな時に、怒りから抜け出すためのキーとなる考え方は、Googleやインテルでも導入している「マインドフルネス」です。マインドフルネスは、自分の感情をニュートラルに戻して冷静さを取り戻すことです。藤井氏による、その具体的な方法は「自分の1次感情と向き合う」と述べられています。もちろん、1次感情(不安・怖れ・悲しみ)を解消するのは容易ではありませんので、解消するのではなく「自分は怒っているんじゃない。本当は不安なんだ」「実は今、恐れているんだ」「悲しいんだ」と認めるのです。もし1次感情が怒りだった場合は、「私は今、怒っているんだ」と認めるのです。これは、自分の感情を客観的に分析するということです。自分を客観的にとらえることによって、ニュートラルな自分に戻ることができるというわけです。

 実感としても、怒りがヒートアップしている人に「怒らないで冷静に話し合いましょう」なんて声をかけても、「怒ってなんかない!」と却って火に油を注ぐ結果になった経験はみなさんお持ちではないでしょうか。このヒートアップしている人は、明らかに自分を冷静に見ることができない状態に陥っているのです。自分を冷静に見つめて、「自分は今怒っているんだ」と認めるのはプライドが許さないかもしれません。しかし、藤井氏の言うように「怒っているのではなく、不安なんだ」など、1次感情に目を向けることでプライドに触れることなく自分を分析できるならそれでいいでしょう。プライドに触れずに「自分は怒っているんだ」と分析できる人は、そのまま2次感情に目を向けた自己分析でもいいのかもしれません。大切なのは、目を向けるのが1次感情なのか2次感情なのかの違いではなく、冷静に自分を見つめて感情的なフラット状態を作り出すことなのですから。

 実は自分は怒りに駆られた時に冷静になるためには、相当ひねくれた方法ですが「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(エンジャクイズクンゾコウコクノココロザシヲシランヤ)」と心の中で唱えるようにしています。この言葉は「史記」に出てくる言葉で、ツバメやスズメのような小さな鳥には、オオトリやコウノトリのような大きな鳥の志すところは理解できない、つまりは、小人物には大人物の考えや志がわからない、という意味で、自分をオオトリやコウノトリに見立て怒りの矛先の人物をツバメやスズメに例えることで溜飲を下げようという、相当にひねくれた方法です。この自分の方法は決して褒められた心のコントロール方法ではなく、他の人に決してオススメしはしませんが、どんな手法であっても自分なりに冷静に戻るための方法を持っているといいのかなと思うのです。皆さんそれぞれに、深呼吸をするとか、その場を離れるとか、自分なりの怒りの鎮め方を持っているといいと思うのです。自分なりの方法がない方は、藤井氏の推奨される方法を試されればいいと思うのです。そして、一瞬の心のニュートラルを作って、感情をフラットな状態に導くようにします。それこそがマインドフルネスであって、怒りをコントロールして仕事にもプライベートにもうまく人と関わって行くコツかもしれません。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

今すぐ死にたくなる絶望的な未来予想図10選|ギズモード・ジャパン

今すぐ死にたくなる絶望的な未来予想図10選|ギズモード・ジャパン:

 今回の元記事はなんとも刺激的なタイトルですが、George Dvorsky氏による今後数十年で起きうる最悪のシナリオ10選です。最悪を頭の片隅に入れておけば、たいていのシナリオはそれよりはマシと思えるので、ある意味リスクヘッジというか危機回避にでもなればと思って、取り上げてみました。

(1)いつ誰がパンデミックのグラウンド・ゼロになってもおかしくない
 オックスフォード大学の研究チームが、世界人口の10%以上が死ぬ確率があるリスクを発表しましたが、その上位にランクした1つが「故意に」仕組まれたパンデミックです。パンデミックとは広範囲に及び伝染病のことで、同チームはこれは5年以内にも起こる可能性があると警告しています。
 1918年に世界を震撼させたインフルエンザウイルスのゲノム配列が公開されたり、H5N1型鳥インフルエンザウイルスの致死率を高める変異種生成の論文がScience誌で発表されたり、殺人ウイルスの生成方法が公になり、しかも遺伝子操作技術や3Dバイオプリンターなどの登場で、技術的には作り出すことが可能になってきているのです。テロ国家や悪意のある個人が殺人ウイルスを作り出してそれがバラ撒かれる、というのが1つ目の最悪シナリオです。

(2)頭脳をコンピュータに移植することで、人は自らを死に追いやる
 もっとも過激な未来予想の1つですが、「人間は肉体をデジタルの存在にトレードインする」というものです。つまりは、人間が全人格をコンピュータ上に移し替えてしまうことで、不死身の存在になろうと。そして、そうすると元の肉体は損なわれてしまう、それは取りも直さず人類の自殺行為に他ならない、というものです。
 これは「continuity of consciousness(意識の連続性)」と呼ばれる問題で、人格や頭脳はコピペできても、その意識が宿っている土台についてはできないのです。原本だった頭脳は破壊されて、デジタルの存在に置き換わります。それでも、コピー先のコンピューターでは、頭脳に宿っていた意識からそのまま連続しているので、自らがオリジナルだと信じて疑わないでしょう。なんともSFチックな未来予想ですね。

(3)独裁主義がカムバック
 テロの不安が拡大することで、国民は強い政府を望む傾向にあり、政府はどんどん強権化します。米大統領選でトランプ氏があれほどの支持を得ているのも、氏の過激発言は強いアメリカを実現することを強調しているものが多く、テロの不安から民衆が政府の強権を望んでいるという分析もできるでしょう。それが行き過ぎることにより、独裁が生まれてしまう可能性があります。

(4)プライバシーは過去のものになる
 皆さんはジョージ・オーウェル氏の「1984年」という小説をご存知でしょうか。自分はこの本を最初に読んだのが確か高校生くらいの頃で、とんでもない未来予想図に身震いしたことを覚えています。小説では、ビッグブラザーと呼ばれる独裁者が、ありとあらゆるものを監視する社会が描かれていますが、現代を見てみますと監視カメラ・パソコン・スマホに加え、最近ではIoTやスマートダストなんていうものも現実ものになろうとしています。これらの膨大な数のセンサーが独裁者の耳となり目となり、AIなどのデータマイニング技術と組み合わされば、人間にはもはや独裁者の監視の目から逃れる術はありません。

(5)ロボットは人を騙す
 AIが本当に自我を得る前には、まずはAIがそのように考えているかのように見えて、実は裏では人間が巧みに操っているという段階があるでしょう。未来学者でSF作家のデイヴィッド・ブリンは、そういう情報操作や誘導に人類は抵抗する術がないと提唱しています。ブリン氏は「人情は人類最高の才能であり、人類最大の弱点だ。100万年余りの長い年月をかけて人類は嘘を見破る術を身につけてきたが、AIほど訓練を重ねたペテン師は未だかつて存在しない」と語っています。最近話題の女子高生AI「りんな」などを見ていると、裏でよからぬ人間に操られたAIが情報操作する世界というのもあながち絵空事でないかもしれません。

(6)気象変動は不可逆的な悪影響をもたらす
 昨年フランス・パリで開催されたCOP21では、地球温暖化を2℃に制限することで合意されましたが、もう手遅れという話もあります。プリンストン大学の研究チームの気候モデルによれば、現時点でCO2排出が突如ゼロになったとしても、これまでの温室効果ガスで今後数百年は地球温暖化が続く見通しだと言っています。
 脚本家のDawn Stoverさんの未来予想によれば、地球温暖化により雪と氷が解け、海流は破壊され、海洋酸性化が進み、海洋生物には未曾有の影響がおよび、永久凍土層が解け、海底からメタンが放出、干ばつによって植生が変わり、山火事が起こり、生物は急激な気象変動に順応できずに絶滅していく、沿岸部の街は海に沈み、人類は危機に晒される、そんな世界が待っています。最近の異常気象(夏の暑さを取っても、自分たちが子供の頃より5度くらい暑い気がします。台風の強さも格段に上がった気がしますし)を見ていると、これもあながちあり得ない話ではなさそうです。

(7)抗生物質の時代が終わる
 最近は抗生物質が効かない病気が加速度的に増えており、このまま行くとちょっとした感染ひとつで死に至る時代になると言われてます。つまり、抗生物質耐性(antimicrobial resistant: AMR)菌の時代で医療は根底から変わります。英国アクチュアリー会が2016年にまとめた報告書では「2050年を迎える頃にはスーパー耐性菌で年間1000万人もの死者が出る」と予測しています。

(8)ロボ戦士の時代が始まる
 全自動のロボット兵器が野に放たれ、ターミネーターが現実のものになります。「LAWS(Lethal Autonomous Weapons:自立型殺戮兵器)」はすでに開発が進行中で、既存の強力な弾薬や核兵器などと合体するのも時間の問題とされています。国家間の戦争はロボット兵器同士の戦い隣、戦争で失われる人命を減らす歓迎すべき技術とされていますが、専門家の間でもうっかりミスや暴走が起きたらどうするのかという声が上がっています。

(9)全衛星を失う
 衛星を失う恐ろしさに気づいてる人は少ないですが、衛星が無くなると相当ヤバいことになります。衛星喪失は、ケスラー・シンドローム(スペースデブリ(宇宙ゴミ)同士の衝突で衛星軌道がゴミだらけになり、人類が地球に閉じ込められてしまう現象)、超巨大太陽嵐、宇宙戦争でも起こりえます。そして、衛星がなくなれば通信能力は劇的に衰え、GPSが消え、ほとんどの端末が使えなくなり、宇宙ベースの同期機能も止まり、金融セクターから送電網まですべてが壊滅状態になります。

(10)泣いても叫んでも宇宙人は助けにこない
 多くの人が「いつか宇宙人に会える」と思ってますが、残念ながらその見込みは相当低いようです。暗号解読が要る電波は一向に飛んでこないですし、征服先求めて星間移動する宇宙船がいる気配も皆無です。宇宙はしんと静まり返ったままで「Great Silence(大いなる静寂)」と呼ばれますが、これは実は大きな意味を持ってます。銀河系はとても古いので、もし宇宙人に会えるならとっくの昔に会ってないとおかしいのです。宇宙人の発する電波が漏れてきたり、「2001年宇宙の旅」のようなモノリスが見つかったり、様々な痕跡があるはずなのに、全く見つからないのです。
 つまり、宇宙人はスーパーインテリジェンスやナノテク兵器のように、人間には決して太刀打ちできない技術力を持っているのかもしれないですし、この瀕死の宇宙に見切りをつけて別のパラレル宇宙に旅立ってしまったのかもしれません。

 10の最悪シナリオはいかがでしたでしょうか。自分がこの元記事を読んだ中では、ちょっとSFすぎかなとも思いましたが、どれも荒唐無稽な絵空事とは言えないような気がしました。何れにせよ、この最悪シナリオよりは「マシ」な未来が待っていることを期待したいものですね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月29日木曜日

組織には「敵対者」が必要だ――書評『レッドチーム思考』 | DHBRおススメ経営書|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

組織には「敵対者」が必要だ――書評『レッドチーム思考』 | DHBRおススメ経営書|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回の元記事は、アメリカの超党派組織外交問題評議会(CFR)シニア・フェローのミカ・ゼンコ氏による『レッドチーム思考――組織の中に「最後の反対者」を飼う』という本のレビュー記事です。いわゆる組織論や経営書の一種だと思うのですが、よく言われるイエスマンだけの組織よりメンバーが反対意見を言える雰囲気のある組織が良いとされる、その裏付けとなるような内容です。

 本の中で言われている「レッドチーム」は、ローマカトリック教会に端を発する「悪魔の代弁者」に基づいている考え方です。「悪魔の代弁者」とは、ディベートなどで多数派に対してあえて反論をする人のことで、もともとはローマカトリック教会の聖人認定がその元と言われています。13世紀に設置された「列聖調査審査官」は、聖人認定をきちんと行うために、列聖の候補として挙げられたすべての証拠に対して細かい反対意見や反証を提出する役を担ったのだそうです。この「悪魔の代弁者」が軍隊の組織論の中では「レッドチーム」と呼ばれます。冷戦のなかのアメリカ軍で生まれたレッドチームは、この15年ほどで急速に体系化され、その手法は欧米の企業にも急速に広まりつつあるのだそうです。

 組織のリーダーがその組織の問題やリーダー自身の問題を把握するのは、実は自分たちが思った以上に難しいことのようなのです。まず、自分の信念を裏付ける事実に目が行きやすい「追認バイアス」、リーダーの意向に沿ったことを行なうのが自分の昇進になると考えやすい「組織バイアス」など、様々なバイアスがかかって正確な把握ができにくいのです。ほとんどのリーダーは「反対意見は歓迎する」と建前上は言うのですが、部下が本当に物申せる雰囲気の組織はほとんどないのが実態です。そのため、リーダー自身が組織内に「反対意見を言う役割を担う人」をわざと作って、その人たちは組織の多数意見と異なる見方や反対意見を提出するのが仕事というようにすることが重要なのです。組織論や経営論の中で、これまで「レッドチーム」についてはあまり強調されてこなかったように感じます。しかし、国内における東芝・三菱自動車・シャープなど、経営者の不正や判断ミスによって危機的状況に陥ったことを考えると、組織の中に「反対者を飼う」ようにレッドチームが実際に配置されていれば、状況は違っていたかもしれないと思います。

 そしてミカ・ゼンコ氏が、実際にレッドチームを配置するにあたって最も重要なベスト・プラクティスと指摘するのは、「上司の賛同」です。レッドチームがいかに素晴らしい意見や情報を提示したとしても、それが上司に無視されたり握りつぶされたりしては何の役にも立ちません。広い視野の元で徹底的に考え抜き、反論し、検証した上で判断するためには「レッドチーム」は有益な考え方ですが、それを活かすも殺すも上に立つ者次第ということなのでしょう。

 「レッドチーム」「悪魔の代弁者」は組織が重要な判断を下すにあたっての、視野を広げる効果があると思いますが、自分の行動や仕事の仕方を振り返ってみると、個人や少人数のアイデア出し・ブレインストーミングなどでも同じような考え方をしていることに気づきました。何かアイデアを出そうと深く考えている時(自分の場合はソフトウェア開発者という立場上、設計デザインやアーキテクチャを考えていることが多いのですが)、1人や少人数で考えている時には、どうしても最初に思いついたアイデアに固執しがちです。何バイアスと呼ぶのか知りませんが、クリエイターの方がよく言うような、夜中に思いついたアイデアが素晴らしく感じるように、最初のひらめきがとても素晴らしいものに感じるのです。そして、一晩眠って翌朝には、夜中にあんなに輝いて見えたアイデアがつまらないものだったと気づくように、冷静になった時には最初のアイデアが本当にいいものかどうか不安になるのです。そして、最初に思いついたアイデアが本当にベストな解なのか、もっと良い解がないのか、例の「最初に思いついたアイデアに固執するバイアス(仮称)」を外すために、アイデアの「レビュー」を行なうことで「磨きをかける」のです。

 ただし、レビューは気をつけなければならず、あるレベル以上のレビュアーにレビューしてもらわないと、瑣末の揚げ足取りから感情的衝突になりやすいという問題があります。もし適当なレビュアーがいない場合は、自分自身がレビュアーになって自分自身のアイデアを批判する「セルフレビュー」をオススメしたいと思います。自分自身に対してなら遠慮なく反対意見を言えますし、感情的衝突にも繋がりません。自分はその時のキーワードには、「逆に」と「極端な話」という2つの言葉を使用することで視野を広げようとしています。そのアイデアはある面では正しいが「逆に」こういう場合には困らないだろうか、とか「極端な話」こうだったら何も考えることないじゃないかとか、視野をぐっと広げることで最初のアイデアの粗探しをするのです。ここで自分が述べたようなことは、意図的か無意識かはわかりませんが、おそらくほとんどの方が実践していることと思います。しかし、個人や少人数でアイデアをブラッシュアップする手法が、実は大きな組織論の場合にも通用するということは何か面白いものだと思いました。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

IoT、日米独が連携=規格標準化へ主導権:時事ドットコム

IoT、日米独が連携=規格標準化へ主導権:時事ドットコム:

 今回の元記事は、モノのインターネット(IoT)の国際規格の制定を巡って、日米両国の標準化団体が連携するというニュースです。IoTは自分の仕事の分野にも少し重なって来ますので多少はウォッチしていましたが、標準規格とか標準化というのは事実上不可能だと思っていました。

 元記事のニュースによりますと、日本側はトヨタ自動車や日立製作所など約2,400社と、経済産業省・総務省などが参加する「IoT推進コンソーシアム」、アメリカ側は、ゼネラル・エレクトリック(GE)などが設立した「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)」と、マイクロソフトなどが加わる「オープンフォグ・コンソーシアム」の2つの団体だそうです。この中で、実はインダストリアル・インターネット・コンソーシアムは以前から名前を聞いていましたが、どちらかというとGEとその経済圏の傘下で利益を得たい企業の集まりというイメージで、積極的に規格を制定していくというよりもテストベッドを提供したりIoTを「推進」するための団体と思っていました。一方の日本側IoT推進コンソーシアムは、実は存在は聞いていましたがあまり知識がありませんでした。しかし、なんと2,400社もの企業が加盟しているというのですから、もうこれは規格を制定というには船頭多くして何とやらにならないかという危惧があります。特に経産省と総務省が絡んでいるということは、各企業が手持ちの製品仕様を積極的にアピールしてどれか1つに絞ることができず、あれもこれも標準カタログに入れましょうという感じの結論になりかねません。

 IoT関連の規格という意味では、自分はヨーロッパのETSI(欧州電気通信標準化機構、エッツィと読みます)が作った「oneM2M」というヨーロッパで制定された規格がフレームワークとしては先行者有利の感を持っていましたが、あまり広まっている雰囲気はなさそうです。モノは良くても、有力企業の後押しがないのがちょっと弱いかというところです。他にも、フレームワーク系ですとAllseen Allianceの「Alljoyn」とか、Open Internet Consortiumの「IoTivity」なんていうのもあります。Allseen AllianceはHier, LG電子, パナソニック, シャープといった有力企業がついていますし、Open Interconnect ConsortiumはAtmel, Dell, Intel, Samsungf, Windriverなどがいます。もっとエッジデバイス側の通信としてメッシュネットワークに関しては、IP500 Allianceの推す「IP500」はBosch, Assa Abloy, Honeywell, Siemensといったところがついていますし、Thread Groupの「Thread」はZigBeeと同じIEEE802.15.4, 2.4GHzを使いますが、Samsungと最近ソフトバンクが買収を決めたARMがついています。

 実は自分は、産業系の特定のシステムに関する通信標準化などの仕事もしていたりするのですが、通信プロトコルの標準化・マルチベンダー化を行うのも実際は相当大変なことで、メーカー間の思惑の綱引きやユーザー企業や国の機関との政治的駆け引きなどの側面もあります。技術的な部分だけでも、関わって来る企業の数が増えれば自社の技術を売り込もうとする企業があったりポリシーの違いから収拾がつかなかったりしがちです。狭い業界の標準化でもそんな有様なのに、IoTは産業・エネルギー・自動車・ヘルスケア・ホームといった様々な業界が関わり合いますし、マイコンベースのエッジデバイスから無線ネットワーク・インターネット・クラウドと最下流から最上流までの企業が関わって来ることになります。これら全てのステークホルダーが1つ(ないしは分野ごとに1つずつ)の標準にまとまるとはとても思えない、というのが自分の印象です。今回の連携で標準化が進むことはもちろん賛成でぜひそうなって欲しいものですが、実際は名目上の連携だけで標準がまとまるには長い道のりがかかると思います。

2016年9月28日水曜日

「日本は高齢社会」のウソ。NHKが故意に作り出した幻想のカラクリ - まぐまぐニュース!

「日本は高齢社会」のウソ。NHKが故意に作り出した幻想のカラクリ - まぐまぐニュース!:

 今回の元記事は、武田邦彦氏の言う「テレビが伝えない真実」のうちの1つ、日本は高齢化社会という嘘に関する記事です。氏によると、日本は高齢化社会だというのは全くの嘘であって、それはNHKをはじめとするマスコミが故意に作り出した幻想だというのです。

 マスコミが毎日のように声高に叫ぶ「日本は高齢社会」「年金が崩壊する」ですが、武田氏によればこれが全くの嘘だと言うのです。しかし現実には、65歳以上の高齢者人口は3200万人、率にすれば総人口の25%であって、日本人の4人に1人は高齢者だというれっきとした数字があります。武田氏はこの数字が嘘だと言っているのではなく、3200万人もの人が65歳以上ですしそれは人口の約4分の1を占めるのも事実ですが、「3200万人つまり日本人の4分の1が高齢者だ」といのが嘘だというのです。つまり、「65歳以上が=高齢者」というまやかしの定義こそがマスコミの嘘の大元だというのです。確かに、自分の身の回りを見渡して、65歳以上でも元気な方はたくさんいらっしゃいますし、正直言って65歳くらいなら定年退職して悠々自適というより、まだまだ体力もあってもっと仕事をしたり社会と関わり合いたいという方はたくさんいらっしゃいます。

 元記事で言っているのは、例えばNHKで高齢者番組を放送されるとき、故意か偶然か、トボトボと歩く90歳の老人、病院で寝たきりになっている病人が映し出されます。しかし、そこまでヨボヨボの老人や寝たきり老人の数は実は非常に少なく、年齢で言っても90歳以上の方はわずか150万人、寝たきりの方もほぼ同数で、そのうちかなりの方が重複していますので、「本来の意味での高齢者」はわずか200万人程度、率にすると1.5%(64人に1人くらい)です。もう少し「高齢者」の枠を拡大して80歳以上の方を高齢者としたとしても、数で1000万人、率で7.8%(13人に1人)くらいです。こんな数字のマジックを使ってまで「高齢化社会」と言われることの問題点はどういうものでしょうか。

 第一には「60歳から65歳の定年制」というのがあり、先に述べたようにまだ十分に元気で働くことができる方でも「定年」という名の下に失業させられます。武田氏が言うのは、これは女性差別や門地差別となんら変わらない「年齢の差別」ということです。まだまだ働くことができるのに、ただ「高齢」というだけで職を失うので、精神的な張り合いがなくなったり運動量が減ったりして、仕事をしていれば病気にならなかったのに仕事を辞めて病気になってしまうことがあります。つまり「定年制を無くせばずいぶん多くの高齢者が元気になる」ということです。

 第二に「悠々自適」などの錯覚を植え付けることです。本来は適度な労働や人のためになっているという実感は生き甲斐や生活の張りになるものですが、定年後は悠々自適とか旅行でもしてのんびりなどというのは、不健康への誘導です。

 そして、第三に「低血圧に導く」ことです。高齢になると血管が硬くなるため、若い時と同じ血液を流そうとすると必然的に血圧は高くなります。それまでと同じ血圧だと、血の巡りが悪くなり、ガンになりやすくなったり痴呆症になりやすくなったりします。血圧が上がるのは、血流を保って病気にならないようにするための身体の正常な反応とも言えるのです。しかし、最近では「低血圧にしてガンを誘導し、ガンの治療法を研究して長く生きることができるようにする」というマッチポンプの医療政策がとられています。高齢者はガンになることを恐れ、ガンになって苦しみ、治療費がかかるというさんざんな結果に陥っているというわけです。もちろん異常に血圧が高いのは病気ですが、そうでない場合は心臓は理由があって血圧を高くしているのであって、「血圧が高い=病気」は必ずしも成り立つとは限りません。無理に血圧を下げたりせずそのままの方が、元気で暮らせることは十分にあり、画一的に高血圧は病気と強調しすぎるのは良くないという主張です。

 元記事で言われているのは、65歳が高齢者という基準は医療の発展したイマドキには合っておらず、仕事を辞めずに心の張りを持ったままの方が元気でいられますよ、そして「高血圧≠悪」と考える視点も大事ですよということなのですが、強いメッセージ性がある前半に比べて、後半がちょっと尻すぼみの印象かもしれません。マスコミが数字のマジックを使ってまで「高齢化社会」というキーワードを国民に植え付けようとしている狙いは何なのか、前半言葉だけが出ている「年金崩壊」や後半出てきている「マッチポンプの医療政策」との繋がりはどうなのか、そう言った視点で掘り下げてみても面白いのかなあと思います。自分はこの業界に詳しくないので、こんな呑気な感想を言っていますが、実は業界では「パンドラの箱」なのかも知れませんが。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月27日火曜日

技術的負債とどうやって戦うか - Qiita

技術的負債とどうやって戦うか - Qiita:

 今回の元記事は、自分のようにソフトウェア開発などをやっていると付いて回る「技術的負債」についての投稿記事です。技術的負債(Technical debt)という言葉をWIlipediaで調べると、行き当たりばったりなソフトウェアアーキテクチャと余裕のないソフトウェア開発が引き起こす結果のことを指す新しい比喩、と説明されています。しかし個人的にはこれは短期的なソフトウェアには当てはまりやすいですが、自分のような同じソフトウェアを長年にわたってメンテナンスしていかなければならない立場からは、ちょっと言い過ぎの場合もあると思います。たとえ開発当初は綿密に設計され余裕のある開発工程で負債なしに実装されたとしても(次に示す3つの真実によって、実際はそれは絵に描いた餅なのですが)、10年・20年と時間が経つに従って、運用の変化やデータ量の増加・技術の進展・OSやミドルウェアのサポート切れなどによって、そのソフトウェアを搭載した製品が世の中で使用されている限りは負債となってしまう部分があります。

 元記事で紹介されている「アジャイルサムライ」という本には、開発における3つの真実として、
(1)プロジェクト開始時点に、すべての要求をあつめることは出来ない
(2)たとえ集めたところで、要求はどれも必ずと言っていいほど変わる
(3)やるべきことはいつだって与えられた時間と資金よりも多い
というのが挙げられていました。開発現場にいるとこれは極めて真実に感じられ、時間に常に余裕がないというのはどこの現場でも同じだと思います。そして、開発者は常に「技術的負債」を抱えているので、下手をすれば仕事をしている時間の半分以上が負債の返済に追われているという状況です。

 技術的負債は、個人の借金と同じように、少ないうちに返済しないと時間とともにどんどん膨らんでいきます。個人的には、元記事に言われているような時間と比例して負債が大きくなるというよりは、リリース後のライフタイムごとに大きくなったり小さくなったりするものというイメージです。例えば、リリース直後はバグが残っていたり運用がこなれていないためにサポートが必要だったりして、その場ですぐ返済しなければならない負債が発生します。順調に運用が流れ出すとしばらくはいいのですが、やがてもっとこうしたいとかこうでなければ運用が回らない、などと運用とソフトウェアが乖離してしまう問題点や、その乖離を埋めるために機能を追加したり拡張したいという不定期な負債が発生します。さらに時間が経つと、データ量が増えて重くなってしまったり、OSやデータベースがサポート切れを起こしたり、ソフトウエアが陳腐化してしまって競争力を失ったり、という極めて大きな負債となります。そしてその負債が返済しきれない状態に至ると、「不良債権」化したということになるでしょう。

 元記事で言われてる技術的負債と自分が言っている技術的負債は、実はちょっと意味合いが違っていて、元記事でいうのは一見問題なく動いているソフトウェアでも内部に抱えている問題があることを負債と言っていますが、自分の方はソフトウェアのメンテナンス全般について言っています。そういう意味で、自分の定義は元記事よりも広い意味に捉えているのですが、元記事で言う「狭義の」技術的負債だけでも
(1)コーディングのレベル(実装方法)の負債
(2)負荷が考えられていない実装による制約などの負債
(3)バージョンアップすべき言語やライブラリ、OSの放置による負債
(4)トレンドが変わって乗り換える必要が出てきた場合の負債
(5)共有不足で実装内容のブラックボックス化による負債
といったものが挙げられています。自社開発したソフトウェアでサービスを行なって生計を立てている会社の場合は、これらの負債は溜めてから一気に返すのではなく、返し切れなくなる前に少しずつ返して不良債権にしないことが大切という考え方が成り立つと思います。

 しかし、自分のようなメーカーの場合、ソフトウェアはハードウェアの「おまけ」としか考えない経営者層と管理者層のためもあって、技術的負債の返済は主として「バージョンアップ開発」の中で行なうこととなります。ソフトウェアリリース後も日常的なリファクタリングを行なって負債を少しずつ返すというのは、理想的ですが現実的ではありません。というのも、機能の追加や変更もされず不具合修正もされないプログラムの変更は認められないことが多く、たとえリファクタリングの必要性を訴えて行なったとしても、検査部門の検査費用の出所がないのです。従って、技術的負債がどんどん大きくなって問題が表面化した時に不具合対策予算の中から費用を捻出するか、機能追加や改善などバージョンアップの中に紛れ込ませるかといったことになるのが実情です。

 ところで意外かもしれませんが、自分のところのような比較的大きなメーカーの場合、純粋な意味でソフトウェア「開発」ができる人(プログラムを読んだり書いたりできる人)というのは、驚くほど少ないのが実態です。そのため、上記の負債(5)はもう日常的に発生します。プログラムの読み書きができないプロパーの社員が「設計」などできるわけもなく、お客さんから言われている要求だけを示して外注さんに丸投げして作ったソフトに至っては、内部の「つくり」が分かっている外注担当者さんがいなくなると、あっという間に不良債権化してしまいます。プログラムの読み書きができる開発者は、その時になってはじめて泣きついて来られるのですが、本業のプロジェクトを抱えた状態でどういう考えの元に作られたのかすら分からないプログラムをメンテナンスするのはもう不可能に近く、最初から作り直した方が早いという結論に至ることも多いものです。

 メーカーで行なうソフトウェア開発はIT系のソフトウェア開発と少し違い、対象となるソフトウェアの寿命は10年・20年という息の長いものが多いのです。そのため、長きにわたって負債の返済能力がある人、つまりは長期間その開発部門を背負って立つ開発者(プログラムの読み書きできる人)が設計の中枢に携わる必要があるのです。本来は複数の開発者でその開発内容を共有することでリスク分散するのが定石だと思いますが、こと自分たちのような少数の開発者しかいない現場の場合は、本当の意味で「開発」できる人が中枢を担うことで、どうせ個人的能力に依存するなら能力のある人に依存すべきというのが実態です。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

プログラマー ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

自宅勤務型の性格とオフィス勤務型の性格、幸せなのはどっち? | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

自宅勤務型の性格とオフィス勤務型の性格、幸せなのはどっち? | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン):

 今回の元記事は、Mark Murphy氏による寄稿、森美歩氏の編集によるもので、最近日本でも増えている自宅勤務に関する興味深い報告です。

 一般的には、誰かとの共同で仕事をする傾向の人はオフィス勤務が向いていて、自発性があって個人で進んで仕事をする人は自宅勤務に向いている、そう言えるでしょう。持って生まれた性格や仕事のやり方・モチベーションなど、様々な要素の組み合わせでオフィス勤務型・自宅勤務型というように分けられるようです。それは、たとえ本当にその人がオフィス勤務・自宅勤務でなくても、ということです。

 自宅勤務型の人は、仕事に関する規則が少なくても気にせず徹夜で働いてしまったりする傾向があり、孤独でもサポートが少なくても同僚との共同作業が少なくても気にしない、ややエキセントリックな仕事の仕方を好むのだそうです。当然予想されることですが、自宅勤務型の人は本当に自宅勤務しているのが幸せで、インターネット上で実施された「あなたの性格は自宅勤務とオフィス勤務のどちらに向いていますか」という無料診断によれば、マッチングがうまく行っている場合は43%の人が仕事が大好きだと言っています。しかし、自宅勤務型の人がオフィスに通って働かなければならない場合、その幸福感が激減して仕事が大好きだという人はわずか24%です。

 一方でオフィス勤務型の人は、オフィス勤務と関連づけられることの多い同僚との関係や一貫性、良識的な仕事量や明確に定義された期待値など、しっかり管理された仕事の仕方を好むそうです。驚きなのは、オフィス勤務型の人が自宅勤務をするアンマッチが起きていても、31%は仕事が大好きと答えるということです。つまり、自宅勤務型の人にオフィス勤務をさせるより、オフィス勤務型の人に自宅勤務をさせた方がいい、ということなのです。これらのデータの元になったオンライン診断では、「あなたは規則や明確に定義された期待値があるのが好きですか。それとも厳密な規則に縛られない方が好きですか」という質問があり、自宅勤務型の人がオフィスでの規則や制約に適応しようとするより、オフィス勤務型の人が自宅勤務の自由さや規則の少なさに適応する方が敷居が低いということだったそうです。

 また驚きだったのは、オフィス勤務型の人で実際にオフィス勤務しているというマッチングが成立しているにもかかわらず、仕事が大好きだと回答したのはわずか19%だったそうで、実は人の性格や働き方の好みなどに関係なく、オフィス勤務には仕事が嫌いになる何かがあるようなのです。

 例えば元記事で挙げられている仮説は、多くのマネージャーはマネージメントが下手なので、彼らはしばしば細かい管理を行おうとすることが挙げられています。従業員の周りをうろうろ歩きまわってどうでもいいような細かい質問を浴びたりして、従業員から自主性(そしてエンゲージメント)を奪ってしまうというのです。ちょっとマネージャー職の人には気の毒な仮説ですが、本当にマネージメントの知識を持ってマネージャー職にある人が少ないためであると付け加えられています。日本でも、管理職と呼ばれる人で本当にマネージメントを体系だって勉強した人がどの程度いるのか分かりませんが、マネージャーはすべからくマネージメントの素人だという笑えない事実があるかもしれませんね。そして、自宅勤務をしていれば、そうした細かい管理の多くを回避することができるため、自宅勤務型の人はもとよりオフィス勤務型の人にとっても、オフィス環境で細かく管理しようとするマネージャーの存在が自主性・エンゲージメントを奪われるガンになっているという皮肉な現象のようです。

 それならみんな自宅勤務にしてしまえばいいという乱暴な意見もあるかもしれませんが、現実的な落とし所として、オフィス環境にも自宅勤務の要素を取り込むということを考えるのがまずは良さそうです。人間は8時間座りっぱなしでパソコンに向かうよりも、短時間で集中して作業を行い、途中に休憩や立ったり歩いたりする機会を挟む働き方の方が向いていますので、作業ばかりの日を作らず適度に会議や息抜きのミーティングがあるのは、いい効果があるかもしれません(もしかしたらよく槍玉に上がる「無駄な会議」の存在意義はそんなところにあるのかも)。デスクに個人的なアイテムを置いて自宅の雰囲気を出すのもいいでしょう。マネージャーは、思い切って「マネージメントしない」というくらいの気持ちで過度な管理を防止するよう肝に命じて部下に接するようにすることで、オフィス勤務と自宅勤務の現実的ないいとこ取りが臨めるかもしれませんね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月26日月曜日

優秀な従業員に捨てられるのはこんな企業、改めるべき8つの慣習 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

優秀な従業員に捨てられるのはこんな企業、改めるべき8つの慣習 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン):

 今回の元記事は、Travis Bradberry氏による優秀な従業員が離れていく企業の特徴についての寄稿記事を木内涼子氏が編集したものです。最近はだいぶ減ったとはいえ、まだまだ日本では終身雇用制が幅を聞かせている業界も多いと思います。かくいう自分が勤める電機メーカーなども、終身雇用の崩壊を途中での切り離しに都合のいい言い訳として利用しているくらいで、本当の意味での人材の流動化に対応しているとは言い難いのが現状です。

 日本とは逆ですが、アメリカでは企業が優秀な従業員に長期にわたって勤続してもらうことはなかなか難しいのだそうです。企業側が誤った態度を取れば、優秀な社員たちは多くの選択肢を持っているため、彼らが真っ先にやめていくことになります(そして使い物にならない社員だけが残ってしまいます)。コンサルティング会社CEBの調査によれば、エース級とされている優秀な従業員の常に約3分の1は、自社に対するエンゲージメント(自発的な貢献意欲)を失ってしまい次の仕事を探しているのだそうです。彼らは突然に勤め先を見捨てるのではなく、徐々に仕事に対するやりがいを失っていくものだそうで、その様子はブラックアウト(停電)に対する「ブラウンアウト(電圧低下)」と呼ばれているのだそうです。

 元記事では、企業が自社に郵趣な従業員を引き止めておくためにやってはならないことを、次の8項目にまとめています。
(1) 幾つものばかげた規則をつくる
 不要なルールは優秀な人たちを不快にさせてしまう可能性がり、信用されていないと感じれば、彼らは別の職場を探し始めます。
(2) 全員平等に扱う
 学校では有効な方法ですが、会社では業績トップの従業員らに対して無能な従業員と同じなのだと伝えているのに等しく、優秀な人ほど自分を評価してくれる環境へ移っていくでしょう。
(3)低調なパフォーマンスを放置
 例えばジャズバンドの場合、演奏が一番下手な奏者がバンド全体のレベルと評価されます。上手な人は、割りを食って自分も低く評価されることを極めて嫌う傾向にあるようです。
(4)部下の業績を認めない
 部下を持つ管理職は、何が彼らに満足感を与えるのかを把握して、しっかり見返りを与える必要があります。
(5)部下のことを気にかけない
 退職する人たちの半数以上は、上司との関係が原因で仕事を辞めているそうです。
(6)将来の展望を示さない
 優秀な従業員は、仕事に「意味」を見出そうとします。何のために働いているかが分からなければ、彼らは疎外されていると感じて離れていきます。
(7)従業員の関心事を無視する
 グーグルは従業員に対して「自分が最も会社の利益になると思うこと」に勤務時間の20%以上を充てるよう義務付けています。その結果、従業員は自社に強い愛着を持つようになったそうです。
(8)楽しい職場にしない
 従業員たちが「職場が楽しくない」と感じているなら、その企業は何かを間違えています。

 いくつかの項目は、そのまま日本で当てはめるには極端かもと思うものもありますが、自分が共通して感じるのは「士は己を知る者の為に死す」という故事です。中国の「史記・刺客伝」によれば、戦国時代に晋の予譲という人がいました。子譲がかつて仕えていた恩人である知伯の仇を討つときに言ったとされるのが「士は己を知る者の為に死し、女は己を説ぶ者のために容つくる、今、智伯は我を知る」という言葉です。立派な男子は自分の真価をよく知ってくれて認めてくれた人のためなら死んでもよいと思うもの、女性は自分がそばにいると喜んでくれるような人のために化粧するものだ、という意味です。企業内のマネージメントを考えた場合、自分の仕事や役割において力が認められ、生かされていると感じられるかどうかということが重要なんだと思います。従業員が企業を離れていくとき、それは上司から離れてくのだと言われています。企業の風土が、とか、仕事のやりがいが、とか、離職・転職の理由をもっともらしく言ってはいますが、実のところ「上司が自分を認めてくれていると感じられない」というのが、人が企業を離れていく最大の理由なんだと思います。そうならば逆に、部下を信用してその仕事ぶりをしっかり認めてあげる。たったそれだけで、「己を知る者の為に死す」という気持ちにさせることができるのではないかと思います。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

官僚主義はなくなるどころか、かつてなく強化されている | HBR.ORG翻訳マネジメント記事|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

官僚主義はなくなるどころか、かつてなく強化されている | HBR.ORG翻訳マネジメント記事|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回の元記事は、ゲイリー・ハメル氏とミケレ・ザニーニ氏による6月5日付の記事を日本語翻訳したものです。米国でのことではありますが、お二人は「管理職の増加」に官僚主義の増大を見て取れると警鐘を鳴らし、この現象は組織と経済にとって「ガン」であるとすら述べています。

 1988年、日本でも大流行のピーター・ドラッカー氏は「ハーバード・ビジネス・レビュー」への寄稿論文の中で「今後20年のうちに、一般的な組織では管理階層の数は半分に減り、管理職の数は3分の1に縮小するだろう」と予測しましたが、現実にはそうはならずむしろ逆の様相さえ呈しているようです。1983年から2014年の間に、米国の労働人口に占めるマネジャー・監督者・事務管理スタッフの数は90%も増大している一方で、他の職種における雇用者数の伸びは40%未満ということですので、相対的にマネジャー・監督者・事務管理スタッフが増加していると言えます。また、同様の傾向は米国だけの特殊事情ではなく、英国でもマネジャーの割合は、2001年の12.9%から2015年には16%と増加しているのだそうです。医療や高等教育などの部門では、官僚層の拡大はさらに急激で、例えばカリフォルニア大学群では、教職員1人につき1.2人の事務職員というかつてない比率になっているのだとか。

 これが対岸の火事とならないのが、実は自分が所属している会社なのですが、極めて小さい視点で自分の部だけを見ても、部長職が3人・課長職が10人・係長職以下が12人と、何やらおかしな人数構成になってしまっています。自分の会社では部長・課長の主な仕事はもっと上の人から予算を取ってくることなので、実質半数以上の人は顧客の方ではなく社内の上の方を向いてるという末期的症状なのです。上の人からこれをやれと言われても、その仕事の振り先となる部下がいないのですから、必然的に課長クラスでも部長クラスでもプレイイングマネージャーが望まれることになります。結果的にプレイヤーとプレイイングマネージャーばかりという状況になり、むしろ逆に管理されていない状態に陥ってるという残念な状況です。

 自分の愚痴はその辺にしておいて、もっと高い視点を持っているCEOもその多くは自社が官僚主義に陥ることを嘆いていますが、官僚主義の打破に成功したと宣言する人はほとんどいません。たとえば管理階層の削減、本部スタッフの削減、面倒なプロセスの簡素化など、小規模での対策は行われますがすぐに元通りになってしまうのが実情のようです。世界はますます複雑化しているのだから、官僚主義の増大はやむを得ない、という人もいます。グローバル化・デジタル化・社会的責任というように次々と新たな課題が出てくるのに対して、それぞれ専門の幹部を充てないとどうするのかというわけです。こういった考え方によって、新たな経営幹部職(チーフオフィサー)が次々に生み出されています。最高アナリティクス責任者・最高コラボレーション責任者・最高顧客責任者・最高デジタル責任者・最高倫理責任者・最高学習責任者・最高サステナビリティ責任者...なんと最高幸福責任者というのも存在しているのだそうです。最高○○責任者の数の爆発は、とどまるところを知らないようです。

 しかし、ゲイリー・ハメル氏とミケレ・ザニーニ氏の研究からは、官僚主義は不可欠ではないことが示されているそうです。官僚主義というのは、複雑化した世界でビジネスを行うための必要悪ではないのです。むしろ官僚主義は、経済の生産性と組織の再起力を徐々にむしばむ「ガン」であるとさえ宣言しています。ただ、元記事では官僚主義が悪いとのみ指摘していますが、それを具体的に解決する方法は示されていません。それはそうでしょう、そんな銀の弾丸があるのならどの会社も官僚主義には陥っていないでしょう。冷静に考えれば、管理監督する人が多くて管理監督される人が少ないというのは、明らかにおかしいのです。船頭多くしてなんとやらは、日本でも昔から言われていることです。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

iPhone 7でふたたび注目を浴びる「FeliCa(フェリカ)」とは? | 知っておきたいICT用語を解説 | ICT用語辞典 | 明日をちょこっとHAPPY!にするデジカル系情報マガジン TIME&SPACE(タイムアンドスペース)

iPhone 7でふたたび注目を浴びる「FeliCa(フェリカ)」とは? | 知っておきたいICT用語を解説 | ICT用語辞典 | 明日をちょこっとHAPPY!にするデジカル系情報マガジン TIME&SPACE(タイムアンドスペース):

 今回の元記事は、太田穣氏によるFeliCaの解説記事です。iPhone7で交通系カードSuiCaに対応したというので、再び脚光を浴びているFeliCaですが、その仕組みについて元記事は分かりやすく解説してくれています。自分はiPhone6を使っているので、SuiCa機能だけ使いたい場合はAppleWatch2が一番相互補完性の高いデバイスかなと思っているところです。

 まず、FeliCaの技術が使われているカードにはどう言ったものがあるのでしょうか。元記事でも挙げられている代表的カードは
 ・Suica、PASMO、ICOCAなどの交通系ICカード
 ・楽天Edy、nanaco、WAONなどのプリペイド型電子マネー
 ・QUICPay(クイックペイ)、iDなどの後払い方式の電子マネー
などがあります。皆さんもこれらのうちどれか1つは使ったことがあるのではないかと思います。FaliCaは「ICカードと瞬時に情報をやりとりする無線通信システム」の技術の1つです。そのFeliCaテクノロジーが今回iPhone7やAppleWatch2に組み込まれたというわけです。これらのカード類は同じFeliCaプラットフォームを使いながら、その上位アプリケーション同士は互換性が内容になっていることに注意が必要です。つまり、iPhone7がSuiCaに対応したからと言って、同じFeliCaなんだからQUICPayやnanacoも対応しているというわけではないのです。ただし、アンテナやチップレベルは同じものが使用できるため、iPhone7やAppleWatch2を持っていれば、Appleが後から他のカードへ対応したときにアプリの更新だけで対応できるというわけです。

 では、次にFeliCaの仕組みはどうなっているのでしょうか。カード側(iPhone7やAppleWatch2側)には、専用のアンテナと専用のICチップが入っており、一方でリーダー/ライターと呼ばれる、例えば交通系なら自動改札機にコントロールボードという電子回路基板とアンテナが入っています。そして、かざした「ICカード」とかざされた「リーダー/ライター」との間で高速無線通信が行われるのです。1つ面白いのは、ICカード側に電源が積まれていないということです。電源なしでどうやって通信するのかというと、実はリーダー/ライター側が電源につながっていて、そこから絶えず電磁波を出し磁界を形成しているのです。リーダー/ライターにICカードを近づけたとき、その磁界が持つ磁束の量が変化することでICカード内に電流を発生させるのです。そう、昔習った(習ったことがないですって?)、ファラデーの法則による「電磁誘導」によって発生する電気を使って通信しているというわけです。

 そして、FeliCaのテクノロジーのキモは、なんと言ってもそのスピードです。ICカード内のデータを読み取り(例えば交通系カードの場合の残高)、そしてICカードに再び書き込む(乗車区間分の運賃を引いた残高)のに必要な時間がわずか0.1秒なのです。電磁誘導によってICに電源が供給されるのはごくわずかな時間で、その間に瞬時にデータ交換がおこなわれ、しかも情報が盗まれたり間違われたりしないように、いちいち暗号化もされるという超高速の処理速度。このスピードこそが、日本においてFeliCaが他のRFID(Radio Frequency IDentifier)技術から頭ひとつ抜け出している技術的な優位点なのです。例えば、最近ですとオフィスの入退室や場合によってはマンションや家の鍵もICカードで開け閉めするところがありますが、その場合はカードをかざして0.3秒かかったとしてもあまり問題になりません。しかし日本の電車は、朝夕のラッシュ時に次から次へとお客さんが改札機を通ります。そのとき、ICカードの読み取り・書き込みに時間がかかって通過するお客さんの足を一瞬でも止めてしまうと、そこに大行列ができてしまう(高速道路の渋滞も、1台がちょっとブレーキを踏んだことがきっかけで次々と後続車がブレーキを踏み、やがて渋滞に発展する場合があるそうです)ので、FeliCaのスピードは何よりの命綱なのです。一方で、FeliCaが他のRFID技術より劣っているのが非接触通信できる距離、つまり他のテクノロジーが使われているカードよりもリーダー/ライターに近づけないといけないのです。しかし、JRはSuiCaを「かざす」のではなく「タッチ」するという言い方で使い方を徹底することを広く知らしめ、FeliCaの非接触通信距離の弱点をカバーしたのです。SuiCaをはじめとした交通系を押さえたFeliCaは、その後電子決済系などへ勢力を伸ばして現在に至っています。おサイフケータイは、このFeliCaのICカードの中に入っているICチップを、携帯端末の中に組み込んだもので、Suicaカードと同じように自動改札機の上に携帯端末をかざすだけで電車に乗れるのです。

 FeliCaのように、10cmほどの短い距離間で無線通信しあうテクノロジーをNFC(近距離無線通信技術)と呼びますが、ヨーロッパやアメリカではFeliCaではなく「Mifare(マイフェア)」というテクノロジーが主流です。従来のApplePay機能もこのMifareのみの対応でしたが、日本のマーケットを重く見たAppleは、iPhone7とAppleWatch2に日本で主流のFeliCaを搭載してきました。Androidと比べたときのiPhoneの弱点とされてきたおサイフケータイですが、その弱点を補ってきたことにより、FeliCa機能だけでもiPhone7・AppleWatch2、とりわけ自分はAppleWatch2が「買い」かなと思います。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

IT・通信業 ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月25日日曜日

需要No. 1言語はどれ? 2016年度人気プログラミング言語を徹底比較 | ReadWrite[日本版]

需要No. 1言語はどれ? 2016年度人気プログラミング言語を徹底比較 | ReadWrite[日本版]:

 今回の元記事は、Codementorのブログ記事の日本語翻訳版です。久しぶりに自分の本拠地というか、プログラマー寄りの話題です。米国労働統計局では、2012年から2022年にかけてソフトウェア開発に関する求人は22%増加すると見込まれており、ソフトウェア開発者の平均年収は2014年時点で95,510ドル(約965万円)だったそうです。残念ながら日本ではこの年収を得られているソフトウェア開発者は少ないと思いますが、本来はこのくらいは収入が得られる、それくらプロフェッショナルな職業のはずなのです。さて、元記事の話題はプログラム言語について、言語別の給与・需要・将来性について比較されており、これからこのフロンティアへ足を踏み込もうとする若い人に参考にしてもらいたいと思います。

 まず「動的型付言語」と言われる、JavaScript・Ruby・Python・PHPです。Web画面などフロントエンドの見えやすいところで使用され、「動的」と言われるように型の定義がルーズでコード量も少なく文法も簡単なので、初心者にオススメとされるケースが多いのですが、自分はこれらの言語はできれば以下に示す「静的プログラミング言語」を少なくとも1つ学んだ後にした方がいいと思っています。例えて言うなら、車の運転をするのにマニュアル車を運転できる人はオートマ車に比較的容易に移行できますが、その逆は難しい(もちろんAT限定の免許ではダメで、MTも乗れる免許が必要ということもありますが)ということです。そんな動的プログラミング言語の中で、自分は決していい言語とは思わないのですがWeb画面を作るには避けて通れないJavaScriptはマストかもしれません。あとは個人的には、Pythonもこれから伸びそうなので、今後覚えるといいかもしれません。ただ、JavaScriptはそれ自体を生で使用することはほとんどなく、さらにライブラリやフレームワークの知識が必要になることが多いのと、ブラウザごとに動作が異なることが今だにあって、いつまでたってもこれでJavaScriptは完璧だとは言えない気がします。

 次に「静的型付言語」で、Java・C・Objective-C/Swift(iOS向け)・C++・C#ですが、動的型付言語に比べて厳格な型指定が必要だったり、それなりのコード量とそこそこ難しい文法を覚悟する必要があります。しかし裏を返せば、それだけ厳格であるがゆえに、安定稼働と保守性が重要視される大規模なシステムを作る場合はほとんど「静的型付言語」で作られると言えるのではないかと思います。バックエンドで使用されることが多く、フロントエンドが短い周期でスクラッチ開発が行われるのに対して、継続的な開発で「秘伝のたれ」のごとく継ぎ足し継ぎ足し開発されることが多いと思います。自分はまず1つは静的型付言語を覚えるのがいいと思っており、中でもオススメはJavaです。Javaはオブジェクト指向言語の側面を持った比較的「綺麗な」言語ですし、最近はラムダ式などJavaScript的なクロージャを備えるなど、他の言語を覚えるときにもまずJavaを知っていると有利だと思います。実は、まずCを覚えよという開発者も多いのですが、Cで大規模プログラムを書くということは「歩いてでも東京から大阪へ行ける」と言っているようなもので、文明の利器である自動車や新幹線を使えないと実際には厳しいと思います。あとは、プログラム言語といいうのではないのですが、リレーショナルデータベース用の問合せ言語であるSQL(Structured Query Language)は、覚えておいて損はないでしょう。

 次に、ちょっと下世話な話ですが、どの言語が一番「稼げる」のかという問題ですが、indeed.comによる給与統計によると、1番はSwift、続いてJava・Ruby・ Python・C++・Cも決して悪くない選択であることが判明した。プログラマーとして稼ぐことだけ考えるなら、JavaScript・C#・SQL・PHPはオススメできないことになります。求人のトレンドについては、C、SQL、JavaおよびJavaScriptには多くの求人があり、C#・C++・Pythonも需要があるようです。

 最後に各プログラミング言語の将来性についてですが、JavaScriptはフロントエンドで不動の地位を築いていることもあり、将来においても重要な言語であり続けると予想される。次にRubyですが、スタートアップは「Ruby on Rails」を好むため、初心者プログラマーにとって人気であり続けると考えられる。Googleの「Go」もまた、新たに注目を集め始めているバックエンド言語で、自分も最近ちょっと気になって教科書レベルの参考書を買ってみたところです。Pythonは、研究機関とデータサイエンス分野では高い需要があり、AIやディープラーニングなど将来性のある話題の技術に適しています。Javaはバックエンド開発において優れたツールを持っていて、企業の開発に不可欠なものですので、今後もしばらくは重要な言語の1つとして力を持ち続けると思われます。Objective-C/SwiftはApple社の動向に依存します。iPhoneやiPadなどApple製品が人気のあるうちは、重要な言語であり続けるでしょう。

 ここに挙げたプログラム言語だけでもかなりの数があり、ここに挙げなかったが元記事では言及されている言語、言及されていないが特定の分野では強さを持っている言語など、プログラム言語は非常に多くが溢れています。元記事の中で結論とされているのは、まずWeb開発でフロントエンド(画面そのもの)に関わるならばJavaScriptはマストです。Web開発の中でもバックエンドの開発をしたいのなら、SQLは必須でしょう。データサイエンスに関心があるのなら、Pythonがオススメ。企業で働くのならJavaは覚えておいて損はありません。自分もこの結論は納得ですが、あえて付け加えるなら最初はJavaを覚えるのがいいと思います。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

プログラマー ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

なぜ商談は決裂するのか? 交渉学の産みの親に学ぶ、三方よしの対話力 - ログミー

なぜ商談は決裂するのか? 交渉学の産みの親に学ぶ、三方よしの対話力 - ログミー:

 今回の元記事は、慶應義塾大学法学部教授・田村次朗氏による『「三方よし」の対話力 問題解決のための戦略的交渉学入門』という講演です。田村氏の講演では、交渉学の生みの親と呼ばれ田村氏自身が師事した、ハーバード大学教授・ロジャー・フィッシャー氏の「賢明な合意」と呼ばれる考え方・フレームワークが紹介されています。

 「賢明な合意」のポイントは、交渉ごとは双方の正当な要望のぶつかり合いなわけですから、相手の要望を可能なかぎり満足させ、「社会全体の利益を考慮に入れた解決」を目指すということです。この考えは、実は近江商人の「三方よし」が言っていることとほとんど同じなのです。売り手よし・買い手よし・世間よしの「三方よし」。注意しなければなりませんが、フィッシャー教授とその弟子たちがこういう交渉のほうが持続可能でいい交渉だと教えてますが、世界において、特に欧米でそれができる人たちは実際はごく一部でむしろ日本人のほうが昔から「三方よし」が染み付いているのです。「三方よし」の元になっているのは「信頼」と言われています。交渉といえば海千山千のネゴシエーターが机の上の戦争のごとく論戦を戦わせて相手を打ち負かす駆け引きのテクニックをイメージしがちですが、ハーバードの教授が教える究極の交渉は、なんとも日本的な「信頼」を重要視したものなのです。

 元記事ではその「賢明な合意」に至るための方法論が「原則立脚型交渉の4原則」と言われています。4つの原則は次のようなものです。
(1)人と問題を分離する
 相手の人と交渉してるのではなく問題と交渉しているのだ、という意識を持ちなさいということです。交渉がヒートアップすると、理不尽なことを言う相手に腹が立つことがあると思います。しかし相手がそういうことを言うのはその立場にあるからであって、その人のその内容が問題だとして内容に対して攻撃する。相手の人とは友好的な関係を保ったまま内容を攻めるのです。「あなたたちの論理はまったくなってない。よくそんなことが言えたもんだな」とはひと言も言わないのです。「なかなかすばらしい。だけど、内容をよく見るとこうだ」と言って内容を攻めるわけです。
(2)立場から利害へ
 これは売り手や買い手という立場にこだわるのではなくて、利害に焦点を合わせてくださいということです。「お互いの利害がどこにあるんですか?」ということを言うことによって、交渉はやっとお互いに建設的な対話に進むというのがポイントです。そうしなければ、もうこの値段で買うのか買わないのか早く決めてよという「二分法」に陥ってしまいまう。
(3)選択肢
 お互いに利害を出してきたら、次には選択肢をお互いに出そうと。いろんな選択肢を出して話し合っていれば、お互いに見えてくるものがある。それを出しましょうということです。
(4)客観的基準
 最後は、自分にとって都合のいい誘導をしているんじゃないですよ、客観的基準に基づいても私の言ってることは納得感ありますよね、と言えることが大切です。少なくともそう言えるだけの根拠を示すことで、たとえこちらに有利な落とし所であっても、相手を納得させることができるでしょう。

 この4原則に田村氏は「準備の重要性」を加えたいそうです。交渉前に検討すべき要素を整理した上で交渉に臨むのが大切です。その事前準備の5ステップは次のようなものです。
(1)状況を把握する
(2)ミッションを考える
(3)ターゲッティング(定量的な条件設定)
(4)創造的選択肢(訂正的な条件、提案)
(5)BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement、合意できない場合の代替案)

 まずは、ミッションと交渉決裂時の代替案について考えます。「いくらで交渉だ」ではなくて「なぜ交渉するのか?」を考えるのです。そして、BATNAと呼ばれる決裂時の代替案を考える。交渉という大きな物事の境界を抑える、あるいは最初と最後を定義するというイメージでしょうか。日本の交渉者は信頼とか誠意を大切にするので、逆に決裂したときにどうするかをあまり考えていないケースが多いそうです。しかし、決裂時の準備ができていると交渉が怖くなくなるのです。「あなたが前向きに臨んでくれないなら、駆け引きしか望んでいないなら、あなたの競争相手のところに行くことにしますね」という、これから臨む交渉のゴールの対局にあるものをまず用意するのです。そして、大きく「大局がなんなのか?」を位置づけてから、自分の金額と条件を考えます。「とりあえず1,000万円と言っておこうかな。どうせ交渉で900万円になるんだろう」という思いは交渉者をダメにします。1,000万円の理由が説明できる交渉の準備をしなければなりません。

 交渉ごとでなくても、最悪のケースをイメージしておいてコトに臨むというのは自分はよくやります。例えばテストの点数が80点くらい取れているだろうと思わず、50点かもしれないとそれ以下はないだろうというくらいに低めに見積もります。そうして戻ってきた点数を見たときに70点でも、思ったよりはマシだったと思うという作戦です。日常生活ではそういう「予防線を張る」ことはよくやっているのですが、いざ交渉ごとになると、80点いや85点くらい取れるかもと、「取らぬ狸の皮算用」をしてしまいがちです。田村氏が言われているのは、「取らぬ狸」がダメで「予防線」がよいという悲観論ではなく、両方を85点と50点の両方をしっかり準備して臨み、その間で交渉を進める。そうであれば、たとえ70点でもコントロールされた70点なので、Win-Winの交渉結果となるだろうということだと思います。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月24日土曜日

「若者の○○離れ」批判は根本からズレている | ファッション・トレンド | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

「若者の○○離れ」批判は根本からズレている | ファッション・トレンド | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準:

 今回の元記事は、吉田将英氏による「若者の○○離れ」という言葉についての見解記事です。最近メディアでもよく見るようになった「若者の○○離れ」という言葉ですが、活字、テレビ、映画、クルマなど、実にさまざまなものから若者が離れているように感じられます。しかし、一体当の若者どうなのでしょうか。自分ももう若者カテゴリーから離れてずいぶん経つので、今ドキの若者がどう考えているのかは興味のあるところです。

 吉田氏によると、若者本人は離れていっているつもりは全くない、むしろ世の中や大人の側が離れていっているように見えていると述べられています。つまり、「若者の○○離れ」の背景には、多くの場合次のような「時代との前提の変化」があって、若者が離れているのでなく、どちらかといえば社会が大人が離れて行っているのだと。

 まず1つ目は「少子化」です。「かつての若者世代」よりも「今の若者世代」のほうが人口ボリュームが少なくなっていますので、一人当たりの消費が過去と同等だとしても、市場規模は小さくなります。単純に人数が減っているので、消費量も少なくなるというものです。

 2つ目は「商品やサービスの革新」。ちょっと例えが適当ではないのですが「若者の電話離れ」と言ったとしましょう。しかしそれは、親しい人とだらだらとコミュニケーションする行為は昔も今も同じですが、その手段が技術革新によって電話からSNSなどへカタチを変えているにすぎません。使用する手段やサービスが変わっただけなのに「若者の○○離れ」と考えてしまうのは、その手段やサービスを供給する側の都合であって、若者が使う道具が変わっただけということです。従来より技術革新のスピードが格段に上がっているので、供給側が追いつかずにあっという間に時代遅れになってしまっているということです。

 3つ目は「おカネの若者離れ」。例えば「若者のクルマ離れ」と言われた時、ネット上で最もよくみる若者本人たちの言い分が「買わないんじゃなくて買えないんだ」ということです。非正規雇用の増加、可処分所得は右肩下がり、そんな状態ではバブル時代に若者だった世代のようにじゃんじゃんお金を使うわけにはどうしたって行きません。。

 4つ目は「フリーミアム&シェアリングエコノミー」。基本的な部分はタダでできること・所有せず共有で可能なこと、は日に日に拡大していて、行動や熱狂に比例して消費金額に反映されません。ビジネスモデルそのものが、価値の最終受給者から代金を徴収しないモデルに変わりつつあるので、消費金額が減っていることを見て離れていることにはならないというわけです。

 そして最後に「消費や生活の選択肢・情報量の激増」です。自分たちが若者の頃に比べて今ドキの若者はやることが膨大に増えたので、1つ1つの存在感が下がってしまったということです。供給側は以前と変わらない声の大きさで呼びかけていても、生まれた時からインターネットがあった若者にすればその声が多くの声に紛れてしまって聞こえにくいのは当たり前です。

 「若者の○○離れ」の正体見たりといったところですが、5つの正体の根底には「前提の変化」が共通的に横たわっています。前提が違えば、結果が違ってくるのも当然と言えば当然ですよね。それなのに「かつての当たり前」を前提にして、「これからの当たり前」を前提にした今の若者を理解しようとしても無理が出てきているというわけです。確かに自分達がまだ若者だった時も、大人には今ドキの若者は理解できないと言われたものでした。その頃も自分たちには自分たちの前提から考えると当然の行動をしているのであって、大人もその前提を理解さえすれば結論を理解できるはずだと思っていました。前提を理解しないから、結論を見た時に突拍子もなく見えてしまうのだと。技術革新によって世の中の流れは格段に早くなっているので、その頃以上に大人の前提が若者の前提から取り残されているということなのでしょうね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

アメリカ人、差別批判が怖くてうかつに口を開けず エスカレートする「ポリティカルコレクトネス」に四苦八苦 | JBpress(日本ビジネスプレス)

アメリカ人、差別批判が怖くてうかつに口を開けず エスカレートする「ポリティカルコレクトネス」に四苦八苦 | JBpress(日本ビジネスプレス):

 今回の元記事は、老田章彦氏によるアメリカで見られる、行き過ぎたポリティカルコレクトネスに関するレポート記事です。

 昨年カリフォルニア大学のナポリターノ学長がすべての教員に向けて発した通達が、世間を驚かせました。それは「アメリカは機会の土地だ」(America is the land of opportunity.)という表現を口にしないこと、というものです。これはアメリカ人が誇りにしてきた、頑張る人にはチャンスが与えられるという意味で、日本人が言うアメリカンドリームなどと同系統の言葉です。この言葉を口にしてはいけないという根拠は、この言葉は「有色人種は怠け者で能力が低いから、より努力する必要があることを暗示」するもので人種差別につながるリスクがあるからということです。また、アメリカでは様々な人種・民族が共存するという意味の「アメリカは人種のるつぼ」(America is a melting pot)とか「人類はひとつ」(There is only one race on this planet, the human race)も禁句とされました。これらは、個々の人種・民族が培ってきた文化の軽視につながりかねないため、授業はもとより学生たちとの雑談においても使用してはならないのだそうです。

 なんとも驚くばかりの気の遣いようですが、これが行き過ぎが懸念されている「ポリティカルコレクトネス」なのです。直訳すれば「政治的な正しさ」ですが、ここでは対人関係において相手の人種・性別・宗教などに十分に配慮して、中立を保つことという理解の方が適しています。教養のある人ほどそうした気遣いが顕著で、彼らはたとえば白人同士であっても「ステレオタイプな人種観」に結びつきそうな言葉を慎重に避けて会話をするのです。アメリカでは、アフリカ系・ヒスパニック系・アジア系・ユダヤ系など、配慮すべき対象は多く、例えば、倹約家のことを「彼は○○○人だからね」などと言うのもアウトで、出かかった言葉をあわてて飲み込んで別の「適切な」言葉を探さなければならないとされました。

 他にも、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のバル・ラスト名誉教授が、大学院生のレポートを添削して綴りや文法のミスを訂正したところ、学生から強い抗議の声が上がったということがあったのだそうです。学生たちは、自分たちが書いた綴りや文法は誤りなどではなく、自分たちの思想を反映した独自の表現だと主張したのです。黒人同士が会話するときは独特な英語が使われ、ブラックイングリッシュと呼ばれます。例えば「彼は何もしなかった」という場合に、自分が教わった英語では「He didn't do anything.」なのですが、ブラックイングリッシュでは「He didn't do nothing.」と二重否定にして使います。ブラックイングリッシュは黒人音楽や文学を通して独自の文化を表現し、若い世代でも強烈な民族的プライドが育っています。学生たちは、民族文化である文章表現を否定して文法ミスとみなす教授の態度はもってのほかで、「学内にはびこる人種差別的な空気」を象徴するものだと主張しました。

 自分は日本人だからなのか、たくさんの民族がひしめき合ってそれぞれに配慮が必要なアメリカの事情がいまいちピンときません。しかし、それでもこれら元記事で挙げられている例は「行き過ぎ」ではないかと思います。常に気を使った表現を探さなくてはならず、先生がおちおち生徒の文法ミスの訂正もできない社会。この元記事を読んで、ちょっと思い出したことがあるので脱線しますが、自分は子供のころ映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が大好きだったのです。昨年2015年はこの映画の中で、1985年から主人公がやってきた未来の年だったことで話題になりました。それで自分は久しぶりに懐かしいDVDを見たのですが、過去の西部へタイムトラベルした主人公が明らかに「Indian!」と叫んでいるにもかかわらず「ネイティブアメリカンだ!」という字幕が付いていたことに強い違和感を感じました。おそらく当時はそのまま「インディアンだ!」という翻訳が当てられていたと思うのですが、この表現は差別的ということで変更されたのかなと思いました。

 老田氏は、人種・民族をめぐる「ポリティカルコレクトネス」が行き過ぎる理由は2つあると指定しています。1つ目は奴隷制への贖罪意識と間違いを繰り返してはいけないという自己規制。そしてもう1つは、多民族国家で誰もが居心地よく暮らせるようにするための譲り合いの心です。

 しかし、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校が行った「適切なことば?」(Just Words?)というキャンペーンによれば、「ポリティカルコレクトネス」という言葉そのものがすでにポリティカリーコレクトではなく、人々に不適切な表現を駆逐するよう迫ってくる攻撃的な言葉になっているとされています。言葉は生き物なので、以前はポリティカリーコレクトだった言葉が、そのうちポリティカリーコレクトでないと非難を浴びることも起きてくるでしょう。言葉の持つニュアンスについて常にアンテナを張り続け「ポリティカルコレクトネス」を外さないようにするのは、もはや苦行でしかないのではないかと思います。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月23日金曜日

学者、どちらの両親から子どもが知性を受け継ぐか明らかにする

学者、どちらの両親から子どもが知性を受け継ぐか明らかにする:

 今回の元記事はなかなか衝撃的なもので、グローバルニュースが報じたところによりますと、「知的能力は父ではなく母から受け継がれる」ことが分かったそうです。ある遺伝子の働きは、その遺伝子を送った親の性別に依存するメカニズムがあるためだそうです。

 染色体と性別の関係については、一般的にはX染色体とY染色体をそれぞれ1つずつ有する「XY型」は男性、X染色体を2つ有する「XX型」は女性として発育します。そして、人のIQは、男性・女性ともが持つX染色体と関係する遺伝子がつかさどります。さらに、心理学者ジェニファー・デルガド氏によると、いくつかの遺伝子は母から子に受け継がれたときにのみ機能するのだそうで、もしその遺伝子の持ち主が父ならばその遺伝子の働きは「オフに」なるといいます。

 研究結果によりますと、父親の遺伝子を持つ細胞が蓄積されるのは大脳辺縁系だそうです。大脳辺縁系は大脳の奥深くにあり、情動の表出・意欲、そして記憶や自律神経活動に関与しています。たくましく生きるための生の営みを担っていて、個体維持・種族保存といった基本的な生命活動や本能行動・情動行動を起こさせるもとになっています。大脳辺縁系に属する海馬と扁桃体は、それぞれ記憶の形成と情動の発現に大きな役割を果たしていると言われています。そして、母親の遺伝子を持つ細胞が蓄積されるのは大脳皮質だそうです。大脳皮質は大脳の表面に広がる神経細胞の灰白質の薄い層で、知覚・随意運動・思考・推理・記憶など、脳の高次機能をつかさどります。つまりざっくり言うと、脳のより低次の機能は父親から受け継ぎ、より高次の機能は母親から受け継ぐということになりそうです。

 子どもの知性に関しては、研究者によって数字は違うようですが概ね遺伝的要素が7割、環境的要素が3割と言われているそうです。そして、今回の元記事の言うように、子どもの知性は父親より母親からの影響を受けやすいということであれば、非常に単純化した論理では、母親の知性が高ければ子どもの知性は高いと概ね言えることになりそうです。父親がいくら高学歴でもダメで、ポイントは母親が知性の高い女性であること。そう言ってしまっては身も蓋もありません、という話が元記事でも最後につけ加わっています。脳の働きは完全に遺伝子によって規定されるわけでもなく、米ミネソタ大学は、幼いときに母と強い感情的繋がりを持っている子どもは、2歳ですでに抽象的な思考を要する記号やシンボルといった理解が必要なゲームで遊ぶことができると説明しているそうです。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

子育てパパ ブログランキングへ


社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

なぜ、アマゾンの星評価はあてにならないのか | HBR.ORG翻訳マネジメント記事|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

なぜ、アマゾンの星評価はあてにならないのか | HBR.ORG翻訳マネジメント記事|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回の元記事は、コロラド大学のバート・デ・ランゲ氏、ドナルド・R・リクテンスタイン氏、フィル・ファーンバック氏による、ネット上でのユーザー評価がいかにあてにならないかという研究結果の記事です。自分もネットショッピングをする際は、多かれ少なかれユーザーレビューを参考にします。購入を迷っている2つの製品から最終的に1つを選ぶ場合など、機能・価格やブランドイメージだけでなく、星の数が多いかどうかも重要なファクターになっています。ネット上でショッピングする場合でなくても、レストランの口コミ評価や子供と遊びに行く遊戯施設の評価など、何かお金を使おうとする際には他のユーザーの動向も気になってしまします。

 ユーザー評価とレビューは、スマホでちょっと見てみようかというほどアクセスしやすく、あたかも客観的評価のように見えるため、消費者にはすこぶる歓迎されるのですが、一部では、オンラインレビューの出現によりブランド力や伝統的なマーケティング戦術の効果は徐々に弱まっているという意見も言われています。そして消費者は、従来のようなあやふやで主観的なブランドやマーケティングによってその意思決定をコントロールされているのではなく、自ら調査したより豊かな情報に基づいて合理的な意思決定を自らするようになっていると。

 しかし、元記事で言われているのは全く逆です。星評価に対する人々の信頼は、「妥当性の錯覚(illusion of validity)」の表れなのです。それは、不確実にもかかわらずその精度を過度に信頼してしまうということで、オンラインのユーザー評価は、製品の品質をまったく反映していない可能性があるのです。

 まず、オンラインのユーザー評価には3つの問題点があります。それは、統計、サンプリング、そして評価精度という3つの問題点です。
(1)統計上の問題
 この問題は、レビューの点数が一部のユーザーによるものという事実に起因します。星評価平均点の信頼度が高いと言えるのは、サンプル数が多くかつ評価のばらつきが小さい場合だけなのですが、残念ながら、レビューのサンプル数は統計的な議論ができないほど少ない場合もあり、ばらつきも大きくなりがちです。
(2)サンプリングの問題
 この問題は、レビューを投稿する限られた数のユーザーが、製品購入者の中から無作為に抽出されているわけではないことに起因します。極端な意見を持つ消費者ほど、レビューを投稿する傾向があり、「自慢と愚痴」バイアスといわれています。結果として、評価分布は「J字型」(大半が星5つで一部が星1つとなり中間がない)となりがちです。
(3)評価精度の問題
 製品性能を評価するには、複数の代替品を同一条件で比較検証するなどある程度科学的なアプローチがが必要ですが、レビューを投稿するユーザーはいくつもの代替品を買って試した結果を評価しているのではなく、その製品のみを使用した感情的な評価が多くなりがちです。

 これらの統計・サンプリング・評価精度という問題を前提として、ランゲ氏・リクテンスタイン氏・ファーンバック氏は、次の2つの問いに対する答えを探す研究を行なったそうです。1つ目は、星評価平均点は製品品質の指標として妥当なのかということ。そして2つ目は、消費者は星評価平均点を品質指標としてどの程度信頼しているのかということです。
(1)星評価は品質評価として妥当か
 アマゾンでの星評価平均点と「コンシューマーレポート」誌の品質評価点とがどの程度一致しているかを検証したところ、両者の一致度は極めて低く、高い評価同士が一致するのは平均してわずか57%だったそうです。これはコイン投げをわずかに上回る程度に過ぎません。
(2)消費者は星評価平均点をどの程度信頼しているのか
 前に述べた問題のように、星評価は十分なサンプル数にもとづいていない場合が多いのですが、消費者はサンプル数をまったくといってよいほど考慮しない傾向にあったそうです。実験によると、購入者は25人による評価の平均点と、200人による評価の平均点を同程度に信頼したそうです。
 そして品質が同じなら、より高額な製品・ブランド力が高い製品ほど、高い星評価を受ける傾向にあったそうです。ユーザーの評価は、古き良きマーケティング戦術の影響を強く受けているという皮肉な結果が得られました。例えば、少なくとも価格に関しては直感が誤っていて、直感では「品質が同じなら値段が高い方がユーザー評価は低い」と思いがちですが、事実は全く反対だったそうです。

 結局の所、消費者が星評価を好むのは、それがあたかも公平に見えるからです。実情はそうでないにもかかわらず、です。消費者は、製品について受け取る情報を盲目的に受け入れるわけではなく、特に相手から「説得意図」を感じる時には受け入れない傾向が高まる。セールスマンの売込みやデパートの店員に勧められた服など、自分に買わせようとしているという意図を感じ取った瞬間警戒モードに入ります。しかし口コミに代表される「他のユーザー」から得た情報に対してはガードを緩めがちで、そこは注意した方が良いということになりそうです。

'via Blog this'

人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月22日木曜日

どうして人の手は「右利き」と「左利き」 に分かれるの? - まぐまぐニュース!

どうして人の手は「右利き」と「左利き」 に分かれるの? - まぐまぐニュース!:

 今回の元記事は、助産師・看護師でありとらうべ社社長の南部洋子氏による、利き手に関するお話と子どもの利き手を強制すべきかどうかについての記事です。自分は多数派の右利きなのですが、皆さんは右利きと左利き、どちらですか?

 人間全体の約10%が左利きだそうで、つまりは圧倒的に右利きの人が多いというわけです。利き手は、箸を持つ、鉛筆を持つ、ボールを投げるなど、繊細さが必要な動作をどちらの手で行うかということで判断されますが、なかにはボールを投げるのは左手だけれども、箸を持ったり文字を書くのは右手というように動作によって使い分けている人もおり、そういう人は本来は左利きだったところ、幼い頃に親によって箸や鉛筆は持ち手を右手に矯正されたという人も多いようです。そういう場合は、矯正されていないものがその人の利き手というように判定されるそうで、ボールを投げる左手が利き手ということになります。

 ほとんどの人が右利きの中、左利きになる人もいるのはなぜなのでしょうか。その理由には諸説あるそうで、例えば胎児のうちに決まっているという説があるそうです。胎児は元々は右利きなところを、胎内での成長過程や出産時に左脳を圧迫する事態が起こると、その左脳を補おうとして右脳が活発になって左利きになるのだと考えられています。ほかにも、利き手が決まる3~4歳ころまでにどちらの手を多く使ったかによって決まるという環境説などがあります。たとえ一卵性双生児でも利き手が異なる場合もあり、今のところどの説が有力とは言い切れないそうです。

 よく知られていますが、利き手と脳にはクロスした関係があって、右手は左脳が左手は右脳が司っています。子どもの利き手は、当初は両方の手を使いながら3歳から4歳くらいにかけてだいたい決まると考えられていますが、4歳でもまだ5%ほどは利き手が決まらない子どももいるようです。成長過程で利き手が決まる背景には、脳の運動に関する機能の発達と関連があるそうで、成長することで脳の機能が発達してだんだんと利き手が決まっていくということです。子どもを持つ親としては、できるだけ多くの運動をする機会を与え、自分がどちらの手を使うのがやりやすいか学習させるのが良さそうです。

 その結果、自分の子どもが左利きだった場合には、果たして矯正すべきかどうか悩むところですね。我々の社会で便利な道具はたいてい右利き用にできているので、左利きは不便なことが多いようです。例えば、改札口で切符を入れたりICカードをタッチする部分、自動販売機のコインをいれる場所、ハサミなど右利き用にできていますので、左利きの人が使おうとするとちょっと不便ですし、文字を書くときにも左利きの人しかわからない苦労があるようです。自分の場合は子供が2人とももともと右利きでしたので、この手の悩みはなかったのですが、実は自分の母が左利きで幼い頃から左利きは不便だと聞かされてきました。利き手はその後一生ついてまわるものなので、どうせなら不便な思いをさせないに越したことはないと考えますよね。

 南部氏によると、無理に矯正させると子どもは萎縮してしまい、運動をしなくなったり神経症的な傾向がでてきたり夜尿症などが出てくる場合があるそうですので、矯正する場合でも、あまり強要せず遊びの中で右手を使う動作を増やして楽しく練習させていくよう気をつける必要があるそうです。そして、どうしても矯正させなければならないと考えるのではなく、それでも左利きになるならそれはその子の個性として受け入れるようにしなければならないそうです。

 子どもが左利きという個性を持っていたとして、左利きの人には天才型の人が多いなんて話も聞きますので、日常生活に不便なところがあってもそれを補う有利な点があるかもしれません。たとえば、東大生の2倍は左利きで、人間全体の1割程が左利きと考えると約2倍の割合ですし、ノーベル賞受賞者も左利きの割合が高いそうです。さらには、全米経済研究所に発表された論文によると、左利きのほうが右利きより約26パーセントも高い給料を稼いでいるとされています。最近5代のアメリカ大統領を見てみても、ロナルド・レーガン氏(第40代)、ジョージ・ブッシュ氏(第41代)、ビル・クリントン氏(第42代)、バラク・オバマ氏(第44代)と、ジョージ・W・ブッシュ氏を除く4人もが左利きです。子どもが日常生活で多少不便な左利きだったとしても、キラリと光る個性だとして大切にしてあげられるといいですね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

子育てパパ ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月21日水曜日

食べ物を落として「3秒ルール」は誤り、研究者が実証。床に落ちたらすぐ汚染、時間とともにバイ菌付着量も増加 - Engadget Japanese

食べ物を落として「3秒ルール」は誤り、研究者が実証。床に落ちたらすぐ汚染、時間とともにバイ菌付着量も増加 - Engadget Japanese:

 今回の元記事は、MUNENORI TANIGUCHI氏による「3秒ルール」に関する研究の解説記事です。「3秒ルール」というのは、例えばお菓子を地面に落としてしまっても、3秒以内に拾えばセーフ、というアレです。ちなみに、日本では3秒ですが、米国ではおもに5秒ルールが一般的なんだそうです。しかし、世の中にはどうでも良さそうなことを一生懸命調べる研究者が流ものですね、と思いつつも面白そうだったので、今回取り上げさせていただきました。

 自分は知らなかったのですが、「3秒ルール」の研究はさかのぼること13年前、2003年以降数度にわたって研究成果が発表されてきたのだそうです。例えば、2003年米国の高校生が様々な場所の床を調査し、そのほとんどにバクテリア・細菌が存在しないことを確認、数秒間なら安全とする研究結果を発表しました。ただ、クッキーやソフトキャンディーを大腸菌のついた床に落とした場合は、たとえ5秒後に拾い上げてもほとんど菌が付着していたそうです。この高校生の研究は、イグ・ノーベル賞を受賞したほど有名な研究なのだとか。2007年には米国サウスカロライナ州のクレムゾン大学の研究チームは、食べ物が床に落ちて拾い上げるまでの時間経過と付着する菌の数を調査し、時間経過は付着する菌の数に影響せず、むしろ落とした場所の汚さこそが問題だという結果を示しました。2012年、英マンチェスター・メトロポリタン大学は、ジャムを塗ったパン、茹でたパスタ、生ハム、ビスケット、ドライフルーツなどで3秒ルールを調査したところ、塩分や砂糖を多く含む食品ほど汚染度合いが低かったそうです。2014年、英アストン大学は乾燥した食物に比べ水分の多い食物は約20倍も菌の付着量が多いという結果を示しました。

 比較的新しい研究結果として元記事で紹介されている米ラトガース大学の研究チームによる発表でも、次の3点の結論が導かれていました。まず、3秒ルールは正しくなく、食べ物を落とした場合、たとえすぐに拾い上げても菌が付着するということ。次に、床面はカーペット・タイル・ステンレスの順に菌の付着率は高くなり、木材の床の場合は木の材質や表面により大きくばらつきが出るという結果になりました。最後に食物の種類による違いは、やはり水分量が影響しみずみずしいスイカがワースト1という結果でした。同大学のシャフナー教授は「3秒ルール」というように時間の経過だけでセーフかアウトかを決定するというのは誤りだと結論づけています。

 高校生の自由研究のようなところから、専門家を多く巻き込んだ「3秒ルール」の研究ですが、導かれた結論は「やっぱりな」というちょっと残念なものでした。しかし、こういった身近な「なぜ」とか「本当だろうか」という疑問を掘り下げるのは面白いですね。最近では京都の高校生が、蚊に刺されやすい人は足裏の常在菌の種類が多い傾向があるという大発見がニュースを賑わしましたが、これも言われてみれば常々不思議に思っていたことですよね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

だから今こそ「長時間労働」が必要なのだ:日経ビジネスオンライン

だから今こそ「長時間労働」が必要なのだ:日経ビジネスオンライン:

 今回の元記事は、横山信弘氏による「働き方」に関するショートストーリーです。お話は銀行から商社に移り、さらに広告代理店の社長に転じた鷲沢社長と竹虎常務との間の会話で構成されます。

 まず元記事の中で指摘されているのは、「現状維持バイアス」に関して。長く仕事をしていると、今の仕事の仕方が当たり前になってしまい、もっと改善する方法はないのかという「現状否定」のアイデアを出すことができなくなりがちです。元記事の例では、竹虎常務の頭は、広告代理店というクリエイティブな仕事は夜遅くまで仕事をする、というのが常識になってしまっていました。そして残業が当たり前、そんな仕事の仕方ではグローバル化の中で良い人材を集めることができないという指摘で、仕事のやり方によって残業せずに済む方法をもっと探るべきだということでしょう。広告代理店は遅くまで残業するのが常識という竹虎常務の凝り固まった考えを、鷲沢社長はロジカルではないとバッサリ切って捨てます。他にも、期末には会議が多くなるという「常識」もロジカルではないと指摘します。常に今の方法をもっと改善することはできないかという視点で仕事をすること、つまりトヨタ式「カイゼン」は何も製造業だけでなくあらゆる分野の業態でも実践できる行動規範なんだと思います。

 さらに鷲沢社長は「この会社の社員は仕事をしておらん。どいつもこいつも労働時間が短すぎる! もっと長時間労働しろ」と怒りをあらわにします。もちろんこの言い方は読者の興味を引くキャッチーさを出すために、このような言い方になっていますが。鷲沢社長は「勤務時間が長びくのは駄目だ。だが、勤務時間の中で頭を使って働く時間を長くしろ」と言い換えます。つまり、無駄な時間が多すぎて生産性が上がっていないことの指摘ですが、横山氏は鷲沢社長の口から「メール処理と会議は労働と呼ばない」と言わせています。ただ、自分はここに横山氏の二重の言葉のトリックが隠されているように感じました。1つ目は「残業するな・長時間労働せよ」という一見矛盾する表現ですが、さらに2つ目は、鷲沢社長の口から「労働」と言わせていることにある気がします。こう言う言い方をするとき、自分は自然と「仕事」という呼び方をするのですが皆さんはいかがでしょうか。大辞泉によれば、労働は「からだを使って働くこと。特に、収入を得る目的で、からだや知能を使って働くこと。経済学で、生産に向けられる人間の努力ないし活動」と定義されています。一方で仕事は「何かを作り出す、または、成し遂げるための行動。生計を立てる手段として従事する事柄」という定義になっています。かなり似通っていますが、自分のイメージでは労働とはLabourで仕事はWork、産業革命で機械に取って代わられた肉体労働はLabourで今後AIに取って代わられるだろう知的労働はWork。そしてメール処理と会議はLabourではないがWorkとは言えそうな気がします。自分としては、この鷲沢社長の口を借りた横山氏の言葉は、メール処理と会議は労働ではないからそんなことはやらずに収益に直結するよう肉体労働せよという意味ではなく、メール処理と会議ばかりに忙殺されている現状維持バイアスを見直して生産性を高めよう、という程度ではないかと解釈します。

 長時間労働は良くないことという共通認識ができていると思いますが、現状維持バイアスにとらわれることなく常に生産性を上げるカイゼンを意識することで、短い時間でも高い成果を出せる、質の良い仕事をしたいものですね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

おじいちゃんが注いでくれた「無償の愛」に涙が止まらない|@Heaaart - アットハート

おじいちゃんが注いでくれた「無償の愛」に涙が止まらない|@Heaaart - アットハート:

 今回の元記事は、ちょうど1年前の敬老の日に書かれた心温まるお話。今回はまず、無償の愛と題されたそのお話を元記事の原文のまま再掲させていただきます。

【無償の愛】
 おじいちゃんは老いから
手足が不自由でトイレも1人では厳しい。
だから、
いつもはおばあちゃんが下の世話をしてた。
おばあちゃん以外が
下の世話をするの嫌がったからだ。
ある日、
家に私とおじいちゃん2人になった。
おばあちゃんが倒れてしまい
母と兄は病院、
父は会社から直行したからだ。
おじいちゃんと留守番してると
申し訳なさそうに
「モモちゃん、悪いんだがトイレに…」
って言った。
私は
自分が本当に馬鹿だなって思った。
一人じゃ行けないの知ってたくせに
気が付いてあげられないなんて……。
孫、それも女には
言いづらかっただろうなって。
トイレに行くと
パンパースが小と大で汚れてた。
たくさん我慢させてしまった。
私は
おじいちゃんの気を反らそうと
学校であった笑い話を
精一杯明るく話した。
お風呂場で体を洗って
パンパースつけてホッとした。
同時におばあちゃんは
毎日これをしてるんだと思うと
何とも言えない気持ちになった。
そして
「悪かったね、ありがとう」
って五千円をくれようとした。
おじいちゃんは
本当に馬鹿だなって思った。
私が赤ちゃんの時、両親は共働きでした。
「おしめを替えて育ててくれたのは、
おじいちゃんじゃないですか。
幼稚園だって
塾の送り迎えだって
してくれたのはおじいちゃんじゃないですか。
あれは無償の愛でしょ?
私はおじいちゃんが大好きだよ。
だから、お金なんかいらないんだよ」
って言った。
2人してちょっと泣いた。

 皆さんは、おじいさまおばあさまはご存命ですか。自分は父方の祖父・祖母を、自分の学生時代に亡くしました。自分の両親は当時は珍しかった共働きだったのですが、そんな両親に代わって自分を育ててくれたのは母方の祖父・祖母でした。そんなわけで、父方の祖父母には申し訳ないのですが、今だにどちらかというと母方の祖父母に強い愛着があります。そんな母方の祖父母なのですが、祖父は3年前に亡くなり、祖母は現在施設で暮らしています。祖母は脳を患ってからは意思の疎通が難しくなったのですが、一応自分が訪ねて行くと目を見開いて話しをしてくれるので、自分のことはわかってくれていると思うのです。ただ、90歳オーバーという年齢のことも考えると、今後身体が回復するという希望はなかなか持てない状況です。お盆と正月それにゴールデンウィークは、祖母にとってのひ孫に当たる2人の子供を連れて施設を訪ねるのですが、毎回もうこれが最後になってしまうかもしれないという覚悟のもとでの訪問です。

 自分がまだ保育園に通っている頃、祖母は毎週月曜の朝自分たちが起きる前に家へ来て、金曜の夜自分たちが寝た後に帰るというほど、自分たち孫のお世話をしてくれていました。祖父はその間一人暮らし状態で、本来は祖母と一緒に暮らしたかったであろうところ、自分たちのことを考えて、祖母をこちらに来させてくれていました。元記事にある「無償の愛」、それはよく母が子に与えるものとして語られますが、祖母は確かに自分たちに無償の愛を注いでくれていました。それに対して自分がどれほど応えられたかというと、甚だ心もとない気持ちになります。遠く離れて暮らしていることを言い訳に年に5回ほどしか訪ねていかない孫です。そんな孫のことを首を長くして待ってくれている祖母。今は直接祖父母に返せない分、祖父母に注いでもらった無償の愛を、せめて自分の子供たちへ引き継いでいこうと思っています。今回の元記事を読んで、懐かしいような、後悔のような、そして気が引き締まるような、そんな思いが混沌と感じられました。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月20日火曜日

親の知識や教養へのリスペクトが子に伝わる | 頭のいい子の育て方 | 日経DUAL

親の知識や教養へのリスペクトが子に伝わる | 頭のいい子の育て方 | 日経DUAL:

 今回の元記事は、家庭教師の西村則康氏による頭のいい子の育て方に関するものです。実はこの山ちゃんウェブログでは西村氏の記事を元に「勉強ができる子は家を見ただけでわかる」という記事を書かせていただいたことがあるのですが、その延長線上というか同じ方向の元記事になっています。

 西村氏のご意見は、部屋の(特にリビングの)片づけ方や配置などが学力にかなりの影響の影響を与えるというものです。そして、それは綺麗に片付いているとかおしゃれな調度品で整っているというのとはちょっと違っていて、子どものモノである程度散らかっている空間になっている方がいいというのです。自分は散らかった部屋はあまり好きではなく、かといって日々生活しているとだんだん散らかってくるので、ある程度の間隔でえいやっと「断捨離」したくなる傾向があるのですが、どうもそれも子どもの発達には良くないのだそうです。捨ててさっぱりする大人にとってはいいのですが、断捨離された空間というのは子どもにとって刺激がなさすぎるのだそうです。子どもは過剰なものに反応するもので、本棚からあふれてしまっている本や、道具箱からあふれてしまってるものに興味を持つのです。それが、きれいさっぱり片づいてしまっていると、工夫しようという気持ちが湧いてきません。自分たち大人も、例えばもう着なくなったTシャツとか古くなってしまったジーンズを溜め込んでいて、ふとしたアイデアであのTシャツたちをパッチワークにしてこのジーンズから手提げ袋を作ってみよう、なんていう工夫をすることがありますが、あれが子どもの脳にとっていいのだそうです。したがって、子どもが色々なものを集めてきて箱にため込んでいるのを、お母さんがガラクタだから捨てちゃいましょう、というのは一番ダメなんだとか。

 さらに、教養や知性に対する憧れを子どもが持てるような環境であると、子どもの学習意欲に直接結びつくのだそうです。 教養のシンボルといえばやはり本ですが、お父さんの読んでる本やお母さんの読んでる本がリビングの本棚にあふれかえっていて、そこに子どもの本が侵食していってせめぎ合ってる状態、そういうのが一番いいのだそうです。

 自分の家を振り返ってみますと、実際のところリビングは断捨離したくてもなかなかできなくなっているので、結果オーライで西村氏の理想形リビングに近くなっています。しかし本の方はどうかというと、子どもの本は確かに本棚に溢れかえっているのですが、自分やオクさんの読む本はリビングの本棚にあまり置いてありません。リビングに堂々と置けるほど教養のある本を読んでいないというのもありますが... これまで、自分はなかなかきれいに片付かないリビングを嘆いていたのですが、西村氏のこの考え方に出会ってから、あまり神経質に考えずにいようと思うようになりました。子育てで部屋が散らかる期間なんてたかだか10年や20年、人生80年のほんの4分の1ほど。その期間だけ散らかる部屋を我慢してもいいじゃないですか。子供が巣立ってしまったら、綺麗に片付けた部屋でシンプルな生活をするのもいいでしょう。でも逆にそうなってしまうと、子供のおもちゃで散らかった部屋が懐かしく感じるのかもしれませんね。
 
あと部屋のことではありませんが、よく言われる、低学年や幼児期はいろいろな体験を通して「なぜ」を伸ばしてあげるのは、やはりとってもいいのだそうです。子供の「なぜ、どうして」は「さぁどうしてだろうね」などとおざなりにするのではなく、一緒に調べてみたり観察してみたりするのが子供の好奇心を伸ばして頭のいい子に育つんだとか。西村氏による例ですと、公園で子どもが「アリ」に注目していたら、「足は何本あるのかな?」とか「どうしてアリさんは行列して歩いているのかな?」と声をかけてあげることで、子どもに「どうしてだろう?」と意識するようにさせるのです。子どもが色々なモノゴトに触れた時に「なぜ?」と素直に思える種をまいて、親も知識に興味があるという姿を見せていくのがいいのです。

 知識をたくさん知っていることは良いこと、そして新たな知識を貪欲に吸収しようとすることはなおすばらしい。そんなことが子どもに自然に伝わるような環境や会話、親の行動が大切なんだそうです。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

子育てパパ ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月19日月曜日

Appleの新型イヤホン「AirPods」のCMはどうなる?ジョークたっぷりに「あの」テイストで描くパロディCMが登場 - GIGAZINE

Appleの新型イヤホン「AirPods」のCMはどうなる?ジョークたっぷりに「あの」テイストで描くパロディCMが登場 - GIGAZINE:

 今回の元記事は、Appleのワイヤレスイヤホン「AirPods」のテレビCMが作られたらこうなるんじゃないかというパロディー動画の紹介記事です。

 Appleは新型iPhone7で、イヤホンジャックを廃止するという衝撃的な変革を行ないました。Lightningケーブルからイヤホン用ミニプラグに変換するアダプターを使用する方法もありますが、Appleの提唱するのはそうしたアダプターを使用した方法ではなく「ワイヤレス」。ワイヤレスというメッセージを伝えるため、AppleはiPhone7に合わせてワイヤレスイヤホン「AirPods」を2016年10月に発売します。そんなAirPodsのテレビCMがもし作られたとしたら、一体どんなものになるのでしょうか。アメリカのレイトナイトショー番組「CONAN」の中で、かつてのiPodのCMをモチーフに、かつ皮肉が込められたパロディームービーが制作されたそうです。それがこちら。


 何と言ってもAirPodsの衝撃的なデザインは、左右のイヤホンも繋がっておらず耳に装着する部分だけが2個あるというスタイルです。カナル型という耳の穴に押し込むようなタイプではなく、従来のiPhoneの付属イヤホンと同じように浅く耳に挟む形の装着法ですので、容易に耳から外れてしまいそう、そしてそのまま失くしてしまいそうです。ムービーではその部分を皮肉っています。

 踊りまくるダンサーの耳にはAirPods。昔のiPodのCMではイヤホンの間をつなぐケーブルが描かれていましたが、2016年版AirPodsでは両耳につながる白いケーブルがありません。そして「Wireless. Effortless. Magical.」といういかにもAppleの使いそうなキーワード。しかし踊りまくっている間に、耳からAirPodsがスポッとどこかへとんで行ってしまいます。仕方ないので、ため息交じりにお金を払って新しいAirPodsをゲットします。まるで、どんどんAirPodsを失くさせて買い替えを促すのがAppleの戦略だと言わんばかりの皮肉にも感じられます。またもAirPodsを失くしてしまい、探しているダンサーのそばを犬が通りかかる...最後にオチとともに「Wireless. Expensive. Lost.」という皮肉を込めたキーワードです。

 確かにAirPodsは、一目見て失くしそうと思った人が多かったと思います。Appleはどんどん有線インタフェースを無くしていって、全てをワイヤレス化することを究極の目標にしているように感じられますよね。実は自分がこの「山ちゃんウェブログ」を書くとき、主にMacBook Early 2016モデル(12インチ)を使用しているのですが、このMacBookもなんと有線のインタフェースはUSB-Cとイヤホンジャックの2つしかありません。普通のUSB-Aは使えませんのでUSBメモリーでデータを移動させたりできませんし、HDMIポートすらありませんのでプレゼンにも一苦労です。しかし、その場合はUSB-CからUSB-Aへの変換用アクセサリーやHDMIへの変換アクセサリーを使うことでカバーしています。そして、この変換アクセサリーの出番はそれほどないのです。ほとんどWi-FiとBluetoothだけで(つまり無線で)こと足りるのです。MacBookといえばMacBook ProかMacBook Airを使用している方が多いと思いますが、自分の使っているMacBookでの思い切った外部インタフェースの断捨離が今回のiPhone7でのイヤホンジャック廃止へ繋がっているのでしょうね。MacBookのユーザーから言わせてもらうと、無線での運用は意外に困らないものですよ。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

IT・通信業 ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

シャンプーの正しいやり方を知っていますか | 健康 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

シャンプーの正しいやり方を知っていますか | 健康 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準:

 今回の元記事は、美容師の毛利俊英氏による正しいシャンプーの方法についてのものです。自分もそうですが、多くの人が1日1回入浴時にシャンプーすることを習慣にしていると思いますが、毛利氏によるとその適切なやり方を理解していない人が多いそうです。たかがシャンプーと思うかもしれませんが、正しくない方法でやっているとフケやかゆみ・炎症・抜け毛などを招いてしまうこともあるのだそうです。

 まず、仕事で疲れていたりお酒を飲んで帰った日など、頭を洗わずに寝てしまうこともあるでしょうが、それは良くないそうです。翌朝シャンプーすればいいじゃないかと思いますが、それも違っていて、頭皮や頭髪の汚れはその日のうちに洗い流すことが不可欠なんだそうです。というのも人間の新陳代謝がいちばん活発なのは夜10時〜深夜2時、それも眠ってから3~4時間に成長ホルモンが分泌されやすく、それに合わせて頭皮を綺麗にしておくのが望ましいのです。

 そしてシャンプーの具体的な方法ですが、実はシャンプーをつける前の予洗いは一般の人が想像するよりもずっと時間をかけたほうがいい、お湯で1分から1分半くらいもかけて指の腹でしっかりとマッサージして洗い流すのが良いそうです。自分などは、泡立ちを良くするために髪を濡らす程度の予洗いでシャンプーをつけてしまいますが、そうではなくシャンプーをつける前にも「しっかり洗う」つもりが良いようです。実はシャンプー前の予洗いで頭皮や頭髪の汚れは約7割も落とせるそうです。そして、適量のシャンプーを手に取り頭皮・頭髪の全体を泡立てます。指のはらでこめかみ辺りからマサージするように洗っていきますが、たとえ頭皮が痒くても爪を立ててはいけないのだそうです。マッサージのように頭皮を動かすことで、こするだけでは取り除くことのできない毛穴の奥の汚れを掻き出す効果もあります。そして、自分もそうだったのですが、たいていの人は「上から下」の方向へ頭を洗っているのですが、本来は逆で「下から上」、こめかみから頭頂部に向かって洗っていくのがいいのだそうです。その理由は、地球には重力があることです。年齢を重ねて頭皮や顔がハリを失って下がり始めると、それに逆らうように下から上へ下から上へマッサージしていくとアンチエイジングにもいいのだそう。シャンプーの最後には、手をグーにして下から上へ仕上げると、頭皮と顔は一枚の皮でつながっているので、顔のシワも伸びると言われているだけでなく、血流の流れもよくなってリラックス効果・抜け毛予防も期待できます。シャンプー後のトリートメントは、毛先を中心にして両手の手のひらで毛束を挟み、ゆっくりなめします。

 自分はあまり正しいシャンプーの仕方などに気を払わずに来たのですが、こうやって正しい方法を教わると、これまでの方法がずいぶん自己流だったんだと気付かされました。確かに一昨日に床屋さんで髪を切ってもらった時のことを思い出すと、シャンプーの時は下から上へ絞り上げるような感じで洗ってくれていたような気がします。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

IoTの進化とともに“進化”するハッカーたち | ReadWrite[日本版]

IoTの進化とともに“進化”するハッカーたち | ReadWrite[日本版]:

 今回の元記事は、あらゆるモノがインターネットに接続される世界「IoT」におけるセキュリティ問題に関する警鐘記事です。この山ちゃんウェブログでも以前「IoTのセキュリティ侵害は時間の問題」と題してこの問題を取り上げたことがありました。

 IoTの世界ではあらゆるモノがインターネットに接続され、膨大なデータがクラウド側へ収集されます。そしてそのビッグデータは人工知能(AI)などによる解析を行なって、何らかのナレッジ(知恵)を抽出し、現実世界にフィードバックするというのが大まかな流れになると思います。この登場人物の中で、クラウド側はITの専門家によって管理運営されるサーバー群であって、従来のクラウドサービスの延長線上でセキュリティ対策も同様に施すことができます。しかし、IoTで新たにインターネット接続されるモノたち、具体的には、家庭のエアコンや玄関の鍵・自動車などに始まり、電車・エレベーター・工場の生産設備、ダムや発電所など、身近なものから重要施設・生命の安全に関わる設備までとにかくあらゆるモノがインターネットに接続されるのです。ところでセキュリティの世界は、攻撃側は社会的影響が大きいモノ・個人的に攻撃したい場所・守備の弱い場所など攻撃対象を選ぶことができますが、守備側はそのすべてのモノを守らなければならないという、圧倒的に攻撃者有利の世界なのです。確かにスマホやパソコンなら数年で買い替えが発生することで、数年遅れではあっても脆弱性がふさがれることが期待できたり、公共系・産業系システムの場合は、メーカーの保守によってある程度の脆弱性がふさがれることは期待できます。しかし、エアコンや玄関の鍵など個人が持つモノの中でもライフサイクルが長いモノはたくさんあります。セキュリティを考え冷蔵庫は2年で買い換えるとか、玄関の鍵はメーカーの定期メンテナンス契約をしているという人は稀ではないでしょうか(っていうかそんな人いないでしょう)。つまり、インターネット接続される膨大なモノすべてののセキュリティを最新に保つのはほとんど不可能で、IoTのセキュリティ問題は膨大な数のモノのセキュリティをメンテナンスしきれないことがその本質なのです。

 さて、元記事の中ではイギリスの警備会社 Pen Test Partersの研究者アンドリュー・ティアニー氏とケン・ムンロー氏は、サーモスタットにハッキングすることで新居の脆弱性を証明したことが紹介されています。悪意のあるハッカーがサーモスタットに侵入した場合、人が耐えられないほど部屋の気温を上下させることができるので、それを盾に「身代金」を要求するという事件が発生する可能性があるでしょう。玄関の鍵を乗っ取って住人を締め出し、家に入れるようにするためにはお金を払えということもあるでしょう。

 自分はIoTに近いシステムのソフトウェア開発も行なっているのですが、実際のところエッジデバイスのセキュリティは全く信用できません。コストの問題のために、センサーやアクチュエーターなど小型装置に高度なセキュリティは載せられないのが現実です。同じモノを買うのに、セキュリティに備えて50%余計に支払えるという人はほとんどいないでしょう。したがって、ほとんどはゲートウェイやネットワークなど、システムとしてエッジデバイスを守る仕組みを組み込むのです。元記事に言われるような、本当にサーモスタットを無防備な状態のままインターネット接続するというのは、大手のメーカーならまずやらないことです。ただ、この手の制御系システム構築の経験が少ない、ITだけのスタートアップ企業は実際にそれをやってしまい、大きなセキュリティホールを作ってしまうことがあります。実は数年前まだIoTが流行していない頃、商用ビルの制御系システムが直接インターネットに接続されていてセキュリティホールになっている件が指摘されたのですが、大手メーカーのシステムではなくITだけのスタートアップ企業によって構築されたものでした。

 ビルの制御系システムは標準化が進んでいて、異なるメーカーの装置間でも通信できる環境が整っています。この標準化は、例えば最後の人がオフィスの鍵を閉めたら照明や空調が自動的に切れるなど便利な連携機能の元になってますが、何でも繋がる便利さとセキュリティ問題は「諸刃の剣」です。そのままインターネットに接続されてしまうと、標準規格をよく知っている人にとっては、情報を引き抜いたり制御したり自在に操ることができてしまいます。実はこの手の標準化は自分の専門領域の1つですので、直接インターネット接続された空調設備や照明設備などがもしあれば、それに侵入して自在に操ることはできてしまいます(もちろん、本当にやりはしませんよ)。エッジデバイスを直接インターネットに接続することは、一見IoTの理想形に思えITだけの頭の人はやってしまいがちですが、セキュリティとコストの問題があって現時点ではやってはならないなのです。

2016年9月18日日曜日

桃太郎は桃から生まれてない!? (2) auのCMでお馴染みの三太郎の「不都合な原作諸説」! | TS 文化部 SP | 特集 | 明日をちょこっとHAPPY!にするデジカル系情報マガジン TIME&SPACE(タイムアンドスペース)

桃太郎は桃から生まれてない!? auのCMでお馴染みの三太郎の「不都合な原作諸説」! | TS 文化部 SP | 特集 | 明日をちょこっとHAPPY!にするデジカル系情報マガジン TIME&SPACE(タイムアンドスペース):

 前回に引き続き、元記事はauのCMでクローズアップされている桃太郎・浦島太郎・金太郎に関して、そもそもどんな話だったのかを「諸説あり」を交えて伝えてくれているものです。この山ちゃんウェブログでは初ですが、話が長くなりすぎて2回に分けた後編と行こうと思います。

 桃太郎の話で盛り上がってしまった前回に続き、今回の最初は浦島太郎です。浦島太郎の不思議な話は、タイムマシンとか相対性理論の事を言っているんじゃないかなど言われますが、まずはよく知られているお話の復習から。漁師である浦島太郎は浜辺で子どもたちにいじめられてる亀を助け、そのお礼として海中にある竜宮城に連れてこられます。そこに乙姫様がいて、タイやヒラメの舞い踊り、絵にもかけない美しさ。楽し日々を過ごしますが、やがて地上が恋しくなり帰ることに。乙姫様に「絶対開けないで」と玉手箱を渡されます。地上に帰ってみると、なんと竜宮城で数日過ごした間に地上では数百年も過ぎており、我が身を悲観した太郎が玉手箱を開けると真っ白な煙が出てきて老人になってしまいます。

 元記事で紹介されている桃太郎に関する「諸説あり」の1つ目は「丹後風土記」で、そこでは太郎はイケメンの人物として描かれ、ある日釣りに出たら超キレイな五色の亀をゲット、その亀を船に乗せて眠ります。目覚めた時には、大海原のど真ん中までただよってきた舟で美女が添い寝。なんと亀が乙姫さまに変身してしまい、イケメンの太郎に迫ってきます。2つ目は有名どころの「万葉集」。釣りをしてたら海の神様の娘に出会い、結婚してしまいます。先に結婚してから海の神様の宮で暮らしますが、太郎は最後は息絶えてしまいます。「御伽草子」では、ほとんど自分達が聞いていたお話と同じですが、最後だけ2段階変化です。玉手箱を開けた太郎は老人になった後、鶴に返信。乙姫さまは実は亀で飛び去った鶴を追って、2人で蓬莱山というところで落ち合って神様になったそうです。

 ところで元記事の中に、浦島太郎とタイムマシンや相対性理論の話は触れられていませんでした。相対性理論によれば、運動している物体の経過時間は、静止している物体の経過時間に比べて相対的に遅くなります。日常的には無視できるレベルの遅れですが、運動のスピードが光速に近づくと遅れが大きくなります(光速に達すると時間は止まってしまいます)。つまり、浦島太郎は乙姫さまという宇宙人に連れられて、光速に近い宇宙船で宇宙旅行をします。宇宙旅行中は時間の進み方が遅くなりますので、太郎が地球に戻ってきた時は、宇宙船の何倍もの時間が経過しているというわけです。宇宙戦艦ヤマトでも、コスモクリーナーDを持ち帰ったヤマトは、宇宙旅行の間に時間が早く過ぎてしまい、すでにそこに地球はなかったという話もあるそうです。宇宙旅行をして帰ると地上では時間が多く経過していることを「ウラシマ効果」というそうですが、浦島太郎が相対性理論でなければ説明がつかないお話になっているというのは、なかなか面白いところです。

 そして最後に金太郎。金太郎は、源頼光に力を認められて家来に召し抱えられた坂田金時(さかたのきんとき)の幼少時代を描いたお話とされています。桃太郎や浦島太郎と違って、昔話の中で情景描写だけであまり具体的な物語になっていないような気がします。「まさかりかついできんたろう くまにまたがりおうまのけいこ ハイシィドウドウ ハイドウドウ ハイシィドウドウハイドウドウ あしがらやまのやまおくで けだものあつめてすもうのけいこ ハッケヨイヨイノコッタ ハッケヨイヨイノコッタ」。

 そんな金太郎の「諸説あり」について、元記事で言われている1つ目は「御伽草子」で、京で悪さをするの酒呑童子という鬼が住む大江山に、主人の源頼光と仲間たちと山伏姿で潜入して鬼に酒を飲ませて眠っている間に退治してしまうという話があるそうです。他にも、大人になった金時さんが九州討伐に従事しますが、その途中岡山あたりで熱病に倒れ、55歳で病死したというリアリティのある説もあるそうです。

 2回にわたって、桃太郎・浦島太郎・金太郎の「諸説」について見てきましたが、よく知っているおとぎ話が実は怖い話だったとか、科学的に面白い話だったとか、自分は結構好きな方はのですが、皆さんがいかがですか。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

桃太郎は桃から生まれてない!? (1) auのCMでお馴染みの三太郎の「不都合な原作諸説」! | TS 文化部 SP | 特集 | 明日をちょこっとHAPPY!にするデジカル系情報マガジン TIME&SPACE(タイムアンドスペース)

桃太郎は桃から生まれてない!? auのCMでお馴染みの三太郎の「不都合な原作諸説」! | TS 文化部 SP | 特集 | 明日をちょこっとHAPPY!にするデジカル系情報マガジン TIME&SPACE(タイムアンドスペース):

 今回の元記事は、auのCMでクローズアップされている桃太郎・浦島太郎・金太郎に関して、そもそもどんな話だったのかを「諸説あり」を交えてくれているものです。

 まずは桃太郎。「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおりました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが洗濯をしていると大きな桃がどんぶらこ〜どんぶらこ〜と流れてきました...」っていうやつですよね。持って帰った桃が割れて中から男の子が生まれ、桃太郎と名付けられた彼は成長して、きびだんごで犬・サル・キジをお供にし、鬼ヶ島に乗り込んで鬼をやっつけ財宝を持ち帰ります。自分が聞いていた桃太郎は大体こんなところですが、皆さんもおそらく同じような記憶だと思います。ところが元記事で紹介されているのは、おばあさんから生まれた説・箱から生まれた説・桃じゃなくて若い女性が流れてくる説などの「諸説あり」だそうで、もはや最後にいたっては桃のような若い女性と芝刈りに行くほど元気なおじいさんとの間に桃太郎が生まれる...ちょっと倫理的にどうかという話になっています。

 自分が桃太郎に関して学生時代に聞いた話は、昔は交通が未発達だったりしたために村の中での婚姻が繰り返されます。やがて血縁関係者どうしの結婚によって血が濃くなってくると、死産や病弱な子供が多くなってくる。そこへ外部から新しい血(桃=若い女性)がやってきて、健全な結婚により元気な子供(桃太郎)が生まれるという、近親相姦の危険性を表している話だというものが1つ。2つ目は、桃太郎は「倭寇」の話だというものです。倭寇とは、13世紀から16世紀にかけて朝鮮半島や中国大陸の沿岸部などで活動した日本の海賊です。きびだんごは吉備の国(岡山県)の名産品ですが、倭寇の一員である桃太郎は、吉備の国を含む中国地方から船に乗って朝鮮半島にわたり、そこで鬼(=朝鮮人や中国人)に危害を加えて財宝を奪ってきたというわけです。

 そういえば、皆さんは桃太郎の童謡をご存知でしょうか。「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけた黍団子、一つわたしに下さいな。やりましょう、やりましょう、これから鬼の征伐に、ついて行くならやりましょう。行きましょう、行きましょう、貴方について何処までも、家来になって行きましょう。そりや進め、そりや進め、一度に攻めて攻めやぶり、つぶしてしまへ、鬼が島。おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻めふせて、分捕物をえんやらや。万万歳、万万歳、お伴の犬や猿雉子は、勇んで車をえんやらや」 後半はかなり「海賊」的な残虐性が現れてしまているような気もしますよね。他にも、福沢諭吉が「ひゞのをしへ」の中で「桃太郎が鬼ヶ島に行ったのは宝を獲りに行くためだ。けしからんことではないか。宝は鬼が大事にして、しまっておいた物で、宝の持ち主は鬼である。持ち主のある宝を理由もなく獲りに行くとは、桃太郎は盗人と言うべき悪者である。また、もしその鬼が悪者であって世の中に害を成すことがあれば、桃太郎の勇気においてこれを懲らしめることはとても良いことだけれども、宝を獲って家に帰り、お爺さんとお婆さんにあげたとなれば、これはただ欲のための行為であり、大変に卑劣である」と述べているそうで、もしかしたら自分が聞いたのはこの福沢諭吉の話が元になっているのかもしれません。

 今回は話が長くなってしまったので、次回に続きます。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

幼児の勘違い、防災のヒントに 幼稚園が27年記録:朝日新聞デジタル

幼児の勘違い、防災のヒントに 幼稚園が27年記録:朝日新聞デジタル:

 今回の元記事は、京都府宇治市の広野幼稚園で行なわれている、いざという時に幼児の勘違いをなくすための活動について、滝沢卓氏による取材記事です。

 元記事の中で例に挙げられている、「運動会、何か出るの?」と聞くと「おやつが出るよ」。「よく目を動かして周りの友達をみてごらん」と言うと、目玉だけきょろきょろ。大人の場合は文脈を理解して、「出る」とは種目のことを言っているんだなとか、「目を動かして」とはそれ自体が目的ではなく「周りの友達を見る」ことが重要なので顔ごと動かすんだなということを瞬時に理解していますが、子どもの場合は文脈の理解が乏しいために文字通りに解釈したり意図とは違う意味に解釈することがあるということでしょう。自分もそうですが、思わず「かわいいなー」と思ってしまうこの手の勘違いですが、そもそも大人の話し方が分かりにくいから起きるのではないかと、こうした出来事を27年間記録し続けている幼稚園があるそうです。この「かわいい」勘違いが、例えば火災や地震なんていう緊急事態には命を左右しかねない場合があるので、それに備えるというのが主な目的だそうです。実際に、避難訓練で「屋内から外へ逃げる時は上履きのままでいい」と教えると、「上履きのまま」という言葉を強く覚えていた園児が、園庭で外履きで遊んでいたのに訓練のサイレンが鳴るとわざわざ戻って上履きに履きかえたことがあったそうで、これが本当の火事だったらと大変なことになっていたかもしれません。

 その幼稚園は、京都府宇治市の広野幼稚園。保育所を含めて約500人もの子どもが通う大きな幼稚園で、1989年から子どもの勘違いによる言葉や行動を記録しているのだそうです。その記録はなんと約5,500件。大人の話し方が不十分だった場合は「目的語、修飾語の欠落」といったコメントも合わせて記入します。この園の先生は、避難訓練や遠足といった行事の前に記録を印刷するなどして読み返すようにしているそうです。発案は吉村裕園長だそうで、例えば運動会で整列した園児たちが、目の前にいた先生が別の仕事で移動するとついて行ってしまう様子などを目の当たりにして、「ここで待っていてね」の一言があれば済むこと、保育現場で必要な「子ども目線」をしっかり共有しようと思ったそうです。

 自分など、こういう時に「かわいいなー」で済ませてしまうところですが、そこから「いざという時に命を左右するかも」という発想でそれに備えるというのは、なんともプロフェッショナルの思考ではないかと思います。吉村園長は「語彙や判断力が発達途中の子どもは自分の知識の範囲で物事を理解しがち。大人には意外でも、子どもからすれば当たり前の結果になる。これからもわかりやすい話し方を心がけたい」と話しているそうです。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

子育てパパ ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月17日土曜日

優れたプログラマーを抱えた国ランキング、日本は6位 - BIGLOBEニュース

優れたプログラマーを抱えた国ランキング、日本は6位 - BIGLOBEニュース:

 今回の元記事は、ソフトウェアエンジニアという職種にいる自分としてもとても嬉しいニュース記事です。

 少し前のニュースではありますが、fossBytesに9月2日(米国時間)に掲載された記事「Which Country Has The Best Computer Programmers And Developers?」において、HackerRankの調査によるどの国に優れたプログラマーが多いのかについての調査結果が示されました。その調査結果によると、1位は中国、2位ロシア、3位ポーランドの順で、日本はなんと6位だったそうです。一方で、一般的に優れたプログラマーが多いとよく聞く米国とインドは、それぞれ28位と31位と奮いませんでした。

 日本は特にAI(人工知能)の領域で首位だったほか、関数型プログラミングで4位、データ構造で5位、数学で5位といずれも高い位置につけました。特に今後注目が集まるAIの分野で首位というのは心強いですね。最近ですとオフショアとか言って、日本国内には優れたプログラマーは残っていないのかと思うことがありますが、どっこい第6位ですよ。あのGoogleやAmazon・Microsoftなどを生んだ米国よりも上位にいるんです。

 プログラマーということに関して、自分自身がソフトウェアエンジニアだからか、この山ちゃんウェブログではプログラマーに多少肩入れした記事も書いてきました。しかし、某電機メーカーでソフトウェアエンジニアの立場にいる自分から見える景色は、これからのビジネスにおける競争力の源は、ほぼすべて「ソフトウェアの力」によるとしか思えないのです。IT企業ではないからとか、ITから遠い業界だからとか考える方もいますが、少なくとも現在頭が良いとされる人がその頭の良さで勝ち取っている報酬や地位も、軒並みAIに取って代わられるかもしれない時代がくるのです。頭の良さで勝負しているのではなく作業ベースで報酬を得ている場合も、ロボットを含めたコンピューターに取って代わられるかもしれないのです。そんな世界では、ソフトウェアがビジネス上の成否を分けるポイントです。優れたAIが投資先を決める、AIが被告人の弁護を行ない別のAIが判決を下す、AIの診断によりロボットが手術を行なう、AIが経営する会社に人間が労働力を提供する。ここに挙げたAIは「ソフトウェア」と言い換えてもいいでしょう。

 そして、そんなソフトウェアを生み出す力を持っているのはプログラマーなのです。いずれ、AI自身がプログラミングする時代がくるかもしれませんが、当分の間は人間のプログラマーが生み出すソフトウェアが競争の源、もっというとどれだけ優れたプログラマーがいるかが競争力になるはずです。その考えの元にこのランキングを見ると、6位と評価されたことはとても素晴らしいと思います。ただ、プログラマーの「数」にフォーカスされているように見えるのが少し心配で、ソフトウェア・プログラムの世界は個人の能力差による生産性の差は数百倍も開くといわれていますので、プログラマーの「質」でもこのランキングだとすればとても心強いですね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

プログラマー ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

なぜだ。12個あるはずの「点」がどうしても一度に見えないナゾ現象 - まぐまぐニュース!

なぜだ。12個あるはずの「点」がどうしても一度に見えないナゾ現象 - まぐまぐニュース!:

 今回の元記事は、日本人の心理学者、北岡明佳氏がご自身のフェイスブックに掲載した1枚の写真について。先週の土曜の投稿だったそうですが、元記事の時点でもすでにシェア数が2万件以上と大反響だったようです。


これを作ったのはフランス人アーティストのJacques Ninio氏ですが、画像の中には12個の黒いドットがあるにもかかわらず、なんと一度に12個全てを見ることができないのです。それに、じっと見ているとドットが消えたりまた現れたりと不思議な見え方がします。特別に配列されたパターンを見るときに、脳がその情報を正確に処理できないことが原因だそうですが、多くの人は12個のドットを一度に見ることは不可能なんだそうです。自分の場合は6個から8個が限界でした。皆さんは、いくつ同時に見えましたか。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

働きすぎ? 日本人の働き方をどう思うか外国人に聞いてみた | シゴト | マイナビニュース

働きすぎ? 日本人の働き方をどう思うか外国人に聞いてみた | シゴト | マイナビニュース:

 三連休しょっぱなの今回の元記事は、日本在住の外国人20人に、日本人の働き方についてどう思うか聞いたアンケート記事です。日本人といえば、ザービス残業とか長時間労働とか、一昔前は過労死なんて言葉もあったほど、勤勉なのはいいが働きすぎだというイメージがありますが、他の国の方々にはどう映っているのでしょうか。

 まず大きく1つ目はそのまま「働きすぎ」という意見。例えば「働きすぎだと思います。特に無意味の残業をやめて、平日の夜は仕事と違うアクティビティをやらないといけないと思います」(フランス/30代前半/男性)とか「会社に思いっきり尽くす人たちが多すぎて、不健康。日本には有給があっても取らない人たちが多すぎる」(中国/30代中半/男性)。そうですね、有給休暇を取らないとか取れない雰囲気の職場というのもよく聞きます。自分のところも有給休暇をとるよう会社からの働きかけはありますが、実際の職場では撮りづらい雰囲気もあると思います。実は自分は昨日は長女の保育参観だったので有給休暇を取ったのですが、子供の学校や保育園の用事とか病気とかであれば堂々と有給休暇をとりますが、自分のためには有給休暇を取りづらい気がします。また、働きすぎと見えているが、働きすぎぶっている」(ベトナム/20代後半/男性)という意見は、同じことのようですが少し違うことを言っていて「働きすぎのフリをしている」と見えているということです。確かに、定時時間内はのんびりしていて残業時間になるとまともに働き出す人や定時内で終われるボリュームの仕事も残業時間までかかっている人もいるので、テキパキ仕事を済ませて早く家に帰り家族との時間を過ごすことより、職場にダラダラと残るのを好むマゾヒストではないかと見えているのかもしれませんね。

 次の意見は「非効率」というもの。「真面目で勤勉なところは尊敬しますが、時々忙しいふりをして労働時間を延ばしているように思います。長時間働く=よく頑張っているという概念はあまり賛同いたしません」(イタリア/30代前半/男性)とか、日本人は時間を無駄にし過ぎです。日本人の働き方は世界一非効率的だと思います。上司に見られているからといって、ダラダラと遅くまで仕事をするふりをしないで、はやく仕事を片付けて、家族と一緒に過ごす時間を増やせばいいと思います」(ルーマニア/30代前半/女性)、「店とかに行くと、皆ちゃんと仕事しているイメージです。でも私の会社の中で、結構長い時間働いてみんな文句を言いますが、時間を無駄にしている行動をよく見ます……。もう少し効果的に時間を使ったほうがいいと思うときがあります(もしかして私の会社だけかもしれません、基本的に日本人は働くイメージがあります)」(アメリカ/30代前半/女性)。なかなか耳が痛いですね。「働きすぎ」は「働きすぎのフリをしている」というのと同じ方向性で、プライベートを犠牲にしていることを示す「ポーズ」が評価されるとか、少なくとも評価されると思っているフシはあるのでしょうね。

 日本人の働き方に関しては、やはり「働きすぎ」のイメージがあるようですが、それは本当に長時間働いている超人的なスタミナを持っているというわけではなく、休み休み働いて労働時間を引き延ばしているというイメージのようですね。人事評価に成果主義を導入するなんて言っていますが、ほとんどの職種で成果を正しく測るなんてことはできず、結果的に長い時間働いている人が評価される(もしくはそう思ってしまっている)傾向があるのかもしれませんね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月16日金曜日

人の評価に「客観性」という言葉は似合わない | DHBR編集長ブログ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

人の評価に「客観性」という言葉は似合わない | DHBR編集長ブログ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回の元記事は、岩佐文夫氏による人を客観的に評価するということの難しさについての記事です。「人を見る目」というのはビジネスにおいて特に重要な資質の一つですが、自分も人が人を評価するというのは極めて難しいのが実感です。

 人が人を評価するというのは、矛盾に満ちた行為です。まず、評価される側もそうですが、評価する側の人も多様であってその評価基準も一様ではありません。そんなかで、人を評価しようとする場合、まずおちいるパターンの1つは自分と似た人を評価してしまうということです。つまり、自分にとって「好ましい」もっと極端に言うと「好き」な人を評価している感覚に近いものです。もう1つのパターンで、自分にないものを持つ人を評価してしまうパターンですが、それは正確に言うなら「自分にはなく、かつ自分が好ましいと思っている」資質を評価しているのであり、そこにも自分の価値観が強く反映されています。たとえ自分にないものを持つ人でも、その資質を自分が「好ましい」と思わなければ、決して評価しないはずです。

 そうなるといずれのパターンも、評価者が「好ましい」と思うかどうかという、きわめて主観に満ちた基準によって評価が下されることになります。つまり、人の評価に「客観性」などというものはなく、主観でしか人を評価できない、そう戒めた方がいいということになります。

 そうなると、人を「正しく」評価するという言葉も意味が怪しくなってきて、その評価方法が正しいのか正しくないのかを誰が決めるのかという問題が出てきます。そこで人が自然にやっているのは、自分が信頼している人の評価方法を取り入れるというやり方です。しかし、それも結局は自分の主観で人を信頼してその人の真似をするということで、なんら客観性を担保していることにはなりません。客観的な「正しい評価」を持ち出すのであれば、評価する目的に合わせるしかありません。「この仕事を担当するのに相応しい人は誰か」「この役割を担うのに相応しいのは誰か」、といった目的に沿って人を評価する。つまり、人物評価ではなく目的達成のための方法を評価するのです。岩佐氏がある起業家から聞いた言葉だそうですが、「ヒト」ではなく「コト」に集中せよ。あるコトを達成するための方法論として、どの人が適任かという考え方で、ヒトを直接評価する代わりとする。目的を明確にしない、あるいは目的のない状況での「人の評価」は、意味をなさないのかもしれません。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

【食べちゃダメ!】寝るまえは危ないよ~注意する9フード | Laifu

【食べちゃダメ!】寝るまえは危ないよ~注意する9フード | Laifu:

 今回の元記事は、寝る前に食べない方がいい食材についてですが、意外なものもあったので、紹介させていただくことにしました。寝る前にものを食べて胃腸の疲労を回復できないと、消化不良になったり睡眠が浅くなったり疲労が取れなかったりと、様々な弊害が出てしまいます。元記事に挙げられているのは基本には体にいいものなのですが、あくまでも寝る前にたくさん食べるべきではないという視点に立った時に挙げられた食材です。

(1) 牛肉、羊肉などの赤肉
 動物性タンパク質の消化分解は時間がかかり大量にエネルギーを必要とするために、寝る前に食べるのは向いてないそうです。赤肉と呼ばれるものや豚肉などは筋肉繊維の中にも脂肪が入っているために、食べすぎると飽和脂肪の取りすぎになります。夜に食べるのであれば、なるべく少量にするか筋肉内ではなく皮に脂肪をつける鳥の肉を食べるのがオススメだそうです。
(2)やさい
 体にいい代表格の野菜なので自分は意外だったのですが、生野菜は消化に時間がかかり、就寝前に食べるにはデメリットがあるそうです。サラダなど生野菜は、胃腸を冷やして熱を奪うため、その働きをさらに弱めてしまって、就寝後の胃腸の回復を妨げる結果にもなりかねません。
(3)ポテトチップス
 ポテトチップスはイメージからしても体にあまり良くなさそうですが、それは約1袋半100グラムのカロリーが550kcalとかなりの高カロリーなのが原因です。高カロリーの食品は、日中に摂取する分には身体を動かすためのエネルギーとして消費されますが、就寝前の摂取は注意しなければなりません。
(4)水
 朝起きた時も1杯の水を飲むといいとか、日中もコーヒーやジュースではなく水を飲むようにしたらいいとか、とかく健康イメージのある水ですが、こと寝る前に関してはあまり飲みすぎるのも良くないようです。人は寝ている間にも汗をかいてコップ1杯分の水分が失われるそうで、就寝前にこれと同じぐらいの量の水を飲むのは良いそうです。しかし、これより多い量を飲んでしまうと、尿意で夜中に目が覚めてしまったり代謝が遅れてむくみの原因になったり血液が薄まって疲労回復に時間がかかってしまうなど、弊害も出てきてしまうそうです。
(5)アイスクリーム
 アイスクリームは栄養価の高い食べ物ですが、脂肪や糖分などもふんだんに含み、就寝前の摂取はその冷たさもあって胃腸に負担をかけてしまうようです。
(6)カフェイン入りの飲料や食品
 カフェインを摂ると脳が覚醒することはよく知られていますが、実はその覚醒作用は4-5時間も持続するするそうで、夜にコーヒーなどを飲むのは控える方が良いようです。自分はコーヒー党なので、朝・昼・晩の食後はもとより仕事の合間にも飲むことが多いのですが、夜のコーヒーが良くないと言われると正直ちょっと辛いところです。
(7)牛乳
 寝る前に少し温めた牛乳を飲むと気持ち良く眠れると聞いたことがあり、寝る前の牛乳が良くないと言われると意外な気がしてしまいます。牛乳に含まれており腸内の乳酸菌の栄養素となる「ラクトース」は有効成分ではありますが、消化に時間がかかり、胃腸が回復できなくなることもあるそうです。ラクトースに耐性が無かったり、腸が疲れていたり病気などで弱っている場合、ラクトースを消化できず下痢をしてしまうこともあるそうです。
(8)アルコール
 眠れない時はアルコールの力を借りて眠るという人もいますが、少量のアルコールは興奮刺激を伝達する脳内物質「グルタミン酸」の働きを抑止し、精神を抑制する「ギャバ」を受け取りやすくする効果があるため、精神を鎮め眠りを催す作用を期待できるそうです。しかし、寝る前のアルコールを毎日続けると耐性ができ、どんどん量が増えてしまうことがあるそうです。また利尿効果があるので、夜中にトイレに行きたくなったり水分が欲しくなって目が覚めたり、脱水症状の状態になって疲労が回復しないという問題もあります。確かにたくさんお酒を飲んで寝た翌日は、体がだるいとか疲れが取れていないという経験は自分もあります。
(9)スパイシーな食べ物
 スパイシーなものは胃腸に負担をかけるため、就寝前にこうしたものを口にしてしまうと、胃腸の回復に時間がかかり熟睡を妨げることになります。

 元記事であげられている、寝る前に摂らない方が良い9つの食べ物、いかがでしたでしょうか。それぞれは食べ方さえ間違えなければ体に良い食べ物ですし、摂りすぎなければ寝る前でも大丈夫なものも含まれています。共通的に言えることかもしれませんが、「過ぎたるは及ばざるが如し」ということですね。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月15日木曜日

幸せだから歌うのではない。歌うから幸せなのだ――書評『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』 | DHBRおススメ経営書|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

幸せだから歌うのではない。歌うから幸せなのだ――書評『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』 | DHBRおススメ経営書|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回の元記事は、ハーバード・ビジネス・スクール准教授のエイミー・カディ氏による『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』という経営書のレビュー記事です。以前に、作り笑いでもいいから幸福を演じるとやがてそれが本物になるという「笑う門には福来たる」のような記事を書いたことがあるのですが、行動が感情に反映されるという同じ方向性を持っているようです。

 心理学者ウィリアム・ジェームズ氏は「幸せだから歌うのではない。歌うから幸せなのだ」と言いましたが、とても言い得て妙な気がします。人の行動は感情に左右されるというよりむしろ、身体的動作(ポーズ)が感情をつくるのです。例えば、自分にも他人にもパワーを印象付ける「パワーポーズ」というのがあるそうです。どういうのがパワーポーズなのかというのは、アメリカ大統領の演説などを見るとわかると思いますが、胸を張って自分を大きく見せ、堂々たる態度をとるポーズです。しかし、例えば面接などで自分が有能だとアピールしたい気持ちから、往々にしてパワーポーズを取ってしまいがちだそうですが、それは逆効果なのだそうです。人が相手を評価する時は「信頼できるか(有能さ)」と「尊敬できるか(温かさ)」の2軸で判断するのですが、初対面の場合はより後者を重視しているからだそうです。パワーポーズはこの2軸のうち有能(信頼)を強調するものですから、相対的に「尊敬(温かさ)」を感じづらいということになります。

 元記事の記者は、素晴らしい経営者やリーダーにインタビューすると、そういった方々は名刺交換を終えて椅子に座ると悠然と構えまずこちらの言葉に耳を傾けてくれそうです。彼らはわざわざパワーポーズをとって、自分が有能であることをアピールする必要がないのでしょう。パワーポーズで「優位に立とう、主導権を握ろう、自分の力を示そう」とせず、温かさという尊敬をこちらに抱かせるように図るのです。相手に抱かせる「有能さ(信頼)」と「温かさ(尊敬)」をコントロールできるようになれば、意のままの印象を与えることができるようになるでしょう。

 そして、素晴らしい経営者たちの中には「経営者になってからは、社員の前でリーダーらしく振る舞うように意識する」というリーダーも多いそうで、「ふりをし続けて本物になるまでやる」ことが重要なのです。ハリボテの自信が確固たる自信へと変わったとき、そこに「本物」の自分がいるのではないでしょうか。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

社会・経済(全般) ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

ソフトウエア、それが問題だ Software Matters - 日本のリーダーはソフトウエアの本質を理解していない:ITpro

ソフトウエア、それが問題だ Software Matters - 日本のリーダーはソフトウエアの本質を理解していない:ITpro:

 今回の元記事は、米カリフォルニア大学バークレー校のロバート・コール名誉教授による日本のソフトウェア産業に関する問題提起の寄稿記事です。ソフトウェアに関して、日本は売上高で米国に次いで2位ををドイツと争っています。それはソフトウエア開発プロセスの力そのものは持っていることを示していますが、実際のところソフトウエアによるイノベーションを起こしているとは言えないと氏は述べています。

 その原因は幾つかありますが、まず日本のお家芸とも言える製造業では、「ものづくりイデオロギー」によって成功したことが逆にソフトウェアはハードウエアの付属品であるかのように認識され、ソフトウエアこそが新機能・付加価値・差異化の源であることに本当には気づけていません。確かに自分もメーカーにいますので、そのことは日々感じています。端的な例では顧客の傾向としても、ハードウェアにはお金を払うけどもソフトウェアは「ただ」もしくは「ハードウェアについてくるもの」という認識がいまだに多いと思います。メーカー側の経営上層部ですらその傾向はあり、自分の会社などハードウェアは設計者も製造現場とも自前で抱えていますが、ソフトウェアに関しては極力アウトソース(外注)で補おうとします。企業としての競争力の最大の源を外部のソフトウェアベンダーに依存しようというのですから、認識が甘いとしか言えないと思います。優秀なソフトウェア技術者を高額の報酬で抱え込んで競争力にしようとする米国企業に対して、主戦場のソフトウェアを外部に頼りソフトウェアへコストをかけて磨こうとすらしない日本企業でははなから勝ち目がないのです。

 しかし、そうではありません。これからのビジネスとサービスはソフトウエアへの依存がますます高まり、映画から農業・防衛に至るまでソフトウェアが企業の生命線になるのです。例えば、米Amazonはこの動きの代表者であり、ソフトウエアこそがその強さの源ですし、。もっとも基本的な製造業である家具製造でさえ、消費者の動向把握してタイムリーに製造・出荷するためにソフトウエアに依存しています。物流・配送は今やソフトウエア駆動産業と言っても過言ではありませんし、ソフトウエアのない金融業など想像すらできません。この傾向から逃れる産業は1つもない、と氏は指摘しています。自分の感覚としても、すべての産業において他社との差別化のためにはソフトウェアが鍵を握っていると言っても過言ではなく、従来はソフトウェアはハードウェアの付属品と考えられていたかもしれませんが、ソフトウェアはハードウェアから独立している、いやむしろ逆だと思った方がいいくらいだと思います。

 米国においては、ソフトウエアのプロフェッショナルは昇進し影響力を持っています。そして優秀な大学卒業生は、ITのキャリアに向かう傾向がどんどん増えているようです。ところが米国で一般的なこの傾向が、日本においては同じではないというのです。

 この元記事の中で、コール氏が示しているのは問題提起だけで解決策を示しているわけではありません。しかし、世界経済フォーラムの「グローバルITレポート2015」の中で言及されている日本の順位は以下のように寂しい限りです。
  ・ベンチャーキャピタルの入手性では24位
  ・政府ビジョンにおけるICTの重要性では20位
  ・政府によるICTのプロモーションについては27位
  ・新製品やサービスへのICTの影響度については14位
  ・ICTの新組織モデルに関しては39位
  ・労働人口における知的労働ジョブの割合で63位
  ・基本サービスへのアクセスにおけるICTの影響で24位
  ・政府におけるICTの有効な活用では25位
 自分は今回のコール氏の問題提起にその通りですと全面賛成ですので、最後に氏の問題提起をそのまま引用します。日本は経済においてソフトウエアイノベーションを起こせる能力がありながら、世界で競争できる製品とサービスの開発に結びつく活動をしていないしその力を最適化していません。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

プログラマー ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました

2016年9月14日水曜日

トップが語る「ITベンダーGE」の正体 - 「Predix」の核は「グラフDB」にあり:ITpro

トップが語る「ITベンダーGE」の正体 - 「Predix」の核は「グラフDB」にあり:ITpro:

 今回の元記事は、自分の仕事の中核でもある産業機器向けIoTについて、最大手の米ゼネラル・エレクトリック(GE)のプラットフォーム「Predix」について、GEデジタルでPredixの開発を指揮するハレル・コデッシュCTOがPredixの技術的特徴に関するインタビューに答えたものです。

 コデッシュ氏が、他のIT系システムとPredixが大きく違うのは、次の4点だと述べています。まず1つ目は、その「用途」です。Predixは産業用機器(設備資産)の「パフォーマンス」を最大化をするための、「System of Asset(産業用機器のシステム)」を実現するプラットフォームです。産業用機器が生み出す大量のデータを蓄積・分析して、機器の故障予測・稼働率の最大化・オペレーション効率の最適化などを実現します。

 2つ目の違いは「データの扱い」です。System of Assetの世界では、機器が発生する大量のデータを単に記録するだけでなく、複雑な関係性を持つデータをさまざまな用途に活用する必要があります。Predixでは、中核データベースにSystem of Recordで主流の「リレーショナルデータベース(RDB)」ではなく「グラフデータベース」を採用しているそうです。グラフDBこそがPredixの核だそうですが、なぜPredixでグラフDBを採用する動機は次のようなものだそうです。産業用機器の故障の予測のためには、ある部品で発生したイベントがほかの部品にどう影響を及ぼすかを把握した上で、関連するあらゆるデータを即時に集める必要があります。こうした機器の部品の間などの関係性には、階層構造やメッシュ構造などの「グラフ構造」が存在し、グラフ構造を持つデータを高速に検索したり処理したりするためには、RDBよりもグラフDBが向いているのだそうです。

3つ目の違いは「機械学習」の扱いです。機械学習の分野では「Amazon」や動画配信の「Netflix」で実現されている「レコメンデーション(推奨)」機能というのが有名ですが、そこに求められる精度と産業用機器の故障予測に求められる精度は桁違いに異なります。GEでは、飛行機のジェットエンジンや機関車などの稼働データを機械学習して、故障予測するそうですが、もし予測を間違えて修理する必要の無いジェットエンジンを取り外してしまったら数十万ドルもの損失につながりますし、一方で修理すべきエンジンを取り外さないことでも発生する損失は莫大なものです。

 4つ目の違いは「利用シナリオ」です。Predix上に構築された産業用機器用システムは、現場で働くあらゆる従業員が利用します。ERPのようなバックオフィスの特定の従業員しか使わない業務システムとは異なります。

 自分の会社でも産業系システムを取り扱っていますが、要求される信頼性レベルは民生用システムに比べて桁違いと言ってもいいと思います。一般のIT系システムでバグがあったとしても、運用でカバーするとか次回のバージョンアップで対応するというレベルで済む場合があっても、産業用システムでは場合によってはバグが人命に関わるケースも出てくる世界です。もちろんPredixが対象とするのは、産業系の中でも、飛行機の運転システムのような極限までの高信頼性が必要とされる世界からは1段下がった機器の故障予測などの分野だそうですので、次に述べるようなオープンソースソフトウエア(OSS)での構成を可能としているのでしょう。自分のところでもそうですが、本当にクリティカルなシステムの場合は、OSSではなく完全に自前の品質保障済みモジュールばかりを組み合わせ、ハードウェアやOSも一世代以上前の「枯れた」ものばかりで組み合わせて作ります。ソフトウェアやシステムの世界ではよく「枯れた」という表現がされますが、これは決して悪い意味ではなく「使用実績がたくさんある」とか「たくさんの経験値を積んでいる」ソフトウェアやシステムを指していう褒め言葉です。

 先に述べたように、Predixは産業系の中でも本当にクリティカルなところからは1段下がったシステムではありますが、なんと95%もがOSSで構成されているのだそうです。その中核をなすグラフDBは「Apache Titan」、Titanのストレージは「Apache Cassandra」なのだそうです。他にも、機械学習などビッグデータ処理は「Apache Spark」、ストリーミング処理には「Apache Storm」、分散メッセージング処理は「Apache Kafka」と、Apache Software FoundationのOSSのオンパレードです。自分のところで開発しているIoT系システムでも、実はいくつかのOSSを使用していますが、ベンダー製品も組み込まれていたりしてOSSの比率は明らかにGEの方が高いと言えます。いくらクリティカルではない分野とはいえ、Predixの95%がOSSというのは相当驚いています。

 そしてPredixの主な適用アプリケーションとして「産業用機器の故障予測」というキーワードが出ているのですが、実は少なくとも日本では故障データというのは集めるのがとても難しいのです。これはちょっと考えると当たり前なのですが、機械が故障してしまっては工場のラインが止まり深刻な経済的ダメージを受けます。だからこそ「故障予測」を高い精度で行う必要があるのですが、その経済的ダメージを避けるために定期検査で少しでも異常の傾向が見られたり一定の運転時間の閾値を超えて運転した機器は分解して消耗品を交換したりメンテナンスを行ないます。さらには一定周期で機器のリニューアルが行われ、本当に故障するまで使用することはほとんどありません。従って、機械学習するためのデータが極めて少なかったり、一般的に機械の故障率は初期不良で最初は少し高くそこから下がっていきまた一定の時間が過ぎると経年劣化により上がっていくという傾向を示すといわれていますが、採取可能な故障データは本来は故障率の低い時期に起きたイレギュラーな故障に偏りがちなのです。つまり、データを集める対象の機器をたくさん持っていないと多くの故障データを集められないのですが、その点、自らもメーカーであるGEほどの巨大企業は故障データ収集にもうってつけといえるでしょう。

人工知能も経済主体となる時代【後編】 IoTはネットワークの未来に何をもたらすか | DHBR最新号から|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

人工知能も経済主体となる時代【後編】 IoTはネットワークの未来に何をもたらすか | DHBR最新号から|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー:

 今回の元記事は、前回に引き続き暦本純一氏による究極の情報化が進むネットワークの未来予想図の後編です。「物質」「貨幣」そしてそれらの基盤としての「情報」の3つがネットワーク化され、最終的にどのような世界が誕生するのかという議題です。

 暦本氏の1つの近未来予想は、情報・物質・貨幣のネットワークはすべて「ハイブリッド」になるというものです。ここでいうハイブリッドとは、人間と機械のハイブリッド、すなわち将来的にはAIやロボットが人間と同じように経済主体になる状況もありうるという予測です。人間社会は、時間や能力などのさまざまな価値を共通的な貨幣価値を元に交換することで成り立っています。例えば自分で米をつくることができなくても、誰かが作った米をお金と交換して手に入れます。これは、米を作る時間・能力の価値をお金という貨幣価値と交換しているとも言えるでしょう。将来、そうした経済行為への参加主体は人間だけでなくAIまで拡大すると想定するのは、無理のない考え方かもしれません。いわゆる「シンギュラリティ(技術的特異点)」に関しては、人間がAIの力に飲み込まれ支配されるという不安が話題の中心です。しかし暦本氏の考えるシンギュラリティの社会はそういう「人間対AI」という対立構造ではなく、AIも社会の一員として「人間と共存」するイメージで、比較的楽観論と言えるのではないでしょうか。

 そうは言っても、現代はまだAIと言えども人間の支配下で人間のために活動していますが、人間とAIが経済主体として対等な立場になるという世界(AIが人間と同格に格上げされる世界)で、さらにAIが「意思」を持つようになってそれが人間との共存ではなく対立するものになる可能性はないのかという不安を拭い去ることはできない、自分はそう考えています。ここでいう「意志」の定義にもよるところですが、当面は人間によるプログラムが必須であまりそれを意思と呼ぶのは適当でない気がしますが、やがては機械学習を通して、必ずしも人間に命令された通りに動くのではなく自律的に経済行為を行うAIが登場することになります。この人間側からの「アンコントローラブル性」こそ不安の元になる「意志」の正体ですが、この不安に関しては元記事の中であまり解消してくれません。例えばロボットを飼い猫のように自分の支配下に置いている状態、これは「コントローラブル」でありそこに意志があるという不安にかられません。しかし、町を自由に歩き回る野良猫のように、人間の支配下に置かれないAIが自分自身でクラウドサービスに対価を払って事業を行う、そんな「野良AI」がネットワーク上に存在するようになるかもしれないとは暦本氏も認めるところです。そんな自律的な「野良AI」はネットワーク上では傍目には人間と区別がつかないでしょうし、アンコントローラブルで意志を持ったAIとなるでしょう。

 自分が「シンギュラリティ」に不安を感じるのは(多くの人もそうだと思うのですが)、人間の手を離れてしまったアンコントローラブルなAIが果たしていつまで人間と同格の状態に甘んじていられるかということです。同じ結論を出すにも、今はまだ直感的な選択をできる人間の方が早い場面もありますが、特定の場面・特定の課題を解く状況に関してはコンピュータの処理能力は圧倒的に人間を凌駕します。AIはそのコンピューティングパワーをふんだんに使えるので、人間とは違った時間感覚で生きることができるといえるかもしれません。例えば、人間が株価の傾向をもとに分析を行なってその株の購入を決め購入する、どんなにプロフェッショナルの方でも数秒はかかる時間感覚ですが、AIと機械の場合はそれをミリ秒かそれ以下の時間で結論を出して行動を起こせるでしょう。そうすると、人間の投資家が購入すると決めた株を先回りして大量に買い付け高い金額で売り抜けることは朝飯前ということになるでしょう。アンコントローラブルな野良AIがこの時間差を利用した「後出しじゃんけん」をするなら、もはや人間に勝ち目はないはずです。そして、経済行為の主体である「野良AI」はお金を持っています。そのお金でサーバーを購入して人間のプログラマーを雇い、自分のプログラム自体を進化させるという可能性も十分にあると思います。経済活動(つまりお金を稼ぐ)という領域においては、人間とAIは同格といえどもその能力・スピードは桁違いであって、AIが持つ「意志」が人間を敵とみなさないまでも格下とみなして奴隷化するというストーリーは、完全には否定できないと思っています。

 そこまで極端な未来の話はひとまず置いておいて、暦本氏は今後も企業がプラットフォームを担う中心でいられるかという問題に次のように答えられています、それは、従来ネットワークの中心は、グーグルやアマゾンのように情報を収集して集約する企業でしたが、物質や貨幣の情報化が進むと「ピア・トゥ・ピア」の取引が促進され、その情報を少数の企業が取りまとめることは現実的には難しくなるだろうということです。ピア・トゥ・ピアは中心がない世界です。誰も一元的に管理する存在がないため、責任も曖昧な不透明性がありますが、一方で特定の存在に依存しない非常に頑健なネットワークでもあります。前の記事で出ていたブロックチェーンも、その頑健さを拠り所としていました。そこにAIによる自発的な経済行為が生まれ、従来型の企業や組織と異なるプレーヤーが登場するかもしれません。現在のグーグルやアマゾン・アップルといった巨大企業が圧倒的に情報を牛耳る世界から、徐々に個々のプレイヤーの重要度が増していく世界へ変わっていく。ちょうどそれは、数少ない電力会社が牛耳る電力市場から、多数のプレイヤーの重みが増してきた電力自由化と近い感覚かもしれません。電力の世界が政治によって強制的に解放させられたのに対して、ネットワーク(情報・物質・貨幣)の場合は個々のプレイヤー(とりわけAIのプレイヤー)が力を増して巨大なプラットフォーム企業に迫ってくるという違いはありますが。

 前に述べたように、人間とAIは少なくとも経済活動上は同格ですが、実際は能力やスピードには圧倒的な差が生まれるでしょう。その時、人間は存在価値を持ち続けられるのかという、究極の質問があります。暦本氏は、人間の感情や美的感覚のようなものに価値が残ると回答されています。この手の話になると、それまでテクノロジーが経済・ビジネスを変えてしまう話をしていたのが、急に文学や哲学の話になってしまうのはどうしてなのでしょうか。文学や哲学ではお金が全てではないと言って別のものに価値基準を見出そうとしますが、経済・ビジネスの世界ではお金(貨幣)は絶対的な価値基準です。お金(貨幣)に価値基準のある世界ではいずれ人間はAIに勝てなくなるので、他の価値基準のものへ逃げ込む必要がありますが、今のところそれは感情・芸術・文学・哲学といった領域しかなく、これはという決め手がないかもしれません。

'via Blog this'


人気ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとご協力をお願いします。
↓↓

IT・通信業 ブログランキングへ

ブロトピ:ブログ更新しました。
ブロトピ:ブロトピ投稿でアクセスアップ‼
ブロトピ:こんな記事作りました